2.やってしまったみたいです。
二人の女の子は一通り部屋中を飛び回った後、そろって私の目線の位置でふわりと止まり。
≪あら、カーヤこんにちは~≫
≪こんにちは~≫
と、楽しそうにきゃらきゃらと笑いながら声をかけてきた。
「こんにちは」
そんな彼女たちに、私も若干苦笑いをしながらも挨拶を返す。
「カーヤ、そちらは……」
驚きながらも何とか絞り出した、というふうなハティ様の声に、私は思わずドヤ顔になりながら、「風の精霊さん達です」と答えた。
「私がジョエル王子の話を聞いたのは、彼女達からなのです」
指を揃えて掌を上にし、こちらでございまーす、というふうに風の精霊達を紹介する。
「精霊達から?」
どうやって? とエル殿下は不思議そうな表情を浮かべた。
まあ、この世界では精霊を見える人は少なく、その声が聴ける人はさらに少ないので、エル殿下の反応も分からないではない。加えて、精霊達は自然の中で自由気ままに存在していると思われているので、人の世の事象に関して知っているということが信じられないのだろう。実はけっこう人に興味を持って、観察してたりちょっかいかけたりする精霊もいて、特に風の精霊は好奇心旺盛で噂好きだ。意外と貴重な情報を持ってたりもするのよね。
「ねーねー、風の精霊さん達。この間話してたツァラトゥス王国のジョエル王子が駆け落ちしたって話、本当?」
私は直接風の精霊に話しかけてみる。この精霊が前に私の部屋で話していた精霊と同じ精霊かは分からないけど、風の精霊は基本全員が同じ情報を共有しているから、誰に聞いても同じ答えが返ってくるはずだ。
≪ジョエル王子?≫
≪あ、あの子よ。風の国の王の、オレンジ色の髪の子ども!≫
一人の子がきょとんと首を傾げれば、もう一人の子が言い聞かせるように彼女に話す。
あ、ちなみに風の国とはツァラトゥス王国のことです。あの国はその地理的状況上年間通して風が強く、風の精霊も多いので、精霊の間では‘風の国’と呼ばれているみたい。残念なことに、ナウ○カはいません。ついでに言っておくと、シューミナルケア帝国は‘緑と水の国’らしい。国内の大部分が肥沃な大地と豊富な水で覆われているからだとか。良い国だよねぇ。
それで、風の精霊が“オレンジ色の髪の王子”と言ったとき、私はエル殿下とハティ様の方を見て、その特徴がジョエル王子と一致しているか確認した。だって、聞いてみたら実は人違いでした、じゃあ後々エル殿下に迷惑がかかるだろうし。そんな私の視線に気づいて、ハティ様が書類の中から一枚の姿絵を差し出してきた。オレンジ色の髪の青年が正面から描かれたそれは、どうやらジョエル王子の似顔絵らしい。一応王子が国内にいないかどうか、捜索は行う予定で用意していたそうだ。
その姿絵を受け取って、二人の風の精霊に見せると、二人はそうそう! という感じで頷いた。
≪ああ! あの子ね≫
≪幼い頃からずっと傍にいた女の子が好きだったんだけど、貴族の娘との結婚が決まっちゃったのよね≫
≪だから、二人で夜中にお城から逃げ出したのよ≫
二人で顔を突き合わせながら、井戸端会議にいそしむ奥様のように風の精霊達はぽんぽんと会話を交わしている。それを、ハティ様とエル殿下は少しも聞き漏らすまいと、黙ってじっと聞き入っていた。
「えと、それでその二人が今どこにいるか、分かる?」
会話の切れ目を見計らって問いかければ、精霊達がきょとんとした顔で私の方を振り返り。
≪分かるわ! だって、王の子が気になって産まれた時からずっと見守っている風の子がいるもの≫
≪二人が逃げるのを見てたのもその子だし、今もきっと王の子といるわ≫
「じゃあ、是非二人の居場所を教えて欲しいんだけど……」
何となくおずおずとお願いしてみる。風の精霊達は情報を風に乗せて運ぶから、この場にいてもすぐにその王子の傍にいる子から話が聞けるはずだ。
≪ええっとね~≫
≪あっ! 駄目よ!≫
一人の子が顎に人差し指を当てたポーズで答えようとしてくれた時、もう一人の子が慌ててその先を止めた。
≪二人が見つかれば、ロメロウとジュリエッティみたいになっちゃうわ!≫
≪そうだ! 二人が死んじゃう! 絶対ダメ~!≫
二人の精霊は途端にワタワタと慌て始め、両手をバタバタと振りながら泳いでいるような恰好で窓の方へと飛んでいくと、開いたままだった窓から外へと飛び出して行ってしまった。
その展開の速さに、私達はぽかんと窓の方を見ていることしかできなかった。
「……ロメロウとジュリエッティ?」
やがて、“可視化”の魔術が消え、また昼間の明るさを取り戻した室内に、ぽつりとエル殿下の声が響く。
あれ~? 何だろうその名前? 妙に心当たりがあるというか……。
私は先ほどまでの精霊達の話を聞きながら、前に精霊達が噂していた時の状況を思い出していた。そして、その噂話に加わって、自分が精霊達にしたお話も。
「あ~、それはたぶん……」
ひとまず政務を中断させたエル殿下とハティ様と一緒に、いったん応接セットに腰を落ち着け、侍女さんが淹れてくれたお茶を前に、私は精霊達に話したお話を掻い摘んで話すことにした。しっかし、話したときにはきちんと名前を言ったはずなのに、どうして微妙に二人の名前が変わっているのか。これが精霊から精霊への伝言ゲームの弊害かしら?
ガタンッ!
「……っ、失礼します」
話も終盤に差し掛かり、やがてジュリエッティがロメロウの短剣で自害をするシーンを話し終えたとき、いきなり横から大きな音が聞こえた。驚いてそちらを見れば、椅子を蹴倒して立ち上がったハティ様が、いつの間にか手にしていたハンカチで顔を覆い、慌てて部屋を飛び出して行く。駆け去る際に辛うじて告げた言葉は、冷静さを必死に保とうとしていたが、明らかに涙声で……。
ハティ様って、クーデレといい、鬼畜さといい、実は友達想いなところといい、色んなキャラの引出しを持っていると思っていたら、ここへ来て実は涙もろいという熱い一面も持ち出してくるとは……ハティ、恐ろしい子! エル殿下もハティ様を見習って意外な一面も見せつけないと、どんどんキャラが薄くなっていっちゃいますよ! もはや空気、みたいな扱いになっちゃいますよ!
と、思わずエル殿下に憐みの視線を向けてしまった。ちなみに、今の話を聞いてもエル殿下は「しょせんは作り話だろう」とケロッとしている。くうっ! このロマンが理解できんとは! 貴様それでもヒーローの代表格、王子様か! 顔を洗って出直してこい!!
しばらくエル殿下にロマンとは何かを語り続け、やがてショートパンツとニーハイの間の絶対領域の話に差し掛かった頃、平静を取り戻したらしいハティ様が戻ってきた。どこかさっぱりとしていて、顔を洗ってきたらしい。いつも通りの氷のような無表情だが、目が若干赤かった。
つい顔がによによと崩れそうになるが、後が怖いので視線を明後日にやりながら必死に、私は何にも見てませーんという態を保つ。ちらりとエル殿下を見れば、エル殿下も同じような顔をしていた。
「……さて、先ほどの精霊達とカーヤの話を総合すると、精霊達は二人が誰かに見つかれば、離されないように自害してしまうと考えているということか」
ハティ様から視線を逸らしたまま、エル殿下がそう話を戻す。
いや、でもロメロウとジュリエッティは別に駆け落ちをしたわけでは無く――しようとはしていたが――、今回のジョエル王子とは状況が違う。風の精霊達に物語を話す時も、今回の話とは関係ないけどね~と前置きはしたのだが。やっぱり、伝言ゲームのどこかで入れ替わったり話が変わったりしてしまったのだろうか。
しかし、私のした話で、風の精霊達は二人が追手に見つかれば自害すると思っている → それを防ぐために二人の居場所を教えない → 王子が見つからず、シューミナルケア帝国にも迷惑が → ……私のせい?? な、何かすみません!