古い館
昼下がりの六限目、今日の最後の授業は数学だった。
外はどんよりと曇っていて、傘を持って来なかった自分を少し恨んだ。
「……め……東雲……東雲愛花!」
「はい!?」
突如自分の名前を呼ばれ、驚いて思わず立ち上がった。
ぼーっとしていて、先生の呼ぶ声に気が付かなかったのだ。
二つ隣の席で友達の夕菜がくすくすと笑ったのが見えた。
「ほおー、俺の授業で上の空とはいい度胸だなぁ。特別にこの問題を解かせてやろう」
よく漫画とかにいそうな先生だ、と愛花はむっと口を尖らせた。
一日の最後の授業が数学でなおかつ外が悪い天気なんかじゃ授業を集中する気にもならないじゃないか、と心の中で言い訳をして、しぶしぶ前の黒板に出た。
頭は悪い方ではない、と本人は思っている。
実際良く言っても中の上というところである。
問題の解答を終えて、チョークを置く。
「よぉし、よくできた。次はもっと難しい問題で当ててやろう」
本当この先生はどこの漫画から出てきたのだろうか、と愛花はうんざりした。
雨は降りそうだし、授業では当てられるし、今日はとことん厄日だ、とっとと帰ってしまおう。
と、思っていた。
下校の途中でやはり雨が降り出した。
バシャバシャと足元にできていく水たまりを踏んで、導かれるように大きな館の下に入り、雨宿りをすることにした。
「ほんと、ついてない!」
ぎゅう、とスカートのすそを絞ると、ぼたぼたと水が落ちてきた。
肩まである黒髪からも絶えず水がしたたり落ちており、おまけにタオルも所持しておらず、このままだと明日は風邪を引いておやすみコースまっしぐらである。
そして下を向いたときに右目につけた眼帯が片耳からとれた。はあ、とため息をついてつけ直す。
またはあああと愛花は大きなため息をつくと、ペタンと館の壁にもたれかかった。
それにしても、こんな大きな館、この町にあっただろうか。
もしも最近建てられたならきっと工事やなんやで気づいただろう。
それに、最近建てられたにしてはやけに外見が古めかしい。
ずっとあったならば、とっくに気づいていただろう。
愛花はそう不思議に思ってやけに凝られたデザインの館の扉を手でなぞった。
その瞬間。
ギイッと古びた音をたてて、扉が開いた。
あまりに急な出来事で愛花は対処できず、そのまま前のめりにすっころんだ。
「いたっ」
床は少し埃っぽく、ざらざらとした床のせいで少し足をすりむいた。
どうして急に扉が開いたのだろう。
中は薄暗く、外にある街灯のわずかな明かりしか届かない。
そして、バタンという音に愛花の心臓が跳ね上がるとともに、明かりが消えた。
後ろを向いても前を向いても暗闇。
不安と緊張で心臓がバクバクとうるさい。
どうしようか、と迷っていると、後ろから何かの視線を感じた。
バッと後ろを向くと、暗闇が広がっているはずが、一つのロウソクと、その隣に可愛らしい女の子の人形が座っていた。
服装は白いシャツに赤いリボン赤いスカートといったもの。金髪に青い目をしている。フランス人形だろうか。
人形の大きさは、愛花の膝までもない。
ロウソクと人形に近づいて、それらを手に取って歩き出す。
扉を開いてみようとはしたのだが、残念ながら開かなかった。
くいっとロウソクを自分の身長より高く上げ、周りを照らしてみる。
相当大きな館のようだ。部屋の真ん中に大きな階段が見えた。
ごくりと唾をのんで歩き出す。
クスクスッ。
自分の手に持っている人形から笑い声がしたような気がした。
慌てて見ても、人形はピクリとも動かない。
きっとこんな場所に来て疲れているのだろう。
だから、
人形から目線をそらしたときにまばたきをした気がするのも気のせいだ。