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華の降る丘で  作者: 行見 八雲
第4章
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14.勇者誕生の瞬間!?



 残酷な表現がありますので、苦手な方はご注意ください。



 相手は諦める気なんてさらさら無さそうだし、ジオリア君は壁際で気を失っているし、お嬢様は未だ呆然と座り込んでいるしで手助けも期待できそうにない。やっぱり討伐隊も連れて来るべきだっただろうか。けど執事が躊躇いなく皆殺しにしそうだったし。

 このまま我慢比べが続くのか、こちらの精神力はガンガン削られておりますが! と頭を悩ませていた、そのとき。


「あああああ……ああああああああああああ!!」


 腕の中に抱え込んでいた少年が、ガタガタと体を震わせ始めた。それと同時に、今まで何の音も発さなかったその口から、濁音めいた喉を壊しそうな呻き声が響く。やがてその声は徐々に大きく叫び声となり、彼の尋常じゃないほどに強張った体と、草刈り機かと思うような揺れに、慌てて少年の体を強く抱き締め直す。


 しかし、少年の体の震えは一向に収まらず、やがて一度びくりと大きく体を波打たせたかと思うと、次の瞬間には彼の体から真っ黒な光が噴き出した。

 彼の体から飛び出した闇の魔力は、私の闇の結界をすり抜け天井へと向かったかと思うと、途端重力に従うように下へと方向を変え、剣を構えたままの執事の体へとぶち当たった。

 一瞬執事は聖剣でその闇を切り裂こうとしたが、闇の光の奔流はものすごい速さと質量をもって彼の胴体へとめり込んで行った。そう、例えるなら黒く大きなボクサーの拳が、蝶のように舞って蜂のように執事のボディーへとクリティカルヒットォォォ!!


 未だ震えの止まらない少年の背中を撫でることで何とか宥めようとしながらも、私はその光景にあんぐりと口を開けたまま目を奪われていた。闇の光に打ち付けられた執事は、耐えられないようにその手から聖剣を放り出して、轟音を立てて広間の壁へと吸い込まれて行く。壁は大きく崩れ瓦礫がゴトンゴトンと落ち、もうもうと砂煙が舞う。


 その間、声が擦れ、段々と勢いを弱めていた少年の悲鳴が収まったことに気付いて、彼の方に目を移すと、先ほどまではぼんやりとして何も映していなかった少年の目が、はっきりと焦点を結んでいた。そして、その大きな目からポロポロといく筋もの涙が零れ落ちていく。

 引き攣るようにしゃくりあげるその口からは、小さく何度も「……か……あ……さま……、かあ……さ、ま……」と呼び求める声が聞こえてきて。


 ああもう! このやろう! こんちくしょう! と内心で叫びながら、私は力の限り少年の小さな体を抱き締めた。この少年に何があったかは知らないけれど、子どもの母を呼ぶ声は万民の母性本能を引っ叩くのだ。

 とりあえずあの執事がすべて悪いことは分かった。こうなったら本腰を入れてボッコボコにしてやるしかあるまい。


 と殺意も新たに、瓦礫を押しのけながら立ち上がった人影の方を睨みつける。ゆらりと砂煙の向こうから現れた執事は、服が煤け、ふらりと足元もおぼつかないようだった。その顔にもひどい焦りが浮かんでいる。


 その妙に消耗した姿に、私は首を傾げた。仮にも魔人が、確かに強力だったがたった一度の攻撃を受けてあれほどのダメージを負うだろうか。魔人は総じて瘴気を身の内に取り込んでその身体能力も強化しているから、ちょっとやそっとの魔術や物理攻撃では傷を負ったりしないのに。

 そう考えて目を凝らすと、執事の体に凝り固まっていた瘴気が壊され、溶けるように消えて行っているのが分かった。瘴気を打ち砕いたのが先ほどの闇の光の攻撃だとして、ばらばらになった瘴気はどこに吸い込まれて……。

 次の瞬間に湧き上がった閃きに、私は思わず天井を見上げた。屋内なのでこの場からは確認できないが、まさかこの闇のドーム内すべてが……。


「おのれ……お前さえ……お前さえ産まれてこなければ……!」


 それでも殺意に満ちた目で少年を睨みつけながら、怨嗟のような声で執事が叫ぶ。そのままゆらりと思い通りにならない体を引きずるように近づいてくる執事に、私は庇うようにぎゅっと少年を抱き締めたまま、魔力を溜める。先ほど少年がしたように、執事の瘴気を打ち砕いてやるのが一番いい方法かもしれない。姿を見せない、カレのためにも。


 正直言うと、先ほどまではどのようにして魔人を倒せばいいか迷っていた。魔人の存在は知っていたけれど、人の形をした魔物を相手にするのはこれが初めてで、剣で切るにも、銃で撃つにも躊躇いが勝ってしまい、つい防御が主になって身動きが取れずにいたのだ。

 けど、少年の攻撃のおかげで奴をどう倒せばいいかも分かったし、奴への怒りゲージもMAXだ。事情はよく分からないが、私はいつでもいたいけな少年の味方である。


 じりじりと詰められていく距離に、覚悟を決めて私も魔力を練る。執事の目はすでに私を映しておらず、少年だけに執拗に向けられるその狂気に、背筋を冷たい風が撫でていくようだった。

 まずはと、闇の魔術で固めた砲弾を大砲で撃ち出すイメージで撃ち放つ。しかしその砲弾は執事に片手で弾かれた。ただその瞬間に、執事の瘴気がまた砕けたのが分かり、その瘴気は執事の体に戻る前にたちまちどこかへと消え去ってしまう。

 憎々しげに私に目を向ける執事に、ぐっと目に力を込めて睨み返し、次の攻撃を仕掛けようとした、その時だった。


「ぐっ!」


と執事が呻き声をあげて、上半身をのけ反らせ、そのまま両膝をついた。驚きに目を見開いた執事の胸の辺りから、白銀に輝く剣先が生えているかのように突き抜けている。

 はっと執事の背後に視線を合わせれば、そこには腹に手を当て肩で大きく息を吐きながらも、立って執事を見下ろしているジオリア君の姿が。


 わ、忘れていたわけじゃないよ周りを見る余裕がなかっただけで! と呆然とジオリア君を見ていると、ジオリア君は苦しそうに息を吐き出しつつも、くっと口の端を持ち上げ、どこか誇らしげに笑った。


「魔王を……倒すのは、この……僕だ……!」


 その姿に思わず目を引き付けられた。痛い子だと旅の道々思ってきたが、もしかしたらものすごい根性の持ち主かもしれない。そのズタボロの体で、あれほどの力の差を見せつけられ、全身から渦巻くような殺気を放つ執事に、背後からとはいえ攻撃ができるなんて!

 も~しかしてだけど~、この人ほんとに勇者なんかになっちゃったりするんじゃないの~?


 と、某お笑いコンビの曲が頭を過った時、聖剣に貫かれたままの執事が、広間全体を揺らすような叫び声をあげる。


 もし奴が万全の状態であったなら、あの程度の光の魔術しか付与されていない聖剣に、それほどの傷を負わされることは無かったかもしれない。しかし気づかぬうちに徐々に纏う瘴気を闇のドームに吸収され、自らの内部の瘴気も少年に砕かれ吸い取られたこの状況では、聖剣に対抗しうる力も残されていないようだった。

 私が想像する以上の瘴気を、闇のドームに吸われていたのかもしれない。


 聖剣が刺さった胸の辺りが徐々に黒く染まり、それが半紙に落ちた墨のようにじわりと全身に広がっていく。

 苦痛に歪んだ顔を、執事はそれでもなお少年に向け、手を伸ばしてくる。どこまでも憎悪や殺意に満ちた目に、私は執事を睨みつけたまま少年の顔を強く胸に押し付けた。そんな悪意に塗れた目を、少年に見てほしくはなかった。たとえその瞳の中にひとかけらの憧憬が混ざっていたとしても。


 やがて全身を黒く覆われた執事は、一瞬の空気の揺れがきっかけだったかのように、一気に真っ黒な粒となってその場に崩れ落ちた。まるで砂で作った山が崩れるように、刺さっていた剣も雪崩れ落ち、黒い粒まみれで床に横たわっている。


 それを最後まで見届けてから、ジオリア君は床へと尻餅をつくように座り込んだ。その表情はどこか晴れやかで力強く、レベルアップのファンファーレが聞こえてくるようだった。もしくは魔王を倒した後のエンドロールか。


 そんなジオリア君の姿に苦笑いを浮かべながら、私もようやく肩の力を抜いた。ずっと抱き締めたままだった少年を胸元から離し、顔を覗き込んでみれば、目を閉じていて、どうやら意識を失っているようだ。

 ヤバい! 力を込めすぎたか!? と焦って顔色や呼吸を確認すると、顔色は悪いものの呼吸は穏やかで、静かに眠っているだけなのが分かり、ほっと息を吐く。



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