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俺の部屋の台所を、  作者: 水色うさぎ
その後の二人
7/13

ナントカ症候群

夏目氏視点です



 母親は別として、一番身近にいた異性は二つ上の姉だった。

 だが。あれは『姉』という生き物だと思う。もしくは、『姉』という名の暴君だと。



 幼い頃は数カ月の差でも、成長に顕著な差がでる。

 それが二つ上なら、ましてや幼い頃は女のほうが成長が早いとなれば、自分と姉の差は歴然だった。


 一つ言えば十返ってくる。口で勝てた試しもなければ、勝てるなどと思えることすらなかった。自然と口数が少なくなる。

 言い負かされて、耐え切れず手が出ようものなら本人からと両親から容赦なく鉄拳制裁がくだされる。いわく、男は女に手をあげてはいけないそうだ。今となってはそれは正しいと思うけれど、幼い頃は理不尽に感じたものだ。じゃあ何で勝てばいいのか。

 口では惨敗、手もあげられない。そこで愛想の一つでも周囲に愛想を振りまいていればまた違ったのだろうが、あいにくそんなものは持ち歩いていない。姉には存分にあったが。きっと仏頂面がデフォルトの父親を見て育ったので、男はそう簡単に愛想をふりまかないと刷り込まれていたのだろう。成長してから、母と姉の勢いに負けていただけだと理解したが。

 まあ、要するに夏目家では男の立場は弱い。


 結果、見事に可愛げのない、常にぶすっとした顔の男が育った訳だ。俺だけど。


 そんな男の周囲にいるのは、仏頂面など歯牙にかけない気の強い女か、あるいはそういうのが好きな女か。ちなみに後者には「見かけ倒し」と言われてしまった。

 どうしろというのだ、一体。

 いや意識したわけではなくても睨んでいるらしい自分に非がないとは言うつもりもないが。



 びくつかずに交流を持ってくれる、普通の女の子、というのは大変に貴重だった。

 貴重ということは、数が少ないということで……つまりはどう接していいのか分からない。





 田中圭。


 後に名前を知るこの子との初対面の時は必死というか。勢いだけがあった。後で一人になってから「何やってんだ俺」と頭を抱えても後の祭り。


 柔らかそうで、いい匂いがして、優しくて。ふわりとした笑顔は、見るだけで癒される。

 下手なことをしたら壊してしまいそうで……おっかない。

 どう接していいのか、分からない。

 それなのに、こっちの戸惑いなんて知ったことかと距離をつめてくる。かと思えばかわされる。

 からかわれてるのかと疑ってもそんなことはなくて。単なる素だった。



 可愛いから。「モテるんだろ?」って聞きたくてふった話には、何故か自炊と料理上手の違いについて語られた。勉強になったが披露する場所はなさそうだ。あげく、最後には憐れまれた。何故そうなる。


 それなりに覚悟をもって食事(という名目の飲み)に誘ったら、借りたものの返却と勘違いされた。違うから。


 なんだよ「好きだなぁ」って。送別会の相手に片思いでもしてるのかと焦ったじゃないか。続く定年退職の単語にどれだけ安堵したかなんて、絶対分からないだろう。


 一番は、あれだ。

 オトモダチになってください、って何。無理だから。






 そんな、(俺からすれば)紆余曲折をへてようやく恋人に昇格出来た。……のだけれど、小さな問題はいくつも待ち受けていた。



「名前?」

「そうです。私の名前、覚えてます?」


 いきなり何を言い出すのだ。

 食事の手をとめて、小さくため息をついた。

 今日は二人とも早くあがれたので、うちで食事を作ってもらえたのだ。一日でも多く手料理を食べたくて早く帰ろうと、日中の集中度があがってきている。我ながら単純だ。


「覚えてるに決まってる。田中圭、だろ」


 ぱっと辺りが明るくなるような笑みを浮かべて頷いた。

 これだ。

 君は僕の太陽だ、は昔の歌謡曲だったか。そんなくさい台詞をはくつもりはこれっぽっちもないけれど、それに似たことは考えている。

 ギラギラとした夏の、こちらの気力体力を削ってくるような暴力的な太陽ではなくて。

 春の、温かくてほっとする、生命の芽吹きをもたらす太陽。

 自分には縁遠いものだから、見ると温かさをおすそ分けしてもらえた気持ちになれる。


 けれど、笑みはすぐに消えてまじめくさった顔で見つめられた。


「何?」

「じゃあなんで名前で呼んでくれないんですか」


 なんでって。あんた、それは。


「呼んだらもったいないだろ」


 喧嘩の『け』

 威嚇の『い』


 一文字ずつにバラせば、いくらでも険呑なものになる。

 でも、こいつの名前となれば別だ。

 ありふれた音の組合せ。それなのに、こいつの名前となれば途端にかわってくる。

 柔らかい、触れたら壊れそうな繊細な音に。

 俺なんかが呼んだら溶けてなくなってしまうんじゃないか。三十をとっくにこえた男の発想としては気持ち悪いのは重々承知のうえで、でも二割ぐらいは本気でそう思う。

 男の名前であってもおかしくない名前なのにな。


「え? ちょっと、意味が分からないです」


 虚を突かれた顔で、首を傾げた。


「……夏目さんって、ゲームするときに高価な回復薬とかは最後まで使わずとっておくタイプ?」

「なんでいきなりゲームの話?」

「ナントカ症候群って言って、貴重なアイテムを勿体ないからって最後まで使わずにいる人がいるって誰かから聞いて」

「よく分からんけど、回復系のアイテムだったら使わないほうがもったいなくないのか」

「じゃあ名前だって呼ばないほうが勿体ないでしょう! ゲームのアイテムと違って、呼んだって減らないしなくならないのにー!」


 なるほど話がつながった。


「それとこれとは話が別」

「なわけないです。じゃあ夏目さんは何がもったいなくて、名前で呼んでくれないんですか」

「……何って……なんだろうな」


 改めて問われると、悩む。何っていうか。


「いや、でも名前とか軽々しく呼んじゃダメだろ」

「意味がわかりません。じゃあ何かイベントがあればいいの?」


 イベントって言われてもなぁ。


「あー、クリスマスとか誕生日とか?」

「クリスマスは来月だし、誕生日なんてほぼ一年後ですよ!」


 うん?


「一年後って……そもそも誕生日いつ?」


 出来ればちゃんと祝いたいのに、一年後は遠い。

 しかし告げられた日付を聞いて、遠いとかそういう問題じゃないと今度はこっちが頭を抱えたくなった。


「それ、俺と飯食ってた日じゃねーか!」

「そうですよー」

「言ってくれよ!」

「だって当時は単なるご近所さんに、『私今日で三十になったんですよー。いえーい三十路ー』とか言えないじゃないですか。全然めでたくないのに、アピールする意味分かんない」


 そりゃあ『いえーい三十路ー』なんて言われたら、どんなテンションだよって困るけど。

 とりあえず明日に、せめてケーキぐらいは買ってこよう。そう心に決めた。


「じゃあ、あんたがその話し方やめたら、名前で呼ぶ」


 近所の住人の距離であれば、こっちが年上だからその話し方も有だ。

 でも、今の関係性だと一歩ひかれた……距離をおかれた気がして、微妙。


「え……っと」


 数度瞬きしてから、ふわりと花がほころぶような笑みをみせた。


 やばい。

 なんだこの破壊力。


「うん、分かった」


 喜色を隠そうともしない顔と声。うっすら上気した頬とか、ヤバイだろこれ。

 おいちょっと待てよ。簡単にそんなの見せるな。

 男の家で、理性にチャレンジさせないでくれ。頑張れ俺の理性。


 今、二人の間に小さなテーブルがあることに感謝した。




次の番外編は圭視点に戻ります。年明けかな……年明けだといいな……。

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