ありがとう
蝶子は抱きしめられている腕の中に何か硬いものがあることに気づいた。
「ヒカリ……ライト……?」
二葉の腕の中にある人形を手に取るとぎゅっと抱きしめた。
「……ご主人?」
「よかった……ご主人……」
ヒカリとライトはもう魔力を失いつつあるようで、弱弱しい声しか出てこなかった。
その声に自分が今までしてきた過ちの大きさを蝶子は改めて感じることになった。
「ごめんね、私のせいでこんなことに巻き込むことになってしまった、本当に、ごめん。
今までずっと一緒にいてくれたのに、最期にこんな仕打ちだなんて……」
「もう、いいのよご主人」
ヒカリが微笑む。
「笑ってよご主人。僕ら、ご主人の笑顔が好き」
「そうよ、笑ってよご主人」
ヒカリとライトにそう催促されて、蝶子は頬を引きつらせながら笑った。
「へたっぴ」
ヒカリとライトはそう言って笑うと、スッと目を閉じた。
もう、二人の目が覚めることはないだろう。
「……愛花さん」
蝶子がくるりと振り向いて愛花に微笑んだ。
「ひどいことをして悪かったよ。もう、私たちは大人しく消える。だから君ももう……気を付けて、おかえり」
そういうと蝶子は立ち上がって愛花の手を引いた。
さっきまで置いてけぼりになっていた愛花は一瞬整理がつかず手をひかれるままに歩き出した。
そのあとを二葉が続く。
階段を下りて、扉の前につくと蝶子はスッと愛花の手を離した。
「ありがとう。じゃあね」
そう言って蝶子と二葉は手を振った。
愛花は扉を開いた。
外はすっかり晴れていて、夕日が少しまぶしかった。
振り向くと、そこにもう館はなく、だだっ広い空き地だけが存在していた。
先ほどまでの空間はまるでなかったかのように。
でも、あの事件は確かにあった。
あの悲劇はそこに、永遠に残り続ける。
愛花はそこにしゃがみ込むと、手を合わせた。
どうか、どうか、みんなが、蝶子さんと、二葉さんと、ヒカリと、ライトが、天国で幸せに笑っていますように。
そう心の中で唱えると、立ち上がって家に帰る道のりを歩いた。
せいぜい後悔しないように生きよう。
そんなことを考えながら、歩いた。