3
◇◆◇◆
「あんた馬鹿?」
辛辣な言葉を投げつけたのは、同期の檜山恵美だ。平凡を地で行く私と違ってスレンダー系美人。ただし性格がキツイので、遠巻きにされることが多い。そんな彼女と私は何故か意気投合して、一緒にいることが多い。
思ったままの言葉を口にする恵美と、それを言われても過剰反応しない私はいいコンビなのだそうだ。
恵美の言葉は事実だし、(分かりづらいけれど)こっちを気遣ってくれているものだから傷つくものではない。そう分かるとこのツンデレめ、と微笑ましく聞いていられる。
お昼休み、お弁当を食べながら連休何やってたって流れから「知り合いの台所用品みつくろってた。あとこれから何日かご飯つくるようになった」と伝えたところ、知り合いについて追及されたのだ。素直に「ほぼ初対面の、同じ建物に住んでる年上男性」と答えた感想が「あんた馬鹿?」だ。
うん。言いたいことはよく分かる。私だって私にそう言ってやりたい。
「警戒心が、仕事してくれなくて」
「あんたの警戒心が仕事した試しがあったかしら。営業の羽鳥さんだってどう見たって不誠実なチャラ男なのに『優しい人』って言ってたのは誰かしらねー。ほだされた挙句二股かけられたのは誰かしらねー」
「両方私でーす」
えへ、と笑うと恵美はこめかみを揉みほぐす仕種をした。
「ただ、あの人の第一印象は悪かったから、そこだけいつもと違うかなって」
私が痛い目を見る場合、第一印象のいい人が殆どだ。……いや、違う。第一印象のいい人ばかりだ。
「すごく目つきの悪い人でねえ。あ、目つきが悪いと不機嫌の違いが分かるのは、恵美のおかげかも」
「あんたねぇ」
今頃気付く。夏目さんの愛想のなさとか、目つきの悪さとかがそれほど影響なかったのは、恵美で耐性がついているからだ。言葉が柔らかい分、まだ夏目さんのほうがとっつきやすい。夏目さんは恵美に感謝すればいいんじゃないかな。
「ちゃんと退路は確保してるんでしょうね」
「うん。私がいる間は玄関の鍵はかけないってことになってるし、確認はしてる。同じ構造だからちゃんと分かるよ。それにあの人、誠実だし」
単身者用の賃貸なので、台所は廊下みたいな狭い場所に設けられている。
玄関を入って右側にトイレとお風呂、洗濯機置き場。左側に廊下兼用のキッチンがあって奥に部屋。そういう造りだ。私の部屋は左右が逆だけど基本のつくりや設備は同じだ。ガスコンロや流しの設備自体は同じなのだけれど、笑っちゃうぐらいに綺麗だった。ああ、うん、これは使ってないわと一目で分かるぐらいに。
それはさておき。私がいる間、夏目さんは部屋から移動しない。トイレもいかない。長時間かかる料理をしないから出来ることなんだけど、トイレにいくと私より玄関に近くなるからだと気付いた。
日曜の夕飯と月曜のお昼を夏目さんのところで作ったんだけど、部屋で一緒に食べる時も私を扉近くに座らせた。何もしない。万一何かあれば逃げれるように。そんな配慮の行動だろう。
そして、それをアピールしない。『してやっている』気遣いではないのが夏目さんの性格を表している。私が気付かなければそれはそれで良しなんだろう。アピールのためではない行動。
そんな話をすると、恵美は呆れた顔して笑った。
「なるほどねぇ。天然ならあっぱれ、養殖ならとんだ策士ね」
これだけ気遣い出来るのに、どうして初対面がアレだったのか首を傾げたくなる。それだけ切羽詰まってたんだろう。そうでなきゃ、初対面の人間に家にあがって食事をつくってもらおうなんて発想にいたらないか。地味に暴走してたんだろうなあ。そう思えば、怖かった初対面も、可愛く思えるから不思議だ。
「養殖にしては、目つき悪すぎなんだよねぇ」
「そんなに?」
「うん。不機嫌じゃないんだけど、睨まれてるようにしか見えないね」
「そんな相手についていっちゃいけません」
あんたは私のお母さんか。そうツッコミかけたけれど、逆の立場なら私だって同じことを言う。
本当に、びっくりするぐらい警戒心が仕事をしてくれない。あ、いや、初めて声をかけられた時は警戒心バリバリだったか。
「なんていうかその……成り行き?」
住んでいるところと顔を一致された以上、逃げたら落ち着かないまま日々を過ごすことになる。そっちのほうが怖かった。
「ふぅん? まああんたもいい年した大人なんだから、自己責任で好きにしたらいいと思うよ」
冷たいような、信頼されてるような。恵美の言葉は、すとんと心に落ちてきた。
◇◆◇◆
夏目さんとの間に取り決めたことは、そう多くはない。
一食あたりの予算。
ここに調味料は含まない。最初に鍋などを揃えた時に一緒に買っているから、なくなることはまずないだろう。ちょっと贅沢して予算ギリギリの時もあれば、材料使いまわしで半分以下で済む時もある。
お互いの仕事の都合をすりあわせた、次回と次々回の予定。
おおむね二回分ぐらい決まっていたら材料も買いやすい。近い日付であればあしの早い野菜だって使いまわせるが、日付があいていると無理。夏目さんとこで使いきれない材料はもったいないから持って帰ってくれと言われたのでありがたくもらっている。肉や魚は必要な分だけしか買わないけれど、野菜はどうしても余ってしまうのだ。じゃがいもとか根菜は残しておいても次回使えるけれど、レタスやキャベツはねえ。
仕事の関係上、どうしても帰れない時がおきたら、早めにメールで連絡をすること。夏目さん都合で一度延期になったことがある。
今日は五回目になる、夏目さんの部屋でご飯を作る日だ。
お互いあいてる日をあわせると、予想以上にスケジュールがあった。
最初のうちはどちらも様子を伺ってたんだけど、三回目には「あれ、なんか楽?」と気付いてしまったのだ。
夏目さんの利点は言うまでもないだろう。二人分の材料費を負担するといっても、一人分の外食よりは安くつく。コンビニ弁当ほど似たり寄ったりのメニューにもならない。(私だって食べるんだから、同じようなのだと飽きる。)
私はといえば、余所の家で作るから、だらだらとしない。今まで思いつきで作業していたけれど、手順考えて作るようになったら手際がよくなった。もっと早くからやれって話だけど、時間制限のない一人分だとどうしてもねぇ。あとは、作ったご飯に反応があると張り合いもあるし、品数も増える。
当初の目的を達成するために必要な回数を軽くクリアするペースで、一緒にいる。
「あんたぐらい飯作るの上手いと、モテるんだろ」
私の存在に慣れてきたのか、夏目さんはプライベートな話題を持ち出すことが増えてきた。
「上手くはないですよ」
「そうか? でもこのシチューも」
「シチュールウ使ってますから」
今日は手抜きなんです。味付けらしい味付けをしなくてすむこれで不味かったらびっくりだ。
「食事中にする話題としては微妙ですけど……。自炊をすると、料理が得意はイコールじゃないですよ。時々『自炊してるんだー、じゃあ料理得意なんだね!』とかふざけた飛躍する人いますけど、全然違います」
「よく分からん」
ちょこっと首を傾げて夏目さんはうなった。
「例えば今日のクリームシチューですけど。ルウは使いましたけど、材料切って煮込んで作ったから自炊ですよね」
「そりゃそうだろ」
「得意と言うからには、ルウを使うのは論外ですね。使って許されるのはコンソメぐらいでしょうか」
「はあ?」
「だから。牛乳とか薄力粉とか使って、ホワイトソースから作るのが普通じゃないと、得意って言っちゃいけないんです。ルウ使っといて料理得意とかいったらフルぼっこですよ」
「分かるような、分からんような……」
「要するに、ルウを使うってことは食品メーカーに味付けを頼ってるんです。他人の褌で味付けしといて得意も何もないでしょう?」
「ああ、なるほど」
「レシピサイトとか見ながらだったらホワイトソースを自作出来ますけど……そこまでしなくても、この味で充分だしなぁ。手抜きといえば手抜きですけど、失敗無しでいいんですよ」
材料放り込んで、煮込んで、ルウ投入でOK。味も保証されている。とくれば、利用しない手はない。
「それに、和洋中なんでもござれや、創意工夫したものを作れるわけじゃないから、得意とか料理上手ではないですね」
料理をすると、料理が得意の間には、高い高い壁が存在するのだ。料理をしない人はその壁が見えていないのか簡単に一緒にしようとする。
「勝手に料理が得意と思いこんだあげくに、あれ作れるのこれ作れるのとか質問してきて、なんだ別に得意じゃないんだねと失望する人は滅べばいいと思いますよ」
おかげで飲み会では「自炊してます」すら言わなくなった。聞かれたら「簡単なものだけ、少し」と言葉を濁している。
「……苦労してるんだな」
そっと目をそらしたってことは、夏目さんも同じことやったんだろうか。
「ちなみに合コンいっても、俺はそこまで会話成立しないから」
「……苦労してるんですね」
それ以前の問題だった。今度は私がそっと目をそらした。
ブックマークや評価ありがとうございます。励みになります。