蝶子
右腕に二体の人形と、左手にロウソクを持って次の部屋を探す。
ロウソクが不気味に愛花の影を作り出す。
その時、ふらりと自分以外の影が映ったような気がした。
「誰?」
問いかけてみても返事はない。
しょうがないからまた歩き出そうとすると、今度は後ろからコツコツと自分以外の足音が聞こえた。
バッと振り向いても、誰もいない。
「……なんなの、さっきから……?」
「それはこっちのセリフだよ」
急に後ろから声がして、思わず転びそうになる。
ギリギリ、体がぐらついただけで済んだ。
「あぁ、ごめんね、驚かせてしまったかな」
さっきまで自分が歩いていた場所に、言い換えれば、誰もいなかった場所に、そのまるで少年のような話し方をする少女は立っていた。
ショートの黒髪にガタガタの前髪と黒いセーラー服、タイツとローファー。
それから、赤い右目と、左目にぐるぐると巻かれた包帯。
異質な少女だった。
でも、館の雰囲気としっくりくる、先ほどの写真の妹の方だろう。
「……あなた、だれ」
「うーん、勝手に入ってきたのはそっちなんだけどな。いいや、私の名前は蝶子。
君は?」
愛花より少し背の低いその少女は表情を変えず淡々と自己紹介をした。
「わ、私は、東雲、愛花」
「そう、愛花。それ私の人形なんだ。返してもらえるかな?」
蝶子はそれ、と愛花が腕に抱えた二体を指さした。
「あ、そうだったの、あの、ごめんなさい」
「いいよ、気にしないで。
……まぁ、雨が上がるまでゆっくりしていくといいよ」
蝶子は最期に小さく微笑んで、愛花が進んできた廊下と逆方向に進んだ先にある扉に入っていった。
「びっくりした……」
まだドクドクと大きく心臓が鳴っていた。
誰もいないと思っていたのに、まさか、住人がいるとは。
それも自分と同い年くらいの少女が。
でも、さっき見た写真はずいぶん古ぼけて見えた。
それでもあの少女はあの写真からあまり姿が変わっていないように思う。
少し不可解ではあったが、住人から承諾も得たことであるし、おとなしくゆっくりしていよう、と愛花は先ほどの書斎に入った。
人様の部屋で勝手にくつろぐのもどうかと思ったが、少し疲れているし、ソファで休みたかったのだ。
ロウソクをテーブルの上に置いて、ソファに体を預ける。
本当に、この館はいったい何なのだろう。
***
「急に操れなくなったと思ったら、魔力がなくなっただって、ふざけるのも大概にしてほしいよ。
君たちは私の操り人形であるという自覚があるのかい!?」
明かりもついていない暗い部屋。
そこで蝶子は一人、椅子に座らせた人形に話しかけていた。
「……だんまりかい、もう魔力は補給してあげたから話せるはずだよ、ヒカリ、ライト」
ヒカリ、ライトと呼ばれた人形たちはピクリとも動かなかった。
「はぁ、もういいよ、お願いだから、くれぐれも勝手な行動はしないでくれ、しばらくはここでおとなしく……」
やれやれといった具合で蝶子が首を振って人形たちに背中を向けたとたん、
人形たちはパッと顔を見合わせて椅子から飛び降り、バタバタと部屋から出て行った。
「……いい加減にしておくれよ。手間のかかる子供たちだ……」
額に手を当ててはあーっと大げさにため息をついて落胆する。
蝶子が顔を上げるとその左目には先ほどまで愛花に微笑んでいたとは思えないほどの冷たい色が宿っていた。
「そろそろ、お仕置きをしてあげなくちゃ、ね?」