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華の降る丘で  作者: 行見 八雲
第4章
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17.侍女さん達の受難(?)。



 エル殿下の話によると、国境近くの村で“浄化”の効きにくい奇妙な黒い魔物に襲われ、隙を突かれて魔物に傍まで踏み込まれてしまったと。そうして、自分を攻撃しようと拳を振り上げた魔物に、骨の何本かは持っていかれるだろう、さらに運が悪ければ命はないだろうと、頭のどこかで冷静に考えていたそうだ。それでも目を逸らすことなく、魔物の拳の動きを追っていると、突然ゴッという鈍い音と共に魔物が真横へ吹っ飛んだ。

 突然のことに何が起きたのか分からず、ただ魔物が飛ばされて行った方を見ると二度ほど地面をバウンドした魔物が、そのまま村の柵をぶち抜いて木を折り倒しながら森の中へ突っ込んで行く。あの魔物をあそこまで吹き飛ばした衝撃のすごさに、エル殿下が慌てて顔を戻すと、目の前に一人の子どもが宙に浮かんでいたそうだ。


「あっはは~! ギリギリセーフ!」


 少年はカラカラと笑いながら、手を体の前で水の中を泳ぐように水平に動かした。


「本当に。もし彼らに何かあったら、カーヤに後でものすごく怒られるところだったよ」


 魔物が吹き飛んで行った方とは逆方向から聞こえた声に、さらにエル殿下がそちらに目線を移すと、そこには眩いばかりの金色の髪の、白い衣装を身に纏った麗しい容姿の青年がニコニコ微笑みながら立っていたらしい。


 うん、間違いなく風の精霊王様――灰斗様と琥珀様ですよね。というか琥珀様、もしエル殿下達に何かあったら、怒るくらいじゃ済みませんからね!

 話を聞いているだけで冷や汗が止まらないような緊迫の展開に、侍女さんが用意してくれた紅茶を一気に呷る。


 突然の闖入者にも構う余裕はなく、彼らの傍にいたエル殿下と、殿下の隣に駆け寄ってきたカクさん以外の者は、未だ魔物と交戦中だった。そしてドシンと重い足音が響いたかと思うと、森の方へ突っ込んで行った魔物が薄汚れた態ながらも、倒れた木を押しのけながら確かな足取りでこちらへ歩いて来ていた。そんな魔物達の様子をぐるりと見まわした琥珀様は、笑顔のまま首をことんと傾げて。


「おや、変わったモノ達がいるね」


 彼がそう言うと同時に、彼の足元からブワリと光の円が広がっていく。その光は村の全てを覆うほどに広がり、やがて真っ白な強い光が地面から湧き上がる。それは目を閉じていても眩しさを感じるほどで、エル殿下は咄嗟に腕で目元を庇ったそうだ。


 数秒か数分か、いかほどの時間が経過したのかは分からなかったが、気が付けば辺りは静まり返っていたらしい。聞こえるのは装備が擦れる音と、人の息遣いくらいだった。先ほどまで感じていた、魔物が発する不気味な威圧感にも似た殺気も感じられず、一体何が起きたのかと警戒しつつも目を開けたエル殿下は、周囲のどこにも魔物がいなくなっていることに驚いた。

 それは他の兵士達や騎士達も同様で、皆狐につままれたような顔で辺りを見回している。


 ふと思い当たったことにはっと琥珀様の方へ顔を向けたエル殿下は、そこで彼が微笑んだままこちらを見ているのに気が付いた。まさかという思いで目を瞠るエル殿下に、琥珀様はとことこと近づいて行き。


「やあ、初めまして。僕は光の精霊族の王。うちの妹が世話になってるね」

「……妹?」

「みたいなものかな。カーヤだよ。君に何かあったら力になってほしいと頼まれててね」


 相手や周りの状況に全く頓着した様子もなく、琥珀様は笑顔でそう言ったらしい。そんな琥珀様に、エル殿下は顔を引き締めてその場に跪き、


「お初にお目にかかります、光の精霊王様。私はシューミナルケア帝国皇太子、エリュレアール・インフェリオ・デュ・シューミナルケアと申します。この度は危ないところを助けて頂き、誠にありがとうございます」


と礼を述べた。そのエル殿下の言葉に、その場にいた騎士や兵士達がいっせいに膝を付いたのだとか。琥珀様は「気にしなくていいよ」とニコニコ笑っていたらしいけどね。ついでに、いつの間にか灰斗様はいなくなっていたそうだ。揺るぎない、安定のフリーダムっぷり!



 その場で琥珀様とは別れて、様々な事後処理をこなし、エル殿下達は帝都に戻ってきた。

 しかし、今朝になって突然琥珀様が現れて「お邪魔するね」と微笑まれたものだから、王城は右往左往の大騒ぎになったらしい。神と並ぶ精霊王の存在に、どうもてなせばいいものか悩みつつ、絶対に無礼があってはならないと皆走り回っていたそうだ。結局勝手に王城内を歩き回り、気に入った日当たりのいい庭園に落ち着いたので、お茶などを差し出していたのだとか。

 うん、皆様大変お疲れ様でした! 私だって、まあ短い期間だけどそれなりの付き合いはあるものの、未だにこの人の扱い方は分かんないもんな。腹黒ではない無自覚の毒舌家ってのは身をもって知ってるけど。




 そうして今現在、闇の精霊王の黒曜様まで現れたものだから、給仕を行ってくれている三人の侍女さん達は顔が真っ青だ。何か不興を買えば国どころか世界が終わる、とか考えているのかもしれない。

 それから、光の精霊王様がいるということで、今ここにはエル殿下達以外入れないようにしてあるらしい。いや良かったよ。もしもっと人がいたら、畏怖と敬仰のあまりパニックになってたかもしれないしね。


 庭園のテーブルに琥珀様とその正面に黒曜様、そして彼らから僅かに距離を置くようにして真ん中あたりに私とエル殿下が身を寄せ合って座っている。スケさんやカクさんはさすがに二人の精霊王様とは恐れ多くて同席出来ないと、少し離れた所に立っていた。

 あと、砂漠の国から連れて帰ってきた少年は、部屋を用意して寝かせようかと言ってくれたのだけど、目を覚ました時に知らない場所だったら怖いだろうと、近くの木陰に侍従さん達が運んできてくれた長椅子に寝かせている。

 一応私もエル殿下と同席してもいいものかと遠慮はしたんだけど、お前がいなければ精霊王様方と何を話していいのか分からないと座らされてしまった。私だってこの面子で盛り上がれるような話題なんて持ってないんですけど。


「カーヤはあの方々と知り合いなのか?」


 ニコニコと笑顔で庭園を眺めている琥珀様と、腕を組んで椅子の背もたれに背を預け目を閉じている黒曜様を、困ったように見ながらエル殿下がそう問いかけてきた。


「……そうですね。旅に出る前に住んでいた家の近くの森に、よく彼らが遊びに来ていたので」

「なら、カーヤの使う珍しい魔術はあの方達から学んだのか」


 なるほど、とエル殿下が頷く。しかし、魔術を彼らに習ったということには、素直に肯定することが出来ない。何故なら彼らはほとんどまったりしていたか、遊んでいただけで、私の魔術のもとは地球の知識だからだ。まあ彼らが遊んでいるのを見て、そんなこともできるんだ、と参考にしたことはあるけど。

 それから、この世界に関する様々な知識を教えてくれたのは、主に常識派の火の精霊王様と世界中を飛び回っている灰斗様だ。あとは他の精霊王様方の雑談とかからね。


 ふと、木陰で寝ている少年の方を見てみると、彼が横になっている寝椅子に闇の精霊くんが腰かけていた。そして、その木陰では闇の小精霊達が駆け回っており、日向にいる光の小精霊と顔を突き合わせて何か話していたり、光の小精霊がテーブルの上から持ってきたお菓子を分け合ったりしている。

 あ~、あの小精霊達の動きってちまちましててすごく癒されるのよねぇ。わきゃとかプキャとかって効果音が聞こえてきそう。


 小精霊達の方を見てほのぼのしていると、そんな小精霊達が見えたわけではないだろうに、エル殿下がぼそりと声を漏らした。


「光の精霊と闇の精霊は仲が悪いと言われていたんだが……」


 別に険悪な雰囲気をまき散らしているわけでもなく、同じテーブルに同席し、好き好きにお茶を飲んでいる黒曜様と琥珀様を見て不思議に思ったのだろう。


「別にお二人は仲が悪いってわけじゃないですよ。むしろ仲良しだと思います。黒曜様の厨二病時代の恥ずかしエピソードなんかを、つい琥珀様がぽろりと話しちゃったりして、それに真っ赤になった黒曜様とよくじゃれ合ったりしたり。あ、これは以前聞いた黒曜様の面白黒歴史なんですけど……」


「それ以上言ったら頭かち割るぞ」


 私が、何度思い出しても笑える黒曜様のエピソードをエル殿下に披露しようとしたとき、地を這うような低い声と、日差しまでも飲みこむ黒いオーラが黒曜様の方から漂ってきた。それに固まる私とエル殿下、すかさずスケさんの背中に隠れるカクさん、さらにとばっちりで真っ白な顔色で足をガクガクさせている侍女さん達。ご……ごめんなさい。


「まあまあ、君の過去なんて笑えるものばかりじゃないか。ほら、憶えてる? 君が突然麦わら帽子を被って、どこから持ってきたのか分からない小さな手漕ぎボートを海に浮かべて言ったあの言葉……」

「うるさい! 俺はもう帰る!」


 黒曜様を宥めるように朗らかに口を挿んだ琥珀様の言葉に、黒曜様は苦虫を噛み締めたような顔をして声を荒げた。離れた所で侍女さん達がビクリと肩を揺らす。が、どうぞご心配なく。あれ恥ずかしさでいっぱいになっているだけなんですよ。まったくもう、黒曜様ってば時々妙に子どもっぽくなる――ギロリ――私の心の声が聞こえているはずがないのに、に……睨まれました。


 琥珀様の言葉に椅子を倒すような勢いで立ち上がった黒曜様は、そのまま私達の方を見やって、ふっと踵を返すと近くにあった木陰に入りすうっと消えてしまった。

 そんな黒曜様を見送って、私は来たばかりなのにと首を傾げた。


「あれ? 黒曜様は何か用事があったんじゃないんですか?」

「ああ、彼もそこの闇の精霊と、その子の守護する子どもが気になったんじゃないかな。闇の精霊は力を使いすぎて消えかけていたし、闇属性の人間はごく稀にしか現れないしね」


 私の疑問に、にこりと微笑んだまま琥珀様がそう答えてくれる。そんなに気にしてたんなら、黒曜様が直接砂漠の国に行けばもっと早くことは済んでいたんじゃないかと、ささやかな問いを琥珀様にぶつけてみると。


「そこが精霊の厄介なところでね。明日行こうと思っていても、気が付くと数十年経ってたりするんだよ」


 ちっとも困ったふうもなく、軽やかに琥珀様が笑う。のんびりし過ぎだろう、精霊達。



「さて、じゃあ僕もそろそろ帰ろうかな」


 そう言いながらどこか気品漂う動作で立ち上がった琥珀様に、私も慌てて椅子から腰を上げ。


「あ、そうだ! 琥珀様、殿下達を助けて下さって、ありがとうございました!」


 遅くなってしまったけど、そう言ってぺこりと頭を下げる。隣でエル殿下も礼の姿勢を取ったのが視界の端に映った。


「構わないよ。カーヤもたまにはあの森へ戻っておいで。他の者達も会いたがっているだろう」


 そう目を細めて柔らかく笑い、琥珀様もすっと日の光に溶けるように消えていった。それを見送ってから周囲に目をやると、疲れ切ってへたり込んでいる侍女さん達が見えた。本当にお疲れ様でした……。



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