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俺の部屋の台所を、  作者: 水色うさぎ
その後の二人
11/13

契約更新2

更新遅くなってすみません。PCが壊れて、書きかけデータが紛失していました。




 なんていって通話を終わらせたんだっけ。頭が真っ白だ。

 そうだ、確か秀人さんを呼びにきた同僚の人がいて、「とにかく、頼むから無視してくれ!」と懇願と悲鳴を足して二で割ったような事を言われて、切れたんだ。

「そうか。お姉さんだったら、納得……かな」

 部屋に訪ねてくる、イコール、部屋を知っている。家族だったら知っていて不思議はない。

 女性のことを話すのに秀人さんの口調から伝わる距離感が近い。うん。そりゃそうだ。家族だからね。

 やたらと慌てていた。姉妹を元カノと勘違いされたら、ねぇ。

「……私ってば、馬鹿みたい」

 みたい、ではなく馬鹿そのものか。早とちりにも程がある。なんというか……みっともない? 恥ずかしい? うまい言葉が見つからず、ベッドの上でじたばたしてしまう。帰宅後、即化粧落としといて良かった。ってそういう問題じゃなくて。

「あー、もう」

 めんどくさい、うざい、重い女になってないだろうか。

 紛らわしい発言したのはあっちなんだから、こっちが気にすることじゃないわ。恵美なら呆れながらもそう笑い飛ばしてくれるかもしれない。

 秀人さんに言ったら、なんでそう思うのか分からんと眉間に皺を寄せて一蹴されるかもしれない。

 ……かも、しれない。

 経験値からくる推測と、希望が混ざり合って、何が正しいのか分からなくなる。こういう自分のコントロールが効かなくなる状況は、怖い。

 ピンポォン、と後ろが間延びした呼び出し音が外から聞こえた。

 あまり行儀のよろしくないことと分かっても、外の物音に耳をそばだててしまう。

 あれは、秀人さんの部屋あたりだ。来たのかな。でも秀人さんはまだ帰宅していない。というか、ここ、集合玄関も鍵があって、インターホン押して中から開けてもらわなきゃいけないのにどうやったんだろう。

 しばらくしてから、またインターホンが鳴らされた。それへの反応はなし。三度目が鳴らされた後、我慢できなくなって、玄関扉のドアスコープから外を見ると、やはり秀人さんの部屋の前だった。

 たまたまこの時間帯に帰宅した男性がいたので、インターホンを鳴らしても部屋の中から反応がない様子を訝しげに見て階段をあがっていった。集合玄関を通ったのだから、招かれたはずなのに、何の動きもないのは明らかにおかしい。不審者だと思われても当然だ。私だってそう思う。

 どうしよう。

 普通に考えたら、私のとるべき行動は一つだ。

 秀人さんは、関わらないことを望んでいた。だからその通りにする。

 ドアスコープから見えた女性が、本当にお姉さんかどうかも、何の用事で訪れたのかも、何より秀人さんと普段の関係……付き合い方も分からない。

 お互いの年齢が年齢なので、家族の話をするとどうしてもその先の……つまり結婚を意識してしまい、でもそれにはまだ早いのでは、という思いがあったので殆ど家族の話をしたことはない。友人に紹介されたことはあっても、家族構成について聞いたことはなかった。お姉さんがいることだって、今日初めて知ったのだから。

 正解は分かってる。

 ただ……。

 不審者と思われかねない……というか不審者にしか見えない女性が、秀人さんの部屋を訪れていた、と見られるのが嫌だ。

 都会の単身者用集合住宅なので、近所づきあいなんて殆どない。私たちが普通じゃないのだ。それでも朝の出勤時、あるいは帰宅時に顔をあわすことぐらいはある。

 くどいけど、ご近所づきあいは殆どない。

 変な噂が出回る事だってないだろう。さっきの男性も、職場で「昨日こんなの見てさー」と話す可能性はあっても、同じ建物のなかに住んでいる人に話したりはしないだろう。せいぜい「おはようございます」ぐらいしか会話はかわさないのが、単身者用集合住宅だ。

 だから大丈夫。

 その、はずだ。

「………………」




 軽くメイクをして身だしなみを整える。

 馬鹿だなぁって思うけれど、無視できなかった。

「あのう」

 支度をしてもまだ残っていた女性に、玄関を少しあけて話しかけると、お姉さん(のはず)は、驚いた顔で振り向いた。

「その部屋の方、まだ帰ってないみたいですよ」

 うわ、美人さん。秀人さんの姉というより、恵美と雰囲気が似ている。つまり、ぐいぐい来る系の人だ。

「ご用件でしたら、こちらに便せんと筆記用具があるので、投函しておいてはいかがでしょうか」

 中の郵便受けは普段使いしない。集合玄関の外にある郵便受けが、日ごろ使うところだ。集合玄関が施錠されている以上、建物内のは使わないよね。何故ついているかは……多分賃貸用の玄関にはセットになっているのだろう。あと、電気料金だけ中で検針しているので、ここに料金通知がはいっている。

「そう? 悪いわね。あの子いつも居留守使うから、今日もそのパターンかと」

 そんなことあったっけ? そこそこ長くここに住んでいるけれど、こんなに何度もインターホン押している音は初めて聞いたような。

 ところで、レターセットは使うのだろうか。

「ね、わざわざ出てきてくれたってことは、あなた、この部屋の人と知り合い?」

「……何度かご挨拶させていただいたことは」

 嘘じゃないけれど、近所づきあいの一環としておかしくないレベルの受け答えをする。

「だったらお願いしたいことがあるの。近くにコーヒーショップがあるでしょう。そこでお待ちしているから、良かったら来て」

「え?」

 朗らかに言いきった彼女は、こちらの返事を待たずに外に向かっていった。

 ええー?

 なんか……デジャブ……。




「あら。まさか本当に来ると思わなかった」

 はい、二度めのデジャブきましたー。

 のこのこと(と言って間違いではないだろう)来てしまった理由は簡単だ。やりとりのデジャブ感に「うん、この人は秀人さんの姉」と実感したから。私たちが初めて会話した時と同じ流れ過ぎるでしょう。懐かしい。懐かしいついでに、当時使ったボイスレコーダーを引っ張り出してカバンにいれてきた。あれ? そういえばこれって……。

「乗りかかった船といいますか、好奇心というか……気になって」

 この場に来ない人なら、そもそも声をかけたりしない。

「よく分からないけれど、夜分にごめんなさいね。そして、ありがとう」

 座ったまま軽く頭をさげられた。

「あ、こちら、どうぞ」

 カバンに突っ込んできたレターセットを差し出す。

「ありがとう。あのねぇ、私はあの子の姉なのよ。来月が祖父の七回忌だから帰ってきなさいって話をしにきたの」

「……そうなんですか」

「電話をしても『今忙しい』で切られた後一切出ないし、携帯にメールを送っても見たかどうかの返事すら寄こさないわで、いい加減親が怒っちゃって。丁度私が出張でこっちに来たしこの時間なら家にいるでしょーって押し掛けたのよ」

「……押しかけちゃったんですね」

 電話もメールも、夜に時々やりとりしている身としてはなんだか申し訳ない。

 これ渡しといて、と便せんを渡された。日時と場所が書かれたのがうっかり目に入って、慌てて折る。目の前で書かれたもので、折り曲げずにそのまま渡された以上、見てはいけない情報ではないだろう。でも、凝視していいものでもないはずだ。そこはマナーとして。

「法事ならちゃんと帰るんじゃないですか」

 秀人さんは、ぱっと見の愛想は悪いけれど、根はいい人だから。

「どうかしらねぇ。あの子、親戚と折り合い悪いから。どうもあの顔が喧嘩売ってるように見えちゃうらしくてねぇ」

 笑っていいことでもないので、反応に困る。

「そういえば! どうやってあそこまで辿りついたんですか? 集合玄関、鍵かかってましたよね」

 こういう時は話題をかえるのが一番。

「丁度同じタイミングで帰った人がいたので、一緒に入っちゃった。玄関前までいけばさすがにあれも追い返さないでしょうって思ったのになぁ。本当に忙しいのね」

 気持ちは分からないでもないけど、それやっちゃいけないことですよー。

「あー、そうですね。忙しいみたいです。最近、ずっと帰るの遅くて……。今日もあと一時間以上は帰ってこないと思いますよ」

 日付がかわるか変わらないか、という時間帯に帰ってくることが多いから。

「そうなの。食事はちゃんと食べてるのかしら」

「私も心配なんです。忙しくなる前は週の半分ぐらいは一緒に食事出来てたのに……」

 秀人さんの焦りっぷりも気にはなったけれど、お姉さんの雰囲気はフレンドリーだし、何より私も気がかりな事だったので、机の下でぐっと拳を握って前もめりになった。

 コンビニ弁当ですませたりしてないだろうか。忙しいのに栄養バランス偏ったものだと体によくない。……では私が作る料理はバランスとれているのかと言われると辛いところだが。

「ところでいつから付き合ってるの?」

「はん……ええ!?」

 ふつーに聞かれたので、ふつーに答えそうになった。

「え、いつからって!?」

「だって付き合ってるんでしょう? これだけ心配してくれて、だいたいの帰宅時間把握してて、普段は週の半分も会うなんて、ただのご近所さんじゃないわよ。それとも免疫ないからあれが盛大にへたれてるとか?」

 しまった! 喋り過ぎた。

「えーっと、ですね。その、」

「ああ、違うわよね。ごめんなさいね。あの愛想なしとなんてあなたに失礼だわ」

 それは失礼なんかじゃない。

「秀人さんは素敵な人です!」

 ムカっとして、気づいたら脊椎反射レベルで、言い返していた。

「どこが?」

「二人で道歩いてたら車道側歩いてくれるし、スーパーのレジ袋はどれだけ重くても絶対持ってくれるし、それに、」

 あとそれから。

 続けようとした言葉は、テーブルを叩くように手が伸びてきたのでびっくりして止まった。

「悪い、ちょっと、黙って」

 久しぶりのその声の主は、秀人さんだった。


続きは今月中に更新予定です。ここまでお待たせしません。

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