1.独り言ってつい出ちゃうよね。
皆さん、こんにちわ。今回はわたくし、シューミナルケアのお城の皇太子エリュレアール殿下の執務室にお邪魔致しております。
ハティ様が私のために(驚愕)!! 集めて下さった魔術に関する本のうち、やっぱり危険すぎたり、老朽化が進んでたりする本は、持ち出し厳禁ということで、エル殿下の執務室で読まないといけないわけです。
それで、最初はエル殿下の執務が終わった後とか、機密性の高い執務が終わって、後は他人に聞かれても問題ない執務をしているときにお邪魔していたのですが、最近のエル殿下とハティ様は私がいても普通に執務の話し合いをしてたりします。それはえっと、私が話を決して外に漏らさないと信用されているのか……はたまた、私の存在忘れてます? もはや調度品の一つぐらいにしか思ってないんじゃないでしょうね!? 一度、気を使って出て行こうとしたときの、二人のあれ? 居たの? って反応にはしこたま傷ついた! ちゃんと最初に、ここで本読みますね~って声かけてるのに!! はっ! まさか私の隠密スキルがついに発現を……って、ただ単に影が薄いだけなのか。
まあ、それ以来意識的に話は聞かないようにしながら、気にせず本は読み続けるようにしてます。ケッ、ここで話す二人が悪いのよ! エル殿下の執務室だけどねっ!
「殿下、またツァラトゥス王国からの書簡が届いております」
ふんふ~ん、何やらハティ様のお声がするわ~。しかし、もう他の部署は仕事を終えている時間だってのに、エル殿下もハティ様も大変だなぁ。ああ、この本の空間移転の方法と理論だと、この世界の一点から一点にしか移動できないみたい。
そういえば、以前灰斗様に頂いたお芋は、一部を試食としてエル殿下達にふるまった後、残りは城の広大な敷地の片隅でも借りて植えようと、ハティ様に交渉しに行ったのです。そこでハティ様に交換条件として城の、また瘴気などが溜まっている部分が無いか見回りをお願いされたのですが、こっれがもうマジで怖かった!
この城ってかなり歴史が古く、しかも侵入者防止のためか、後から増築でも重ねてきたのか、えらい複雑で入り組んだ造りになっているのだ。そんな中、当然位置的に気の溜まりやすい所もあるし、誰かが隠れて泣いたり文句を吐き出したりしているのであろう場所や、おそらく気に入らない相手を呼び出して、イビリ? イジメ? みたいなのをやってそうな場所なんかは、そこまで濃くは無いけど瘴気が溜まってたりした。そんな所を恐る恐る覗いてみては瘴気を祓ったり、明らかにこの世のものではない嫌な気配が出ている地下への隠し通路なんかは見ないように素通りしたりして、一通り城の中を見て回ったわけです。にしてもホントに一人で回るんじゃなかった。カクさんが訓練中じゃなかったら、絶対に連れて行ったのに。
んで、疲労困憊、恐怖で全身ガクガクになりながらハティ様に報告に行ったところ、今後瘴気が溜まらないように対処をして来てください、と言われた。も、もう一回この広くて趣があり過ぎて所々薄暗く、時に歴史上の人物と出くわしちゃう城を回ってこないといけないんですか!? うわあああぁぁあん!! ハティ様の鬼! 鬼畜! 最近すっかりデレが枯渇して、もはやクール&ドライ、安定の糖分ゼロ! になってますからああぁぁ!! と泣き叫びながら走り去るはめになってしまった。
いや、最終的にはちゃんと畑ももらって、芋も植えましたよ。念のため。
「――ジョエル王子の件か」
「はい、捜索隊を我が国に入れさせるように、と」
いや~、それにつけても今日は熱かったなぁ。シューミナルケア帝国にもはっきりとした四季があるみたいで、今はちょうど日本で言う夏にあたるのだ。私なんかは、いつも羽織っているポンチョの下を密かにタンクトップみたいなのにして暑さを凌いでるんだけど、お城の騎士さん達とか侍女さん達はきっちり長袖の制服を着ている。やっぱプロだね。でも、夏になってちょっと露出が増すのが、思わぬセクシーさを醸し出して心湧きたつのに。みんなもっと開放的になっちゃいなYO!
「捜索隊と言ってはいるが、あれは国軍の兵士達だろう。しかも大隊一つ分の人数だ。許可できるわけがない。国民を混乱させるだけだ」
「しかし、要求を断り続けていることから、向こうは我が国が王子を攫ってどこかに閉じ込めているのではないかと、申してきておりますが」
「くだらない言いがかりだ」
むむ、この異世界について書かれた本は、完全に空想だな。世界観が纏まり過ぎてるし。あー、ツァラトゥス王国のジョエル王子か。第一王子で王位継承権第一位なんだっけ。そういえばつい最近その人の話を聞いたなぁ。えーっと、何だっけ、確か……。
「ああ! 幼馴染の侍女の子と駆け落ちしたんですよね!」
「ほう、誰が?」
「いや、だから、そのジョエル王子が…………」
って、あれ? 私今声に出してた? お決まりの?
見ていた本から頭を上げ、ゆっくりと顔を巡らせて、エル殿下とハティ様の方へ向けてみる。と、お二人ともが揃ってじっとこちらを見ていた。あ、お仕事の邪魔しちゃってすみません。とりあえず、誤魔化すようにヘラりと笑って軽く頭を下げた。
あはは、やっぱり一人暮らしならぬ一人旅続けてると、つい独り言が増えるよね。人前では気を付けないと!
「……カーヤ、その話をどこから聞いた?」
妙に真剣な顔で、エル殿下がそう問いかけてくる。どこで聞いたかって……確か、数日前に私がお借りしている客室で、持ち出し可の本を読んでいた時……。
「傍で誰かが噂をしていて……」
んん? と思い出すように首を傾げていると。
「ジョエル王子が何らかの事件や事故に巻き込まれたわけでは無く、自ら城を出たというのは我が国の間諜がようやく手に入れてきた情報です。ましてやその理由が駆け落ちであるとは……あなたの近くには随分と大きな耳を持った者がいるのですね」
ハティ様が、良いからきっちり説明せんか、コラァ! という圧力の篭った、麗しい笑みを浮かべておられます。あわわわわ、ちょ、ちょっと待って下さいね! あの時私もきゃらきゃら騒ぐ声を微笑ましく思いながらも、本読んでたんで聞き流していて――。
「――ああ!」
閃いた! というふうに思わず大きな声を上げてしまい、エル殿下とハティ様の眉間に訝しげな皺が寄る。
う~ん、でもなぁ、どう説明したものか。としばらく考えていると、徐々に二人の眉間の皺が増えていく。やだな、美形二人がそんな顔しても、迫力が増すだけだぞ! 特にハティ様なんか、苛立っておられるのか、やけにゆっくりとした動作で眼鏡を押し上げておられる。ふふ、私だってこの長くて短いような付き合いの中で身に染みて分かってますよ。これ以上ハティ様をお待たせすれば、何らかの物が飛んでくることぐらい。今日は、おそらく今そっと手を伸ばされた、エル殿下の執務机の上の書類が飛ばないようにするための重石の置物ですね。
「っちょ、ちょっとお待ちを!!」
危うくハティ様が置物を振りかぶろうとしたところで、私は手にしていた本を近くの机に置き、慌ててエル殿下の執務机の横の方にある窓へと近づいた。
「少し窓を開けさせてもらいますね。あと、この部屋に“可視化”の魔法陣敷きますよ」
一応許可を取ろうと、エル殿下の方を向けば、エル殿下は訳が分からないといった表情のまま。
「それは構わないが、何をするつもりだ。先ほどの説明は……」
エル殿下の言いたいことは分かったけれど、口で説明するよりは実際に見てもらった方が早いと思い、私は鍵を開け窓を外側へと押し開いた。私の背よりもはるかに大きい窓の外には、ヨ~ロピア~ンな白いテラスが半円形にせり出しており、密閉されていた室内に、ふわりと爽やかな風が吹き込んでくる。
それと同時に、私が発動した“可視化”の魔術により、室内がぼんやりと薄暗くなった。部屋の床いっぱいに広がった魔法陣が、淡く発光し、室内は夕暮れ時のような雰囲気だ。
間を置かず、窓から吹き込んできた風がくるくると小さくて緩い竜巻を作ったかと思うと、そこに小さな女の子の姿が現れる。えと、大きさは大体三百五十ミリリットルのビール缶くらいで、ふわふわとした少し水色がかった淡い灰色の髪に、白いワンピースを纏って、自由に室内を飛び回っている。気が付けば女の子は二人いて、姿は同じだが一人は髪をそのまま流し、もう一人は後ろで二つに括っていた。