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華の降る丘で  作者: 行見 八雲
第4章
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12.あ、違った、こっちだ。



 その時、ようやく私達のやり取りに気が付いたのか、男の子がゆっくりと顔を動かした。

 こちらを見た男の子を改めて見てみると、襟足で整えられた天使の輪が出来ているキラキラの淡い茶色の髪、僅かに黄色がかった白色の詰襟の服に、ベストのようなものを羽織っている。ターバンはしていないみたいだけど、健康的な小麦色の肌に、将来有望そうな可愛らしい顔立ちだ。


 けれど、思わず眉を寄せてしまったのは、その瞳があまりにも光を宿していなかったからだ。こちらを見ているはずなのに、その目は何も映していないかのように無感動だった。表情自体も全く動いてはいないけど、見た目の年齢に対して全てを諦めたようなその目にひどく違和感を感じさせられる。


 一体彼は――?


 と、その前に、今にも攻撃を仕掛けようとしているジオリア君の行動を押さえるように、彼の目の前に腕を突き出し、私は真っ直ぐに執事さんを見て口を開いた。


「魔王? おかしいですね。どう見ても彼はただの闇属性を有しているだけの少年ですよ。魔力は多いみたいですけどね」


 私の言葉に、執事さんは顔をこちらに向けて、睨みつけるように私を見てくる。そんな彼に、私はにやりと口角を上げ。


「魔王と言うなら、あなたの方が近いんじゃないですか? それほど瘴気を溜めこんで、魔人と化しているんですから」


 言い切った私に、執事さんは驚いたように目を見開き、途端に私を警戒するように顔を険しくした。


「分からないと思いました? 体の内で瘴気が渦巻いてますよ」


「魔人!?」


 私の話を聞いていたジオリア君が、信じられないというような顔で執事さんを見ている。

 そして、お嬢様も驚愕の表情で私と執事さんを交互に見て、恐る恐る執事さんに「違うわよね?」と声をかけていた。

 ふ、ふふふ、ふふふふふ、言っていいっすか? 空気読めてないですけど、あの言葉、私が言っちゃっていいっすか? 一緒にいたのに、執事さんが魔人だと気づかなかったなんて、お嬢様のお目々はお節穴でございますかっ!? やっふぅぅ! 言っちゃったぁああぁぁ!! あああ、言いたくってうずうずしてのよねぇええ!


 はっ、とはいえお嬢様のフォローのために言っておくと、通常誰が魔人かなんて気づくのは非常に難しい。私みたいに瘴気が見える特殊な目があるとか、魔の気配に敏いとか、高レベルの索敵系の魔術が使えて常に周囲に気を配っているとか、そんな人でなければそうそう分からない。

 あと、魔人の特徴として瞳孔の周りに輪があって瞳の色が赤いとかっていうのもあるけど、それなりに力のある魔人であれば瞳を人と同じように偽装するなんて簡単だから、やっぱり判断は難しいのだ。お嬢様、意地悪言ってごめんなさい!


 私は執事さんを初めて見た時に魔人だと気づいた。端麗で冷静な顔の奥に渦巻く腹黒さ、ではなく渦巻く瘴気が見えたからね。でも、彼が何故光の魔術師であるお嬢様に付き従っているのか分からなかったし、迂闊に正体をばらしてしまって、彼があのツァラトゥス王国の一室で暴れ出したら大変だと思ったのだ。メタボ王は置いとくとしても、エル殿下達がいたわけですし。

 なので、彼の正体に気付いていないふりをしつつ、討伐隊に加わってずっと彼の動向を窺っていたのだけど、どうやら彼の目的はあの男の子を殺すことだったみたい。全身から殺気が迸ってるし。あ、殺気の向かう先に私も含まれた。というか、ここに居る全員? まあ、もとから目的が果たせれば皆殺しにするつもりだったのかもしれないけどね。


 執事――もうさん付けは止めます!――が瘴気の塊で真っ黒な炎を作り出し、こちらに向かって放ってくる。人の身長を軽く超える高さの真っ黒な炎が、王宮の床を舐めるように走りながら私とジオリア君に迫る。

 そんな炎を、何かアニメで見たことある! と驚きながら、とっさに発動した“光の障壁”で私とジオリア君を覆った。黒い炎は光の障壁の周りを取り囲んだが、障壁に触れた部分からシュワっと消火されて消えていった。


 それと同時に、私は腰から銃を抜き、圧縮した風魔術を執事に向かって打ち放つ。自分の横に立ち尽くしていたお嬢様を切り捨てようと振り上げた執事の剣に魔術が当たり、剣が風に巻かれながら吹き飛ばされる。同時にその風の勢いによってお嬢様は床に尻餅をつき、剣を失った執事は忌々しそうに私を睨みつけた。


 動けば撃つとばかりに執事に向かって銃を構えたままの私と、本性を現した真っ赤な目でこちらを睨みつけてくる執事。お嬢様は未だ信じられないように床に座り込んだまま、茫然と執事を見上げていた。


 誰も動かない、じりじりとした緊迫の間が過ぎる。


「魔王、覚悟!!」


 その緊張を破ったのは私の後ろにいたはずのジオリア君だった。腰に差していた聖剣を抜き放ち、上段に構えたまま、まるで剣道の面打ちのような恰好で執事に切り掛かっていく。

 真っ直ぐに向かってくるジオリア君に執事はにやりと笑い、片手でジオリア君の手を払って聖剣の柄の部分を掴むと、もう一方の手で体勢を崩したジオリア君の腹の辺りを裏拳で打ち付け、そのまま腕を横に振りぬいた。


「っぐあっ!!」


 お腹に執事の拳がめり込み呻き声を上げたジオリア君は、執事の腕に払われた衝撃で壁の方へと背中から吹き飛んで行く。

 あのまま壁にぶつかれば命が危ないと私が術を発動しようとしたとき、突然ジオリア君の背後に先ほど見たのよりも大きな黒い盾が現れ、それが布のように大きくたわんで柔らかくジオリア君の体を受け止めた。


 その様子を忌々しげに見た執事は、手にした聖剣を二・三度振って確かめてから、未だ王座の近くにぼんやりと立ち尽くしたままの少年に向かって風のようなスピードで駆け出した。

 そんな執事の前に、彼の身長ほどの大きな漆黒の壁が現れる。それを執事が聖剣でいとも容易く切り破ると、切られた壁はすうと空気に溶けるように消えていき、また同じような黒い壁が、少年のもとに執事がたどり着くのを阻むように、何枚も何枚も現れる。

 しかし闇の魔術で出来たそれは、光の魔術を纏った聖剣ですっぱりと切り消され、執事の進む勢いを落とさせることはできたが、歩みを止めさせることまでは出来ない。

 横に体をずらしたとしてもすぐに現れる闇魔術の壁に、執事がイライラした様子で聖剣を振るう。その赤い目はギラギラと輝き、眉間に皺を寄せ歯をむき出しにしたその表情が、少年を害そうとする執事の執念を感じさせてひどく恐ろしく、私は急いで少年のもとへと走った。


 一枚、また一枚と闇の壁が取り払われていき、最後の一枚を切り捨てた執事が、ようやく目の前に現れた少年ににたりと歪んだ笑みを浮かべたかと思うと、頭上に剣を振り上げた。

 そんな執事の姿を、何の感情も浮かばない眼でゆっくりと見上げた少年の、ダークグリーンの瞳が映す。


 今まさに何の抵抗もせず頭から剣を受けようとしていた少年の体を、スレスレのところで二人の間に滑り込み、執事に背を向けた格好で抱え込むと、全力で闇のドーム状の結界を張った。


 光と闇の属性は互いに拮抗し、片方が片方に強いなどということはない。二つの属性の魔術がぶつかり合ったとき、その勝敗は魔力量の大きさや、素質の高さで決まる。

 私の魔力は決して執事には負けていないと思うから、この闇の結界がそうそう破られるとは思わない。けれど、ギンギンに血走って狂気に塗れた目に、もはや元の端整さも見当たらないほどに憎しみに歪んだ顔、そしてギリギリと耳障りな音をたてながら結界を破ろうとこすり付けられる刃。それらを背中に感じながら……恐ええよおおおぉぉぉ!! とつい半泣きになっていた。



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