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華の降る丘で  作者: 行見 八雲
第4章
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16.そうして戻って来てみれば。



 こうなりゃ早速、とシューミナルケア帝国に向かおうとするが、その前に気になることが一つ。


「えと、彼はずっと時間を止められていたようだけど、ここから連れ出しても大丈夫?」


 ほらよくあるじゃない。時間が動き出した途端、これまで止まっていた間の時が一気に進行して、老人になったり、砂になって消えてしまったり、という話が……。


『彼の時間はもう動き出してる。彼の時間を止めたのは僕――精霊だから、時の経過がその子に一気に襲い掛かるってことはないよ。普通の子どもと同じ』


 映像を映していたスクリーンを消し、私の方を見上げた闇の精霊くんの言葉に、ほっと胸を撫で下ろす。



 少し離れた所で何かを話し合っていた隊長さんとジオリア君がこちらに近寄ってくる。どうやらこれからのことを話していたらしいが、ツァラトゥス王国の兵士さん達はもう一日くらいここに留まって、この王宮内や街中を探索してみるらしい。それから国に戻って、今回のことを報告……となるそうだが。


「おそらく我が国としては、実際にここに魔王がいて、それを王子が光属性を持つ者と力を合わせて聖剣で倒した、ということになると思います」


 がたいのいい隊長さんが眉を下げて、言い辛そうにそう付け加えた。そして、お嬢様の執事はその戦いの中で命を落としたことになるだろう、と。


 味方の中に魔人が入り込んでおり、それを誰も――光属性を持つ者ですらも気づかなかったというのは、国民に不安と疑心をもたらすことになりかねない。また、王宮が魔人のもたらした情報に振り回された事実を隠すために、隊長さん達がありのままを報告したとしても、そういうことにされるだろうと隊長さんは言った。実は、魔王がツァラトゥス王国を襲撃するために動き出した、という情報は執事がメタボ王に告げたものらしい。

 もしかしたら、私はそのツァラトゥス王国の発表を聞かないかもしれないのに、あえてここでそれを教えてくれた隊長さんの人の良さに、苦笑いが浮かんでしまう。隊長さんは私の腕の中の少年を見て、先ほどの映像でも思い出しているのか、痛ましそうに眉間に皺を寄せている。


 そのように発表されてしまえば、結局この砂漠の王国の王妹の息子である、闇属性持ちの少年が魔王になったという話は残ってしまう。これからは元の身分は隠して生きていくとしても、それではあまりにも少年が不憫でならなかった。隊長もそれが分かっているから、ツァラトゥス王国の発表のことを教えてくれたのだろう。

 ここで私がツァラトゥス王国に文句を言いに行くのは簡単だが、それではますますエル殿下達に迷惑をかけることになってしまう。ここはいったん大人しく引き下がっておき、別の手で少年の名誉を回復するために手を打つことにする。なあに、策はもう考えてある。ふふふふふふふ。

 にやり、と笑みを浮かべた私に、隊長が顔を青くして後ずさっていた。周りの兵士達の私を見る目が心なしか険しくなったのは、まさか実は魔人だと疑われたからじゃないよね。



 そして、ジオリア君やお嬢様のことはツァラトゥス王国軍の皆様に任せることにして、私は早々に少年を連れたままシューミナルケア帝国に戻ることにした。


 すっかり忘れていたけれど、ジョエル王子のことはジオリア君に頼んでおいた。もう人の恋路に構っている場合じゃない。今度シューミナルケアにいちゃもん付けてきたら、メタボ王の頭の上で竜巻起こしてやっからな、とツァラトゥス王国に向かうまでのしおらしさはすっかり消え去っている。まあ、今回の魔王退治の英雄ということで、ツァラトゥス王国内でのジオリア君の立場も上がるだろうし、何より魔人である執事に踊らされていたという事実は十分に脅しのネタにもなる。ひとまずメタボ王の出方を窺ってみようと思う。

 

 あ、それから、お嬢様のことも精いっぱいフォローはしておきましたよ。あの魔人は特に力が強くて狡猾で、魔人の特徴である眼も変えていたり気配も人と同じにしてあったりで、他の光属性持ちであってもその正体には気づけなかったであろうこと。私は、彼の言動がおかしかったので、不審に思ってストーカー張りに観察していたから正体を察することができたこと、など等お嬢様に非があるわけでは無いということを、しつこくしぶとく耳にタコができるくらい隊長さんや兵士さん達に説明しておいた。あの皆さんのうんざりした顔ときたら! いい仕事したぜ。

 くれぐれもメタボ王にも同様に説明してくれるよう頼んでおいた。


 どっこいしょと少年を抱っこしたまま、風の魔術で飛び上がる。闇の精霊くんは影があればどこにでも移動できるので、先にシューミナルケアに行っておく、と言われた。闇の魔術ってそんなこともできるの!? と気が付いたいつかの空の上だった。





「え!? どうして琥珀様がここに!!?」


 今回は無事に門から入ったシューミナルケア帝国のお城で私を出迎えたのは、日当たりのいい庭園で優雅に足を組みお茶を飲んでいる光の精霊王――琥珀様だった。砂漠とは違う柔らかな陽の光がキラキラと琥珀様の黄金の髪を煌めかせ、彼の周りでは喜びに溢れる光の小精霊達が舞い踊っている。


 少年を抱えのけ反るように大声を出した私の言葉を、琥珀様はにこりと微笑んでかわしてから、滑らかな動作で椅子から立ち上がる。そしてゆっくりと近づいて来て、私の腕の中で未だ眠ったままの少年を覗き込んだ。


「ああ、その子が闇の守護する子か」


 そのまま僅かに顔をずらし、いつの間にか私の隣に立っていた闇の精霊くんに目線を移す。


「今はずいぶんと消耗してるけど、かなり力のある精霊みたいだね。もっと月日を重ねて力を蓄えれば、次の闇の王になるんじゃないかな」


 ふふふ、と目を細めて笑う琥珀様に、私は目を輝かせた。


「え!? 闇の精霊王様が代替わりするんですか!? いつ、いつですか!? 今日ですか、明日ですか、来週ですか!!?」


「お前の生きてるうちには変わらねえよ」


 嬉々として琥珀様に問いかけていた私は、いきなり頭の上に乗せられた大きな手と、重低音に響く声にびくりと動きを止めた。


「いだだだだだだ! 黒曜様! 痛い痛い痛い!!」


 そのまま万力のように頭を締め付けてくる手に、お経を唱えられた孫悟空のようにもがき回る。人が半泣きになろうが泣き叫ぼうが、決して容赦などしない闇の精霊王――黒曜様によって、危うく脳味噌が飛び出そうになった。あの人(?)本気で脳味噌パーンできるからね! するからね!


 闇の精霊王様こと黒曜様は、真っ黒な短髪に漆黒の目で、眼力のある鋭い目つきの長身の美丈夫だ。んで常に無表情か怒り顔。今日のお召し物は、何が気に入ったのか全身真っ黒のビジュアル系。基本精霊王様方は布で作られた服を着ているのではなく、イメージを具現化させて身に纏っているので、よく面白がって私の頭の中にあるイメージを使う。なので、地球の馴染みの格好をしていたりするのだ。


 気づかぬうちに背後に立っていた闇の精霊王様に頭ギリギリされ、そんな様子を「無邪気だねぇ」と邪気のない笑顔でニコニコ見守っているだけの光の精霊王様もいつものことで、脱力するような安心するような、不思議な心持ちに私が襲われているとき、静かな人の足音が聞こえてきた。



「カーヤ! 帰って来たのか」


 そう言って柔らかく笑うエル殿下を筆頭に、カクさんスケさんがその後に続く。しかし彼らの顔には傷薬が貼られており、僅かに見える腕や手にも包帯が巻かれていた。


「ど、どうしたんですか、その傷!?」


 け……喧嘩!? いや、カクさんならまだしも、スケさんとエル殿下がそんな! と驚いて目を瞠っていると、エル殿下が困ったように笑う。そして、国境近くの村で起きたことを簡単に話してくれた。こちらに気を使ってか、魔物との戦いに関してはあまり深く触れないエル殿下に、本当はもっと大変な戦いだったのだろうと、腹の底が冷たくなる。だって、光の精霊王様が出てきたくらいなのだ。


 それと同時に、もし私が風の精霊達を変に混乱させず、エル殿下達をツァラトゥス王国に連れて行かなければ、帰りにそんな事態に遭遇することもなく、怪我を負うこともなかったんじゃないだろうか。そう思うと申し訳なさと後悔でいっぱいになった。ああ、心なしか頭が重い。何だろう地面が呼んでいる。土下座して謝れと叫んでいる。


「カーヤ、お前が気にすることは何もない。もし城にいたとしても、その報せを聞けば俺は真っ先にあそこへ向かっただろうからな。むしろ近くにいたおかげで、国民に大きな被害が出なくて済んだ。それに、光の精霊王様方が力を貸して下さって助かった。カーヤが頼んでくれたのだろう?」


 私がよほど地面に埋まりたそうな顔をしていたのだろう、いつの間にか俯いていた頭の上に、ぽんと手が置かれた。顔を上げられなくても、その優しい手つきにそれがエル殿下のものだと分かる。子どもを宥めるような落ち着いた声と物言いに、涙が浮かびそうになった。顔上げて別の人だったら、のけ反って驚くけどね!



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