赤い目
逃げなければいけないとわかっているのに足がすくんで動かなかった。
蝶子が肩で息をしながらこちらへにじり寄ってくる。
「ねえ、ねえ君、私の人形、知らない?可愛い可愛いさぁ、人形、二体。知ってるでしょ?知ってるよねえ」
狂っている、と言えばいいのか。
蝶子は怒りのあまり我を忘れていた。
あの二人の仕掛けたいたずらはどれほどまでひどかったのか、想像できないし、したくもない。
蝶子はガッと愛花の肩をつかんだ。
「ねえ、教えてよあの子たちが今どこにいるのか。お仕置きしてあげなくちゃいけないんだ、だからさぁほら早く教えろよ!!」
ガンッと愛花の体は後ろにあった食器棚に打ち付けられた。
蝶子に突き飛ばされたのだ。
そのはずみで食器棚にあったグラスや皿がバラバラと割れて、砕けながら振ってくる。
「きゃ……っ」
その破片の一つが愛花の眼帯の紐をプツンと切った。
はらりと眼帯が落ちて隠していた目があらわになる。
そこには、蝶子と同じ赤色があった。
「……あ?君も、赤い目なんだ……そっか、そうなんだ……」
ケタケタと笑いながらまた蝶子は愛花に近づいてきた。
「欲しかったんだ、その色、いよいよ私の右目も取らないといけないかと思ってたんだ……よかったぁ。
ねえ、その目、わたしにちょうだい?」
蝶子が愛花の瞳に手を伸ばそうとしたその時、蝶子の背後で何か小さな影が飛んだ。
ライトだ。
手におもちゃの剣らしきものを持っている。
それは蝶子の動きを一瞬だけ止めるには十分だった。
ライトはブンッと蝶子の手を払う。
「な……に……?」
一瞬動揺した蝶子の隙をついて、愛花は逃げ出した。
「愛花さん、こっち!」
扉の向こうでヒカリが手を振っていた。
慌ててそちらへ向かう。
「ライトくんは!?」
「大丈夫よ、あとで追いつくと思うから」
愛花とヒカリは階段を駆け上り、扉の開いたままの書斎へ飛び込んだ。
ライトがついてくる様子はない。
「……一旦、鍵を閉めましょう愛花さん。ライトが来たら、その時に開ければいいわ」
ヒカリはうつむいて少し悲しそうな顔をしながらそう言った。
ライトはもう戻ってこないかもしれない。
「ねえ、ライトくん、大丈夫、なの?壊されたりとか……」
「それはないわ、だって、私たちはご主人の人形だから、操り人形だから、多分自分の意思で動けなくされてるくらいだと思う」
そもそも自分の意思で人形が動けること自体が不思議なのだが、ここでは言わないことにした。
「あのね、あのね愛花さん、お願いがあるの」
「なに?」
あのね、とヒカリはもう一呼吸置いてから口を開いた。
「ご主人を、助けてほしいの」
「……助ける、蝶子さんを……?」
「今、愛花さんを危険な目に合わせてるのも知ってる!でも、でももう嫌なの、何回もこんな人たちを見るのは、嫌なの……」
愛花は何と言えばいいのかわからなかった。
確かに助けてあげたい気持ちもある。
しかし、今すぐこの館から逃げ出したいというのが率直な気持ちだった。
「……私とライトと、ご主人と、それから、二葉さんの話を、聞いてほしいの」
「ふたは、さん?」
聞いたこともない名前が出てきて頭にハテナマークが浮かぶ。
「ご主人のお姉さん。この写真の人だよ」
ヒカリがテーブルから写真立てを持ってきて、写真の中のワンピースの女の人を指さした。
「この人が……蝶子さんのお姉さん……。
……ヒカリちゃん、話して、何があったのか」
「助けてくれるの?」
「うん」
愛花はヒカリに向かって優しく微笑みかけた。
ヒカリはパアッと笑顔になると、大きくうなずいて、あのね……と話し始めた。