6.誰か王様との対面のしかた教えて!
「そなたが、ナディアを助けたという魔術師殿か。」
静まり返った空間に、皇帝陛下の厳かな声が響く。
皇帝陛下の前には私一人。え?これどうすればいいの!?生まれつき一般庶民の私には、正式な礼の取り方なんかまっったく知らないんだけど!!
あわあわとパニックに陥りながらも、私は何とか皇帝陛下の問いかけに答えねばと、必死で言葉をひねり出していた。
「いえ、たまたまその場に居合わせましたので、少々お力添えをさせて頂いただけでございます。」
もおおおおおぉぉぉぉ!!礼とか言葉使いとか全然できてねぇ!!え、これ、不敬罪とかで捕まったりとかしない?処刑されたりとかしないよね!!?
「だが、そなたがいなければナディアの身も無事ではなかったと聞いた。ナディアの父として心から感謝する。何か礼がしたいのだが、希望はあるだろうか。」
おお!陛下は不敬罪をスルーして下さった!!
うわ~い!もう、お礼なんかいいから、今すぐこの場を立ち去りた~い!!
「お礼でしたら、ナディア様から十分に頂いておりますので、お気持ちだけ賜りたいと存じます。」
だからもう帰して。
気を抜けばふうと意識が遠退きそうになりながら、私は何とか答えを返した。ああ、もう、一国の王に対する言葉使いなんか知るかーーー!!!
「ふむ、確か、帝国図書館の特別閲覧許可だったか。だが、それだけでは我らの気が済まぬ。他に何か望むものはないか。」
「旅の資金や、女性なので宝石などいかがでしょう?」
陛下の言葉の後に、別の声が問いかけてきた。
目線を移せば、階段の下に、文官のような恰好をした40代くらいの神経質っぽいオジサマがいた。
「宝石――は、荷物になるのでちょっと………。お金も、皇女様から十分な報酬を頂きましたので、それ以上は不要ですから………」
とりあえず、神経質っぽいオジサマの方を見て答える。
いや、分かるのですよ!ここで借りを残しておきたくないってお気持ちは!
しかしですね!宝石は、装飾品に興味の薄い私にとっては荷物にしかならないし、皇帝陛下からもらった物となるとヘタに売れないし。
お金も、過剰にあると身を滅ぼすしね。それが、自分の状況に不相当な額ならなおさらね。
「いや、本当に、もう十分なんで………」
と困り果てる私に、苦笑いを浮かべる姫様を除いて、周囲の皆様は一様に驚いた顔をしてらっしゃる。
いやいや、そんなにがめつそうに見えますか私!
もしくは、お礼目当てに助けたと思われてんの!?それはかなり心外ですっ!!
と、ちょっと内心で腹を立てながらも、私は頭を悩ませていた。
う~ん…物じゃなくて、後腐れなくて、あんまり費用もかからない………。
頭をフルで動かしながら、ちらりと謁見の間を目線だけで見回す。
そういえば、この謁見の間って変わった造りなのよね。まるで―――。
そんなことを考えていると、私の頭に、はっ!と一つの案が閃いた。
「あ、でしたら、一般市民が立ち入ることの出来る範囲で構いませんので、このお城の中を見学させて頂けませんか?」
ぱっと顔を上げて、皇帝陛下に向かって訪ねてみる。
いや、このお城を馬車から見た時も驚いたけど、本当にすっっっごく大きいのよ!しかも、真っ白な石造りで、前にテレビで見た外国のお城みたいだった。
私は生まれてこの方海外に旅行なんて行ったことなかったから、外国のお城ってすごく興味がある。
私が見たことのあるお城っていえば、日本式のか、ディ○ニーランドのシン○レラ城くらいだし。
タトリさんの家にいた頃、近くの村で帝都に行ったことのある人の話を聞いたけど、このお城は、年に一回建国記念日の日に、一般市民に公開されるらしい。
今年の建国記念日はもう過ぎちゃってるけど、どうせなら観光してみたい!
そう思って口にしたんだけど、皇帝陛下やその周りの方達は、何やら考えている風だ。眉を顰めている人もいる。
あれ?これは、無茶なお願いだったっぽい??
「あ!無理なら良いです!」
私は、慌てて手を振った。
そうですよね、やっぱり突然お宅を訪問させてくださいって言われても困りますよね。
掃除とか片付とかしなくちゃいけないし。隠さなきゃならないものもあるだろうし。
「城を見学して、どうするつもりだ。」
まずいことを言ったかと、私が体を硬くしていると、皇帝陛下の隣から、張りのある若々しい声が聞こえた。
目線を映せば、金髪で背の高い、おそらく第一皇子だと思われる人が、じっと私を見ていた。
威風堂々とした王者の貫録だ。見た感じ20代前半くらいかしら。
「いえ、私は村を出て国中を旅しているのですが、遺跡や建造物などに非常に興味がありまして。このような立派な城を見たのも初めてですから、できれば見学してみたいなぁと……。」
最後の方は声が小さくなってしまった。
いやいや、駄目なら駄目で良いですから!そんなに睨まないでください!
モウ嫌ダ。オ家カエリタイ……。な心境になっていると、様子を見ていた皇帝陛下が一つ頷いた。
「ふむ、よかろう。誰かに案内させるゆえ、ゆるりと見て回られるがよい。」
「あ……ありがとうございます!」
おお~、これでもう、この話終わりだよね!退出していいよね!?
「今日はお疲れでしょうから、一晩ゆっくりと休まれて、明日見学なさると良いでしょう。」
最後に、階段下の神経質っぽいオジサマがそう締めくくり、私はようやく謁見の間を退出することを許された。
その後、通された客室は広かった。
しかし、私はゆっくりと部屋を見学する余裕もなく、続きの間になっている寝室のベッドへ倒れ込んだ。おお、柔らかい!
ああ、もう精神的にすっごく疲れた!!
もう二度と、王様と謁見なんかしたくない!
あ、でも、一庶民が王様に会うことなんて、今回みたいなハプニングがない限り一生無いか。
だったら、今回のことはラッキーだったと思っておくべきなのかしら。
でもなぁ、ただ疲れただけだしなぁ。ここの国民じゃないから、今一つありがたみが無いっつーかね……。
などとつらつらと考えているうちに、私はすっかり寝入ってしまっていたのでした。
体も洗ってないし、夕飯も食べ損なったけど、………まあ良いか。