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華の降る丘で  作者: 行見 八雲
第4章
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10.恐怖の魔王領。



「…………?」


 ふと呼ばれたような気がして後ろを振り返ってみたけど、そこには破られた跡などまったく残っていない、真っ黒な結界が広がっているだけだった。何だろうと首を傾げながら、首の後ろに手を置いてみる。


「カーヤ?」


 すると私より数歩前にいたジオリア君が、不思議そうな顔で振り返りこちらを見ていた。


「……いえ、何でも」


 そんなジオリア君に苦笑いを返して、私は顔を正面に戻す。

 私達が今いる場所は、ちょうど王都の中央を走る大通りの端だったようで、結界を潜った先には、入り口の横に長机や絨毯が敷かれ品物が置かれた、商店のような家々が両サイドに並ぶ、石で舗装された道の真ん中だった。その店や、店の裏通りに佇む家々は、粘土で作られたような薄茶色の壁に、入り口や窓のところは煉瓦や石が装飾されており、平らな屋根にくり抜いたような窓がぽつぽつと並んでいる。奥の家屋の間には紐がかけられ洗濯物などが干してあって、例えるなら、映画で見るような昔のエジプト辺りの街並みだろうか。ア○ジンと魔法のランプとかに出てきそうな。

 けど、それは奇妙な光景だった。だって、約七十年以上は経っているはずなのに、どの家々も道も置かれた植物も、全く老朽化や汚れを感じさせない。


 何より――――。


「……どういうことですの?」


 お嬢様が困惑と怯えの篭った声をあげる。私やジオリア君よりも、もう少し先にいた彼女は、執事さんの胸元にぎゅっと縋りつきながら目の前の光景を凝視している。うん、別にイラッとしてないよ。ホントだよ。お嬢様の背中にそえられた執事さんの腕を見て、お化け屋敷に来たカップルか! なんて僻んでなんかいないんだからねっ!


 そんな私の目の前を、これまたエジプト風の服にターバンを巻いた、一人の男性が通り過ぎる。こんなところで立ち尽くす私達に目を向けることもなく、傍の路地へと入って行った。

 そう、他にも、お店の前で呼び込みをする人、絨毯の上に品物を乗せて覘き込んだ客に説明をしている者、腕を組んで仲良く歩く男女、子どもの手を引く親子、笑いながら店から出てきた女の子達。大通りは多くの人で活気に満ち溢れていた。先ほどまで居た結界の外の砂漠とは、あまりにも落差のある光景。私達の想像とは全く違う、他の国の都市と変わらない人々の営みがそこには繰り広げられていた。魔王が治める国だというのに、魔物の姿などどこにもない。

 どういうことだ? と私とジオリア君、そしてお嬢様は目を見合わせた。執事さんは、訝しげに眉根を寄せて行き交う人の波を見ている。



 とにかく、まずは事情を聞いてみようと、意外と、でもないけど行動的なジオリア君が、近くのお店の軒先に絨毯を敷いて品物を広げている褐色の肌のおじさんに、絨毯の横の方から声をかけた。


「なあ、おっさん。ちょっと聞きたいことがあるんだけど!」


 王位継承権には手が届きそうにない第四王子とはいえ、一応王子様なのに、随分と砕けた様子で問いかけるジオリア君にちょっと驚いた。でも、何となく冒険とか求めて、日ごろから城とか抜け出してんだろうなぁと想像が出来て、呆れるやら微笑ましいやら。

 そんなフレンドリーなジオリア君の呼びかけにも関わらず、物売りのおじさんは全くの無反応で、正面の道行く人に声をかけている。横に立つジオリア君に、ちらりとも意識を向けていないようだ。おっさん呼ばわりが嫌だったのだろうか。

 そんなおじさんの姿に、むっと眦を上げるジオリア君。


「なあ! おっさん! 教えて欲しいことがあるんだ!」


 先ほどよりも大きな声を上げたジオリア君にも、おじさんは何の反応も示さなかった。それどころか、ジオリア君の傍を通り過ぎていく人達も、全く気にした様子もない。あまりにも無関心なその態度に、さすがに私達も違和感を覚える。


「なあなあ、おっさんって!!」


 こちらを見向きもしてくれないおじさんに、何とか意識を持ってこさせようと、ジオリア君がおじさんの肩に手を伸ばした。地面に敷かれた絨毯の横側から、おじさんの肩を掴もうと体を伸ばす。そんなジオリア君すら目に入っていないのか、にこやかに絨毯の前を通る人に商品の説明をしているおじさん。どうにも奇妙な感じに、ジオリア君の行動を止めさせようとした私の前で、不可思議なことが起きた。


「うわっ! っちょ!」


 おじさんの肩に触れようとしたジオリア君の手は、すかっとおじさんの体をすり抜けていき、ジオリア君は左手を上げたまま倒れ込んでしまったのだ。そこにあるはずだった支えが無かったために、思いっきり上半身から地面に突っ込み、したたかに顎を打ったようだ。顔を砂まみれにしながら、それでも状況がつかめない様子で瞬きを繰り返している。


 ひとまずジオリア君を手を引いて起こし、私も恐る恐る「あの……」と声をかけながら、おじさんの肩に手を置こうとし――そして、すっと通り過ぎた。現在私の手は、おじさんの胸の真ん中あたりに埋まっているわけだが、やっぱりおじさんには何の反応もない。やってる方としては、不気味さと妙な罪悪感が胸を過るのだけど。おじさんに触れた手も、ただ空気の中を通り抜けたように、何らの感触もなかった。

 う~ん、私がたまに見る幽霊とかもこんな感じだけど、でも他の人にも彼は見えているようだし。精霊は、そもそも簡単には触らせてくれないし、これほど無反応ってことはない。じゃあ、彼はいったい……?


 むむむ、と首を捻っていると、私とジオリア君の様子を見ていたお嬢様も、すぐ傍にいた通行人に声をかけ、何の反応も返ってこないことから、そっとその腕に触れようとして、案の定すり抜けてしまい、「ひッ!」と引きつったような悲鳴を上げていた。



 街の中央通を歩きながら、色んな人に声をかけたり体に触れようとしてみたりしたけれど、結局誰からの返事も反応も返ることはなく、私達四人は言い知れぬ気味の悪さを味わっていた。周囲には感情豊かな人々が溢れ、賑やかな喧騒に包まれているというのに、そこには生き物の温度が全く感じられない。

 これが魔王の仕業なのか、もしそうなら一体何を狙っているのか。結界の中に入れば、おどろおどろしい廃墟が広がり、続々と魔王配下の魔物達が襲ってくるだろうと想像していただけに、この状況には戸惑うばかりだ。


 うむむ、新たな精神攻撃か。確かに一人でこの街に入ったならば、どうしようもないぼっち感に心が折れたことだろう。


「どういうつもりだ、魔王! 隠れてないで姿を現せ!」

「あ、おい、何だあれ! 今まで見たことが無いぞ! 欲しい!」

「あはは! みんな面白い格好だな! 僕もしてみたいぞ!」


 何か一人で非常に楽しそうなジオリア君のおかげで、寂しさなんて全く感じないけどね! 砂漠の旅で何だかんだと暇をしていたのかもしれない。誰からの反応も返ってこないことを全く気にせず、ジオリア君はあっちを見たりこっちを見たりと大はしゃぎだ。ちょっと緊張感抜け過ぎ! 帰ってきて!

 お嬢様もお店に並べられた宝石が気になるご様子。でも隣の執事さんがピリピリしているせいで、ゆっくり見ることもできないでいるようだ。まあ、見ても手に取ったり買ったりは出来ないんですけどね。


 このまま街中を彷徨っていても仕方がないので、とりあえず大通りのずっと奥にそびえる、アラビア風のお城を目指してみることになった。もし魔王がいるならやはりそこだろうと。


 人混みに紛れて襲ってくる魔物がいないか警戒しつつ、私達四人は慎重に城へと歩みを進めて行ったのであった。あ、今イケメンをすり抜けちゃった! きゃっ!



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