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ちょうだい、ちょうだい

作者: ねぎ

「裕くん、知ってる?目玉がない幽霊の話」


 ミオがその話をしたのは、七月が始まったばかりのある日の放課後のことだった。


 帰りのホームルームが終わり、僕はクラスメイトであるミオと一緒に、美術室へ向かって廊下を歩いていた。

「聞いたことないな。この学校の怪談?」

 僕が訊き返すと、ミオは得意げな顔で頷く。

「それがね、委員会の先輩から聞いたんだけど、……出るんだって」

 もったいぶって声を潜め、自信たっぷりに言う。

 もう中学生になったっていうのに、相変わらずその手の話を信じきっているようだ。


 ミオとは小学生の頃、同じ工作クラブに入って知り合った。

 同じ私立中学に進学して、今は一年生。

 一緒に美術部に所属している。

 色々なものに興味を示し、思い立ったらすぐ行動に移すタイプの彼女は、僕とはまるで正反対だ。

 けれどなんとなく馬が合うので、よく一緒にいることが多い。

 男友達と同じように気安く話せる相手だ。

 今のように、子供じみた怪談話に夢中になることがあるので、呆れさせられることもしばしばだけれど。


(いつか詐欺にでも引っかかりそうなタイプだよなぁ)

 心の中でため息をつきつつ、目を輝かせて彼女が語る「目玉がない幽霊」の話に耳を傾ける。


「裕くんだって覚えてるでしょ。3月にあった事件のこと」

「そりゃ覚えてるよ。あの時は、ちょっとこの中学を選んだのを後悔しかけたからね」


 彼女が言う事件というのは、今年の3月半ば、僕たちが入学する一月ほど前に起きた、奇妙な殺人事件のことだ。

 学校の裏山で、3年生の女子生徒が死んでいるのが見つかった。

 死体には二つの目立つ外傷があった。

 両方の目玉がくりぬかれていたのだ。


「あぁ、それで目玉がない幽霊か」

「気付くの遅いよー。相変わらず察しが悪いねー」

「うるさいな。……あれって、まだ犯人見つかってないんだっけ。気持ち悪いよなぁ」

「おっ、珍しく裕くんが怖がってる?」

 ミオが嬉しそうに身を乗り出して顔を覗き込んでくる。

 近い、顔近いって。

「殺人犯が怖いんだよ。ミオも気を付けろよ、幽霊じゃなくて不審者に」

 真面目な顔して言ってやると、ミオは途端に顔を離しそっぽを向いて、

「そーいう心配は、いりません!」

と言い捨てると、走って先に行ってしまった。

 ……何か僕、悪いことでも言ったかな?

 ああいう子供みたいなところが、心配なんだけどなぁ……。







「こんにちはー」

 美術室に入ると、他の部員はすでに揃っていた。

 絵を描きはじめている人もいれば、数人で固まって喋っている人たちもいる。

 部屋の奥で、シャツの袖をまくって油絵を描いている女の子がいた。

 その子の横に立って、先に来ていたミオがしきりに話しかけている。

 近づいていくと、やっぱりさっきの幽霊の話のようだ。


「それでね、幽霊は女の子なんだよ。髪が長くて、女子の制服着てて、なぜか狙うのも女子ばっかりなの。だらだら血を流して、『目玉ちょうだい、目玉ちょうだい』って追いかけてくるんだって!」

「やめろよ、ミオ。宮城が怖がるだろ」


 声をかけると、二人の少女がこちらを向く。

 ミオに話しかけられていたのは、同じくクラスメイトの宮城かなえ。

 彼女は中学に入ってからの知り合いだ。

 浮世離れした雰囲気の子で、ちょっとズレたところもあるけれど、部活で顔を合わせるうちにけっこう親しくなった。

 長いサラサラした黒髪と、真っ白に透き通る肌。

 この暑い中でも、なぜか冬用の制服を着ている。

 ひどく病弱で、体育の時間はいつも見学。

 そのせいか手足は折れそうに細い。

 顔立ちは、大きな瞳が特徴的で、どこか神秘的な感じで整っている。

 まさに「儚げな美少女」を絵に描いたような女の子なのだ。


「大丈夫だよ、荻野くん。怪談は私も好きなの」

 か細いけれど、すぅっと心に沁みこんでくる独特の声でそう言って、かなえは僕に微笑みかけた。

 しっとりした不思議な瞳に見つめられ、僕は少し慌てて視線を逸らしながら、近くの空いている椅子に腰を下ろした。

 最近、彼女はよくこういう視線を送ってくるので、僕はそのたびに当惑してしまう。


「ねぇ、その幽霊って、やっぱりこの前殺された人なの?」

 かなえは興味を持ったようで、絵を描く手を止めてミオに訊く。

 そんなの訊くまでもないじゃないか、と僕が思っていると、あっさりミオは言った。

「ううん、違うよ」

「違うのかよっ!?」

 思わず大声でツッコミを入れてしまう。

 近くでお喋りしていた先輩たちが一斉にこっちを見た。

 恥ずかしい。

「逆なんだよー。その人が幽霊に目玉を取られたんじゃないかってこと。幽霊の怪談はね、ずーっと昔からこの学校にあるの」

 なんだ、そういうことか。

 勘違いしていた。

 でも、それって余計怖くないか?

 事件があったから幽霊の噂ができたんじゃなくて、幽霊の噂があるところで、その噂にぴったり合う事件が起きたんだ。


 いつになく興味を惹かれたので考えこんでいると、さっきこっちを見ていた先輩女子たちのグループが、ぞろぞろ話に加わってきた。


「私も知ってるよ、その噂」

「不気味な人影を見かけたとか、言ってる人よくいるもん」

「2組のエリちゃんがさ、1年のときに階段のとこで見たって話、わりと有名だよね」

「けど、そういえば、最近見たって話聞かなくない?」

「目玉が手に入ったから、満足したのかも……」


「や、やめてくださいよ」

 僕はちょっと怖くなってきてしまった。

 ミオがにやにやしてこっちを見ている。

 かなえは大まじめな表情で話に耳を傾けていた。


 すると、一人ずっと黙ったままだった先輩が、恐る恐るといった風に話に割って入った。

「それ、ちょっとだけ、私が聞いた話と違うんだけど……」

「えっ?」

 みんなの視線が一斉に集中する。

 先輩はごくりと唾を飲んで話し始めた。

「私の友達にね、お母さんがこの学校の卒業生だって子がいるんだけど、その子が昔怖い話を聞いたって言って、教えてくれたことがあるの。お母さんが中学生だった頃も、この学校には幽霊が出るっていう噂があったんだって。目玉がない、裸の女の子の幽霊が」

「裸……?」

「そして、お母さんが卒業して二月くらい経った頃、学校のトイレで変死体が見つかったの。もう二十年以上前だそうだけど……亡くなったのは女子生徒で、遺体は裸だったの。着ていたはずの下着と、冬用の学校制服は、どこにも見つからなかった」


 みんな、シーンとしてしまった。

 さっきまで目を輝かせながら話を聞いていたミオも、だんだん本気で怖くなってきたようで、黙り込んでいる。

 話に加わっていなかった他の部員たちが、何事かとこっちに注目し始める。


 そこへ、顧問の貝原先生が入ってきた。


「あら、どうしたの?なんだか妙な雰囲気ね」

 先生は、定年間近の女性教諭で、この学校のウン十年前の卒業生でもある。

 先生ならもっとこの噂に詳しいかもしれない。


 ミオが、さっきの会話をかいつまんで話すと、先生は渋い顔をした。

「あなたたち、人が亡くなったっていうのに、怪談なんかで盛り上がって……罰があたるわよ」

 ぶつぶつ言っていたけれど、小言よりも気になることがあるようで、ぴしゃりと話を切り上げることをしない。

「まったく、いつの時代も学生は怪談が好きなものね。私が生徒だった頃も、似たような話を聞かされたわ。悪趣味だと思って、取り合わなかったけれど」

「先生って……たしかこの学校の出身でしたよね?この幽霊、そんな昔からいたんですか……?」

「そんな昔ってどういう意味よ」

 冗談っぽく睨まれて、ミオが首を竦める。

 それで少し場の空気がなごんだ。


 そうだ、幽霊の噂なんて、いつの時代にも溢れかえっているものだ。

 おかしな殺人が起こったのは事実でも、幽霊と関連付けるなんて、ばかげてる。

 僕は自分に言い聞かせた。

 それ以上深く考えてしまったら、居ても立っても居られなくなりそうだった。

 他のみんなも、あいまいに笑いながら、お互い顔を見合わせて、話を切り上げたがっているように見える。


 ただ一人、かなえだけはその輪に加わっていなかった。

 かなえは小首を傾げて、じっと先生を見ている。

 怪談が好き、と言っていたけれど、楽しそうという様子でもなく、興味津々という風にも見えない。

 その目からは何を思っているのか読み取れず、ただじっと先生を観察しているみたいに見えた。


 その視線に後押しされたわけでもないだろうけれど、最後に先生はぽつりと言った。

 言わずにはいられないけれど、聞いてほしくもない、というように、小さく低い声で。


「……私があの頃聞いたのは、裸で廊下を這っている、目玉と両足がない幽霊の話よ。しばらくして、ある女子生徒が殺される事件が起きたわ。……死体は、両足をもぎとられていた……」





 先生は、職員会議があるとか言って、すぐに出て行ってしまった。

 残された僕たちは束の間固まっていたけれど、

「さ、さあ、そろそろ絵描かないと。ぼーっとしてると文化祭まであっという間だよ!」

という先輩の一言で、糸が切れたみたいに散り散りになっていった。

 僕もなんだかふわふわした気分でスケッチブックを開いた。

 今聞いたことが、なんだか悪趣味な夢のような気がした。

 3月に、これから通う中学で殺人があったと聞いた時も、似たような感じだったかもしれない。

 想像の追い付かない事態に、脳が真面目に取り合うことを放棄したみたいだ。


 横目でミオを見ると、デッサン用石膏像と睨みあいながら、何か考え込んでいる。

 いつも、眉唾物の怪談話をはしゃぎながら聞かせてくれるミオだけれど、今日は予想外に膨らんだ話のせいで動揺しているように見える。


 かなえは何事もなかったように油絵に取り組んでいた。

 さっき先生を見ていた時の、底の見えない表情はどこかへ消えている。

 首をかしげ、真剣な表情で絵を描いている姿は、いつも通りに可愛らしかった。


 じっと鉛筆を動かしていると、自然と気分が落ち着いてくるものだ。

 いつのまにか、部室はいつも通りの和やかな空気を取り戻していた。







 夕方、下校時間を告げるチャイムが鳴り、僕たちは美術室を出た。

 微妙にクーラーが効いていた室内を出ると、むっとする空気に息が詰まる。

 ミオとかなえと、他愛もない話をしながら、下駄箱までの短い距離を一緒に歩く。


「宮城、本当に熱中症とか大丈夫なのか?そのブレザー、見てるだけで暑くなってくるぞ」

 かなえの着ている冬服を見て、ふと僕は言った。

 涼やかな夏服のミオと並ぶと、ごわっとした長袖ブレザーを着こんでいるかなえはかなり異様に見える。

 何か事情があるのかもしれないが、ついつい口に出してしまう。

「私は大丈夫、だけど……えっと……暑苦しく見える?」

 珍しくかなえはうろたえた表情を見せ、顔を伏せた。

「もー、裕くん!デリカシー無い!」

 ミオが手にしたお茶のペットボトルでバシバシと叩いてくる。

 僕は慌てて謝ったけれど、かなえはさらに深く俯いてしまった。

 地雷踏んじゃったかな……。

 数秒前の自分を呪いつつ、気まずい思いでとぼとぼ歩く。

 ミオが横目で、そんな僕を睨むでもなくじっと見ていた。





 「それじゃ、また明日」

 昇降口で靴を履き替えた後、やっと顔を上げてそれだけ言うと、かなえは走って行ってしまった。

 その後ろ姿を見送って、ため息をつきたい気分になっていると、立ち止まっていたミオがぽつりと言った。


「かなえちゃんのこと……どう思う?」

「どう……って」


 急な質問に戸惑っていると、ミオはいつになく怯えたような顔でこちらを見た。

 言葉を探すように視線をさまよわせ、ペットボトルをぎゅっと握りしめ、意を決したように口を開く。


「かなえちゃん……いつもあんな服着てるのに、汗ひとつかいてないんだよ。それに、あの制服……なんだか布が古いみたいなの。ねえ、あれって、ほんとにかなえちゃんの服なのかな……?」


 ミオが何を言いたいのか分からず、僕はまたも戸惑った。

「兄弟とかのお下がりなんじゃないか?何がそんなに不思議なんだ?」

 僕の答えを聞き、ミオは唇を噛み、目を逸らす。

 困ったように、焦ったように、瞳が揺れている。


「私……前から、変だなって思ってたの。かなえちゃんの手と足……なんだか変なの。うまく言えないんだけど…手と、足で、肌の色が違うっていうか、太さが、おかしいっていうか、……今日の話を聞いてたら……まるで……」

「……おい、やめろ」


「ねえ、裕くん、幽霊は、今年の3月に、体を集め終わったんだよ――」



「やめろよ!!」



 叫んだことに、自分でびっくりした。

 ミオがびくっと肩を縮めて青ざめる。

 周りで靴を履き替えていた数人の生徒が、ぎょっとしたようにこちらを見て、そそくさと去って行った。

 僕はじわじわとこみ上げてくる何かを抑えるため、息を整える。


 ミオが言いたいことが何なのか、理解しそうになってしまった。

 嫌だ。

 理解したくない。

 そんな事は考えたくない。

 馬鹿馬鹿しい。

 あんな話、早く忘れるんだ。


「なんで、なんでそんなに、宮城のこと悪く言うんだよ。あいつは体が弱いんだ。病気なんだぞ。なのにちょっと変わってるからって、よく知りもしないで、そんな言い方するのかよ!友達じゃなかったのかよ!」


 思いつくままに言葉を叩きつけて、校舎から走り出た。

 ミオは呼び止めてこなかった。





 ミオと僕は電車通学で、同じ駅を利用する。

 駅に着いて、ちょっと心が落ち着き、振り返ってしばらく待ってみた。

 夕陽で視界が真っ赤になって、ひぐらしの声が響き始めるまで。


 けれど、ミオは来なかった。







 翌日、登校すると、校門の前にかなえがいた。

「おはよう、宮城」

 声をかけてから、その姿に強い違和感を覚えた。

「おはよう、荻野くん」

 そう言って微笑み、長い髪をそっとかき上げた白い腕を見て、やっとその理由に気付く。

「それ……半袖じゃないか」

 かなえは夏服を着ていた。

 布地が薄いスカートが、ふわふわと夏風に踊っている。

 真っ白な細い腕が日に晒されて、目に眩しい。

「これで、暑苦しくないかな?」

 かなえはそう言って、僕の瞳を覗き込む。

 昨日言ったことを、そんなに気にしていたのか、とか、じゃあ今まで着てこなかったのはなぜなんだ、とか、色々と頭をよぎったけれど、嬉しそうな目でまっすぐに見つめられて、そんなものはどこかに吹き飛んでしまった。

 僕も自然と顔がほころんでくる。


「うん、すごく爽やかになったよ」





 かなえと連れだって校舎に入り、廊下を歩いていると、なんだか周囲の様子がおかしかった。

 あちこちで、数人ずつ固まった生徒たちが、上ずった調子で何か話している。

 そこここで抑えた悲鳴が上がるのすら聞こえた。

「何かあったのかな?」

 かなえと怪訝な顔を見合わせつつ、教室に一歩入った途端、中のいいクラスメイトの一人が駆け寄ってきた。


「聞いたか。小野坂ミオ、死んだんだって」


「校内で倒れてて、死因は不明なんだけど――」


「制服が脱がされて、なくなってたんだってさ」




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