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隔日で更新したかったのに、遅くなりました……。
最後の日のメニューは、肉じゃがを主菜に(昔は副菜としか思えなかったのに、年をとれば変わるものだ)残りものの野菜たちを使った小皿が二つ。ほうれんそうのお浸し(ほんれんそうは冷凍)、きんぴらごぼう(二日前の作り置き)。そして、具だくさんの豚汁。いや、もう豚汁には残りもの全部いれたね! 大根、人参、豚肉、たまねぎ、ごぼう……とにかくいろいろ。だって最後だから。中途半端に残したって夏目さんは活用しないし、今日ばかりは残り物を持ちかえる気持ちにはならなかった。
「ごちそうさまでした」
夏目さんが箸を置いて言う。
なんというか……終わったなぁ、という妙に感慨深い感想をもった。
「おそまつさまでした」
「どれも美味かった」
「そうですか? 最初の肉じゃがは『味薄い!』って顔してましたよ」
からかうと、途端に夏目さんはうろたえた。目つきは悪いまま、視線をさまよわせる。器用だな。
「あ、いや、それは……でも手料理の味はしたし」
それは褒め言葉なのだろうか。
「冗談ですよ。ところで、念の為フライパンとか交換しますか? ここにあるのはそれなりに使いましたけど新しいのは分かります」
「そうだな……頼もうか」
「あとで持ってきます。……ちゃんと成功するといいですね」
目的は、一緒にご飯を食べることではない。この部屋の台所に私の色を……要するに誰かが使ってる感をだすことだ。
夏目さんの同僚がやってくるのは明後日。充分すぎるほど色はつけたから、大丈夫なはずだ。
「あのさ、来週の金曜か土曜、あいてる?」
問われて予定を思いだす。
「金曜は職場の飲み会なので……土日は今のところ何も予定ないです」
定年退職する人の送別会なのだ。
「じゃあ土曜の夜、俺に時間くれ」
「分かりました。交換したものを元に戻さないといけませんしね」
高い道具たちではないけれど、長年使った愛用品だ。返してもらいたい。
そういう用事だろうと頷くと、夏目さんは絶句した後にため息をついた。
「そうじゃなくて……飯でも食べにいこう。行きたい店があれば教えてくれ。俺が選ぶと居酒屋しか出てこない」
「へ? 別に……そんなの、いいですよ」
「我ながら非常識な頼みごとをした自覚ぐらいあるんだ。だから、最後に飯ぐらい奢らせてくれよ」
視線は食卓(というほど立派なものではない。ただのミニテーブルだ)の、私のお茶碗にむけながら言われた。睨むって言ったほうが正しいぐらいの強さだった。
「じゃあ……お言葉に甘えて」
自分の言葉がどこか遠くで聞こえた。
最後、と。はっきり言われたのがショックだった。
何いってんの。当然じゃない。さっき自分でも終わったなぁって思ったばかりなのに。
いざ夏目さんから言われると、衝撃度が違った。
超ご近所さんだから、会うこともあるだろう。会えば挨拶ぐらいするだろう。でも、こうやって週に何度も会って食事をすることはなくなるのだ。今までがおかしかった。普通に戻るだけだ。
「店の希望とかある? 俺、女が好きそうな店と縁がないから分からん。駅ビルとかでいいのか?」
「せっかくだから、普段夏目さんが行くようなお店がいいです。チェーン店じゃなくて、女性グループの一見客は入れなさそうなお店とか。普段私が行かないようなところ」
「焼鳥屋とかになるけど」
「あ、焼鳥好きです」
笑って会話している自分が不思議だった。
◇◆◇◆
「なーに腑抜けてんのよ」
週明けのランチタイム。恵美が私の頭をはたいた。
通勤途中のパン屋で買ったサンドイッチを早々に食べ終わった後は机に突っ伏していたので、さぞ叩きやすかったことだろう。あいている会議室を使わせてもらっているので、誰かに見られることもない。
「そんなことな」
「あるでしょう」
せめて最後まで言わせてほしい。横暴だ。
「午前中だけでため息何回ついたと思ってるのよ。ただでさえ憂鬱な月曜に、うざったい」
「んー……十回ぐらい?」
「そんな可愛い回数なものですか」
ふん、と鼻で笑われてしまった。
「ほら、きりきり喋んなさい。聞いてあげるから」
「恵美様は今日も優しいねぇ」
「ば……っ」
顔を上げると、恵美は顔を赤らめていた。うむ。美人がやると大変眼福だ。もっとやれ。
「うざいって言ってるんだから、」
「心配して聞いてくれるんでしょう?」
「あー、もう。ペース狂うわ」
ため息一つ。
「ちょっとね、寂しいだけなの」
素直に優しさに甘えることにした。
「前に、知人のご飯作ることになったって言ったじゃない。あれが終わっちゃって」
「元々期間限定だったんでしょ」
「そうなんだけど……誰かとご飯食べてたのに、一人になるのが寂しい」
「ああ、人恋しいのね」
あっさりと恵美は頷いた。
「正月とかに実家に帰って家族と過ごした後に、こっちに戻ってくるとき寂しいでしょう。それと似たようなものね。しごく真っ当な感性じゃないかしら」
ただし、と恵美は言葉を続けた。
「人恋しさのために都合のいい女にはならないでね」
背筋がひやりとした。
初対面の一人暮らし男性の部屋に、頼まれたから食事を作りにいく行為は、どこからどう見ても賢い行為ではない。都合のいい女予備軍というか……もう都合のいい女じゃないだろうか。
確かに夏目さんの態度は紳士だった。実は指一本ふれてもない。そんな夏目さんだからありえないけれど、仮に、もしかして、万が一、何かあったとしても世間は私を愚かな、警戒心の足りない女としか見ない。そういう状況だ。
だけど……。
「……あれ? ちょっと待った」
「なあに?」
「人恋しさが原因でなかったら、いいの?」
「私は構わないわよ」
もしもし、恵美さん?
「あなたの話だもの。私は友だちが人恋しいがために誰でもいいなんてどうしようもない理由で都合のいい女になったら嫌だから警告するけれど、惚れた腫れたの話になったら何が正しくて間違ってるなんて、言ってられないでしょう。『誰でもいい』じゃなくて、『その人でなきゃ嫌』だったら、私が口を出す問題じゃないわ」
もちろん、泣く羽目になったら嫌だけどね。そうしたら私が痛い目みせてあげるわ、と言って恵美は笑った。
「……そっか」
自然と笑みがこぼれる。きっと、しまりのない顔をしてる。
「だらしない顔しちゃって、何よ」
「いやー、恵美がオットコマエだなあって。いい友だち持ったわー」
心配してくれる。間違えそうだったら注意してくれる。でも任せてくれる。
やばい。恵美が男だったら惚れそうだ。
「ありがと。腑抜けるんじゃなくて、ちゃんと考えてみるね」
「そうしなさい。あ、その前に仕事しなさいよ。午前中殆ど進んでないんでしょ」
そりゃそうだ。仕事中なんだから、そっちやらないとね。
「はぁい」
土曜には、夏目さんと会う約束がある。それまでに、気持ちの整理をつけておかなくては。
ありがとうございました。完結まであと少し。