狂気の蝶子
蝶子が荒い息をさせながら愛花に向かってふらふらと歩いてくる。
「許さない、許さないよ君だけは……私の人形まで勝手に使って、何がしたいんだい?私を止めたいの?もう無駄だよ、止められない、私はもう、止まらない」
愛花に向かってきた蝶子はガシッと愛花の腕をつかんだ。
その手にこもる力は強く、愛花は振り払うことができなかった。
蝶子の瞳はもう焦点が合っていなかった。
目はこちらを向いているのに、愛花を見ているような気はしなかった。
目が合わない。
グラグラとせわしなく動くその赤い瞳を見ていると酔いそうで、愛花は蝶子からフッと目をそらした。
「ねえ、こんなことをして何になるの?」
「は?」
愛花の問いかけに蝶子はまた一段と大きく目を見開いた。
「こんなことしたってお姉さんは、二葉さんは戻ってこないでしょ、だったら、どうして、こんなことをするの?」
愛花は視線をまた蝶子に戻した。
蝶子は少し苛立ったようにぎゅっと腕をさらに強くつかんだ。
「黙れ、だまれだまれだまれだまれ!!!!お前に何がわかるって言うんだい!?私の!この気持ちの何がわかるって言うんだよ!!」
バリンッと部屋にあった窓が蝶子の怒りに反応するように割れた。
もうだめだ、何を言っても聞こえていないようだった。
とにかく今は二葉さんが来るのを待たなくてはならない。
愛花はできる範囲で蝶子から逃げ回った。
でもさして広くもない部屋でそんな鬼ごっこがいつまでも続くわけがなかった。
バンッとベッドの横の板に体を打ち付けられそういえばさっきもこんなことあったな、なんて危機的な状況でのんきなことを考え出す始末。
「……なぁ、私はどうすればよかったんだよ、もう何人も殺してしまって後には戻れないのに……。
ただ、謝りたかっただけなのに」
蝶子は愛花の目に手を伸ばした。
「なあ、これがほしいんだ、私は、これさえくれれば、私はお姉ちゃんにごめんなさいって言えるんだ。だから、だからさ、これを、ちょうだい?」
さっきベッドに頭も打ったおかげで、愛花は蝶子の手を振りほどくことができなかった。
脳震盪を引き起こす頭でなんとかしようとするものの、どうにもできない。
「ねえ、私は許してもらえるかな……これで」
あぁ、もうだめだ、と愛花が絶望を感じたその時、
扉の近くで何か白いものがひらりと揺れた。