5.またもうあんたって人は!!
エル殿下の表情は変わらないけど、スケさんやカクさんの緊張が増していて、私も内心でぎりぎりと歯軋りをしていた。
そんな中、コンコンとどこか気の抜けたノックがして、王の返事を受けてから、扉が開かれた。先に入室してきたのは、先ほどまで王の傍にいた文官のおじいさんで……って、あれ? いつの間に外へ出てたの? 全然気づかんかった。 さてはおじいさん隠密か!
そのおじいさんに続いて入ってきたのは、キラッキラした色の濃い目のウェーブのかかった金色の髪に、臙脂色の華美なドレスを着た、肉厚的なナイスバディのおねーさんと、その後ろに付き従うように立つ、鋼色の髪を後ろに流して眼鏡をかけ執事のような恰好をした、細身で長身の神経質そうな美形の男の人だった。というか、いかにもお嬢様と執事って感じで、ディナーの後に謎を解いたりしちゃいそうな二人だ。
「彼女は光属性を持っていてね、此度の魔王討伐のためにテミズ教国からお招きした、リザーリス・セトラ嬢だ。同じ光属性を持つ者同士、エリュレアール殿とも気が合うかもしれませんな」
なーんて、わっはっはと笑うメタボ王。金髪のお嬢様の方は、入ってきた途端エル殿下に目が釘付けだ。いや、分かる、分かります。エル殿下もめったにお目にかかれないほどの美形だもんね。しかも性格良くて、当然女性からも人気があって、皇太子だから地位もお金も将来性もあって……リア充ハッケーンリア充ハッケーン、直ちに爆撃を! おっと、思わぬ方向に殺意が。
「まあああ、シューミナルケア帝国のエリュレアール皇子様! お会いできて光栄です! エリュレアール様が共に魔王討伐に行って下さるなんて、とても心強いですわ!」
ソファに腰かけているエル殿下にずいずいと近寄り、その隣に腰かけてエル殿下の腕にそっと手を添えながら、そうはしゃいだ声をあげるお嬢様。
まだエル殿下は行くなんて言ってませんから! てか、お嬢様行動速いな。肉食系ですかそうですか。
何だか、エル殿下も一緒に行く羽目になりそうな流れに、私は慌てて「発言してもよろしいでしょうか」とメタボ王に問いかけた。そんな私の言葉にメタボ王が頷く。風の精霊の影響が強いこの国では、風の精霊と意思を交わせる私の立場は結構優遇されるものらしい。ふふふん。
ちらりと私の方を見たお嬢様を、私は僅かな時間だけどじっと意味深に見つめて、それからうんうんと頷いた。
「……なるほど、では仕方がありませんね」
エル殿下が魔王討伐に行くことを肯定するような私の発言に、カクさんはぎょっとし、スケさんとエル殿下は訝しげに眉根を寄せた。そして、同じように眉間に皺を寄せたお嬢様が。
「何ですの」
と、不愉快そうに切り返してきた。
「いえ、えりゅりぇあーりゅ…………、殿下ほどの魔力があれば魔王討伐などお一人でも余裕でしょうが、あなた程度の魔力なら誰かに付いて来てもらわないと、魔王の一人も倒せないだろうということに、納得しただけです」
人様の名前を噛んだことをさらりと星の彼方に流してしれっと答えた私に、お嬢様はかっと顔を赤くして、勢いよくソファから立ち上がった。
「あなたに何が分かるって言うのよ!?」
「私にも僅かですが光属性がありますからね。あなたの魔力も素質もある程度は分かりますよ。確かに、お一人では……ねえ」
私がやれやれとあからさまな溜息を吐くと、お嬢様はますます顔を般若のように歪め。
「何よ! 私にかかれば魔王討伐なんて簡単よ! ただ、そこの国王が勝手にお供を付けようとしてるだけでしょ!?」
「でも、国王様のその提案を受け入れている時点で、自分一人じゃあ不安だって言ってるようなものですよね。良いんじゃないですか。か弱いお嬢様ですもの。力が足りなくても仕方がありませんよ」
淡々と言葉を返す私に、お嬢様は怒りのあまりわなわなと震えだす。うん、見事なプライドの高さ。そして愛すべき単純さ。あなたを貶すような発言ばかりしててごめんね! でもこればっかりは譲れないのよ! ことが終わったらちゃんと謝りますんで! と、内心で頭を下げておく。
すると、お嬢様はキッと顔をメタボ王の方へ向け。
「エリュレアール殿下のお力など必要ありません! 魔王討伐など私一人で十分ですわ!」
そう、メタボ王に向かって言い放った。その彼女の剣幕に、メタボ王もソファに体を押し付けつつぎくしゃくと頷く。
「あ、私はご一緒させて頂きますね。あなたの実力をこの目で拝ませて頂きたいですし」
「好きにすればいいわ! 私に言った言葉の数々、絶対に後悔させてやりますわ!!」
ふんっと鼻息も荒くドレスの裾を翻すと、お嬢様は肩を揺らしながら執事を連れて部屋を出て行った。
信じられないほど順調に事が運んだことに、私はフードに覆われていない口元ににんやりとした笑みを浮かべた。傍から見たらこれ私が完全な悪役だろうな。はて、この先どのような罠を仕掛けてやろうか、ククク。みたいな。
ちらりとエル殿下達の方を見れば、全員が呆れたような表情でこちらを見ていたので、私はぐっと親指を上げ、サムズアップをしてみせた。口元の歯キラーンも忘れないぜ!
でも結局後でちょっと怒られた。あまり王の前で目立つまねはするな、目を付けられたらどうする、と。もともとエル殿下はあんなくだらない提案は受ける気もなかったんだって。
どうやらあのメタボ王は、強欲で狡賢いと他国にもよく知られているらしい。ついでに、何故かシューミナルケア帝国を目の敵にしているそうで、何かとちょっかいをかけて来るのだとか。スケさんが真顔で淡々と教えてくれました。
あの交渉の場で、お嬢様が退室した後、エル殿下はメタボ王に対し、この者――私ね――は、魔力も素質も申し分ない光属性の持ち主で、我が国と所縁の深い者だ。貴殿がリザーリス嬢だけでは心もとないと仰るならば、力を貸して差し上げてもよろしいが、此度の魔王討伐は我が国には何の関係もない。それに善意で手を貸そうというのだから、そちらもそれ相応の誠意を見せて頂きたい。と、穏やかながらに妙に迫力の篭った笑顔で確約させていた。ついでに、「あまり風の精霊様のお心を煩わせない方がよろしいのでは?」と追い打ちもかけていた。
「さすがに王子と侍女の娘との婚姻を承諾させるわけにはいかないが、こちらもできる限りの手は尽くした。これでどうにもならなくても、お前が気にする必要はない」
魔王討伐隊に加わる私と分かれて、シューミナルケア帝国に戻る際に、エル殿下はそう言いながら、隣に並んで歩く私の背をぽんぽんと叩いた。え? もしかして、自惚れでなければ、わざわざこの国にまで来てくれて、メタボ王の説得に力を貸してくれたのって、私が事態を悪化させたことを気にしてたからですか!?
あわわわわわ、どどどどど、どうしよう、どうしよう! ここに、包容力溢れるイケメンがいますよ!! 包み込むようなオーラに目が開けてられませんよ! こういう場合はあれかな、私はドキッ → ポッとならなければならないのかな? ナデポでもニコポでもなく、ポンポなのかなっ!? しかし、恐ろしい、恐ろしいよエル殿下! ハティ様のせいですっかり影が薄くなったと思っていたら、思わぬところでヒーロー爆弾を投下してくるとはっ! まさに不意打ち、ときめきが爆発で心臓が止まりそうになったよ! ぐおおお、だがまだだ、まだこれしきではやられんよ! こうなったら、見るがいい、我が最終形態!
頭がときめきと恥ずかしさを処理しきれず、しばらくフリーズしてしまったため、私はぽかんと間抜けな顔でエル殿下を見上げていた。そんな私に、「いいか、無理だけはするな」と急に真剣な顔をしたエル殿下は、立ち止まってしまった私を促すように、またポンと背中を軽く叩くという暴挙に出た。
ああ、もう、何か恥ずかしい! 恥ずかしいよこの状況! 歩くエル殿下と私の周りを囲んでいる、スケさんやカクさんや他の騎士さん達も、特に気にした風もなくしれっとした顔で歩いてるし!
ついに耐え切れなくなった私は、「じゃ、じゃあ、行ってきま~す!」と手を上げて、魔王討伐隊の集まる場所へと駆けだしたのでした。
エル殿下が一緒にいると、主人公は恥ずかしさで悶えてばかりですね(;^_^)a