底辺
「高収入をお約束!」
「貴女の頑張り次第です!」
「時給五千円以上!」
華やかな職場で貴女のご連絡をお待ちしております。
ベッドに入りながら、毎夜読み返すフレーズ。指定されたアドレスを入力しては、消去を繰り返した夜からそろそろ三ヶ月になる。
初めて袖を通したドレスの露出加減に我ながら目のやり場に困ったのは、すでに遠い夜に感じた。初めての席について、ぎこちない笑顔を浮かべながら、ふと目に映った鏡の中の自分に心底吐き気を催した夜から、三ヶ月が経つのだ。
「おはよぉございますー...」
イヤホンを外しながら、カウンター内で開店準備中の店長に気だるい挨拶をした。
胡散臭い笑顔と、キャストのモチベーション向上の為の薄っぺらいお世辞を聞き流して、ロッカーへ向かう。
あんなに嫌だった、ドアを開けた途端の女の香りにもすでに慣れっこだった。
ロッカー室へ入ると、すでに出勤しているキャスト達が、客の元へ向かうため念入りに身支度を整えている。
全裸同然での更衣には当初は衝撃を隠せずに、小学生が体操服に着替えるときのように、物陰に隠れて、こそこそと支度をしていたのが今となっては懐かしく感じた。
朱に交われば赤くなる。
あんなに嫌悪していた人種に刻一刻と近くなっていく自分に苦笑した。
「鈴ちゃん、おはよ〜。
今日さぁ〜、永田社長来るみたいなんやけど、鈴ちゃんとこと一緒らしいね〜?」
髪を器用に巻き直しながら、鏡越しに話しかけられる。歳は明らかに下だが、10代からこの世界にいる彼女の風格は、いわゆるお水のそれだ。初出勤の夜に着た、あの青いドレスを選んだのも彼女だった。
「おはようございます。
はい。イベントの打ち上げで一緒みたいで。
終わり次第みえるそうです。」
そっかー と短く返事をして、また彼女はせっせと髪を巻き始めた。
きらきらきらきら。
輝くシャンデリアの光が、床のガラスケースに埋め込まれた薔薇の花を写し出す。
それを、高いヒールで踏みつけながら、ホールを回る。
くるくるくるくる。
途中に出くわした常連客に愛想を振りまきながら。時には新規の客に、挑発的な視線を落としながら。
どうしてわたしはここにいるんだろう?
あんなに真面目に生きて、
あんなに努力をして、
あんなに平和に生きていたのに。
やっと掴みかけた平穏な日々は
今はもう、影すら見えない。