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俺の部屋の台所を、  作者: 水色うさぎ
その後の二人
12/13

契約更新3

少し遅れました



 私は入口に背を向けて座っていたので、来ていたのに気付かなかったようだ。お姉さんは気付いていたのだろう。つまり、私はからかわれたのだ。

 秀人さんは走ってきたのか、呼吸が荒いまま私の隣に座った。そのまま机に突っ伏してぐったりしている。

「早かったわねえ」

「あんな、メール、寄越して、よく言う」

「三〇二号室の子とお茶するのって送っただけよー。どこの三〇二号室かなんて一言も書いてないし、どこでお茶するとも書いてないのに、よく来れたわね」

 そうか。私もメールを送っておけばよかった。

「ふざけんな」

 私相手には一度も聞かせたことのない、低い、不機嫌な声。それが少し掠れていたので、私は軽く断ってから席を立った。

 この店はセルフサービスだから、アイスコーヒーを買って、ついでにお冷をもらって席に戻る。慌てて会社からここまで来たのなら、喉が渇いているはずだよね。

 店員さんの興味津津な視線がちょっと痛かった。女二人なら友達かなで終わるけれど、そこに男が息をきらせてやってきたら、何事かと思うよね。気持ちは分かる。でも男女の修羅場ではないので期待(?)には添えない。

「……助かる」

 トレイごと秀人さんの前に置くと、隣に座るよう示された。……ええと。

 まごついている間に、水を一息であおった秀人さんは何故座らないのか、と言いたげにこっちを見上げた。

「私、邪魔ですよね?」

 家族の会話だったら。まあ用件はだいたい分かってしまったけれど。

 秀人さんに聞くべきなのか、お姉さんに聞くべきなのか。

「構わない。居てくれ」

「気にしなくていいわよー。すぐ終わるから」

 けれど二人揃って首を横にふった。

「はあ……ではお言葉に甘えて?」

 で、いいの? 首を傾げながら、秀人さんの隣に座った。財布とハンカチ、スマホ、そしてボイスレコーダーしかはいっていない手荷物は膝の上だ。秀人さんが来るまでは空いていた隣の席に置いていたんだけど、人がきたのでそうもいかなくなったから。

「それで、用事は」

 ようやく呼吸が整った秀人さんは、短く問う。会話は必要最低限に、早く切り上げようとしているのがわかりやすかった。

「おじいちゃんの法事よ。時間と場所はその子に…」

「あ、田中と申します」

 そういえば名乗ってなかった。視線で問われたので慌てて名乗る。

「田中ちゃんに預けたから。ちゃんと見て、来るのよ」

 そうだった。預かったままだったメモを、秀人さんに渡した。それをじっと睨んでから、秀人さんは大きくため息をついた。

「……寺には行く。食事はいらん」

「まあいいでしょう」

 それでいいの? と思ったけれど、家庭の事情に私が口を出していいわけがない。ましてや、背景事情を何も知らないのだから。

「用事が済んだら帰れよ」

「言っとくけど、あんたが電話に出るなり、メールに返事寄越すなりすれば良かったんだからね。どうせこのまま無視するつもりだったんでしょうけど、そうもいかないから。わざわざこの私が来てあげたんだから、感謝しなさい」

「誰も頼んでない」

「相変わらずのひねくれ者だこと。ま、素直に来るって言ったからあんたにしては上出来だわ。田中ちゃんのおかげかしら」

「うるさい。早く帰れよ」

「ああ、そうそう、田中ちゃんを怒ったら駄目だからね。あんたの風評を心配して出てきてくれたんだから」

「評判を損ねるようなことをやった張本人がよく言う」

「悪いのは私からの連絡を無視したあんたでしょ」

「どこの暴君だよ」

「あら忘れちゃったの? 私が夏目家の法律よ」

「……もういいから早く帰れ」

 テンポ良く進む会話は、内容だけ聞くと穏やかではない。でも、すぐ傍で聞いていると、二人ともこれが普通です、って感じで……なんというか、妙に調和がとれていて自然だった。ずっとこんな感じで、言葉面ほど険悪な仲ではないのだろう。まあ秀人さんがお姉さんを苦手としてるのはよく分かるし、お姉さんは苦手と思われてるのを分かって構っているようだ。よく考えると凄い内容だけど。秀人さんは物凄くぐったりしてるけど。……うん、秀人さん、頑張って。

「あ、そうだ。田中ちゃん、これ私の連絡先。この馬鹿が何かやったらいつでも連絡ちょうだいね」

 名刺の裏に、プライベートだろう番号とメールアドレスを走り書きしたものを押しつけ……じゃなくて、渡された。

「え!? あ、はい。どうも?」

 傍観者的立ち位置で、会話を聞いていたところに突然名前を呼ばれたので焦って勢いのまま受け取る。

「ちょ、何勝手にやってるんだよ!」

 秀人さんが慌てても、もう受け取ってしまった後だった。

 隣の秀人さんに阻止させる事のない間合い(?)は、さすがだなと思った。

「さて。用事は済んだし、時間も遅いから帰るわ」

「頼むからそうしてくれ」

「田中ちゃん、ありがとうね」

「いえ。こちらこそ」

 何がだ? と突っ込んではいけない。これが一番穏やかで、波風の立たない言葉なのだから。

 またね、とにっこり笑って、お姉さんは去っていった。

 ……なんていうか……嵐のような人だった。

「…………とりあえず、帰りますか」

 呆気にとられたままだけど、そう提案する。

「……そうだな」

「秀人さん、食事は?」

 返却カウンターに食器を返しながら問うと「まだ」と返ってきた。

「簡単なのでよければ食べていきます?」

「是非」

 即答だった。





「お仕事は大丈夫だったんですか?」

「あー……同僚を拝み倒して帰らせてもらった」

 拝み倒す秀人さん……結構レアかも。見たかったと言えば嫌がられるだろうか。

「何もしなくていいって言われてたのに、勝手やってごめんなさい」

 遅い時間だから、あまり重くないものを。かつ、うちにある食材で作れるものを。ってことで、かきたまうどんにした。うどんは冷凍のを常備してあってよかった。冷凍食品って重宝するよねぇ。

「いや。あいつも言ってたけど、俺の為だろ。感謝こそすれ、謝ってもらうようなことじゃない。というか、あれに関わらせてすまなかったとこっちが謝るべきだ」

「お店まで行ったのは好奇心もあったんだけど……。私たちが最初に会話した時と同じような流れだったから、ああ姉弟なんだなって実感して」

「……」

 似てると言われるのは心外らしい。むっとした様子で黙りこんだ。その様子は不快というよりは拗ねているようで可愛い。

「すごくお姉さんのペースに巻き込まれたけれど。久しぶりに秀人さんに会えたので私としてはラッキーでした」

 出来あがったうどんを丼にいれて、秀人さんに出す。いただきます、と手をあわせてから箸をつける秀人さんは「うん」とか「俺も」みたいなことをもごもごと言う。

 私はもう食事はすんでいるので、お茶だけいれて、正面に座る。一緒の食事ではなくても、会話が出来るだけで嬉しい。

「本当かどうか分からないけど、今の体って三日前に食べたものの影響が大きいらしいんですよ。だから三日も会えてないと、秀人さん成分が足りなくて、寂しかったです」

 この流れなら聞ける、よね? 会えなくなる前の私の疑問。秀人さんは食事中で、主に私が喋っているこのタイミングなら。

「でも……秀人さん、引越考えてるんですか?」

「この流れでなんでそうなる!?」

 真顔で聞いたら、秀人さんは顔を真っ赤にして叫んだ。


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