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華の降る丘で  作者: 行見 八雲
第3章
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11.彼女という人。――ハティッド視点



 思うように行きなさい。差し伸べられる手は、いつでも用意されているのですから。



 ラディスリール殿下の誘拐事件があって後、殿下は周りの者が驚くほどに変わられた。

 以前は常にピリピリとした雰囲気を漂わせ、誰に対しても頑なな態度で、何かを思い悩まれている様子だったのが、戻られてからはどこかすっきりとしたような顔つきで、表情も豊かになり様々なことに積極的に行動されるようになりました。


 何より変わられたのは、ご自分の立場への考え方でしょう。

 ラディスリール殿下は、属性こそ火と風の二つの属性をお持ちですが、魔力自体はあまり多くなく、エリュレアール殿下との皇太子位争いでは、そこが問題とされていました。

 しかし、この度ラディスリール殿下の契約された、人の目でも視認できる青い鳥の姿の精霊の力があれば、その短所も十分に補うことができます。

 実際に、ラディスリール殿下が精霊の力を示すということで、皇帝陛下やエリュレアール殿下、ナディア皇女殿下、他の魔術師や貴族達の揃った訓練場で、土属性の魔術で作られた巨大な石人形を、土とは相性が悪いはずの風と火の魔術を纏わせた鳥が数打で粉砕、炎上させる姿は、見る者達にかなりの衝撃を与えました。


 もともと、人が視認できるほどの力を持つ精霊自体珍しく、しかもそのような高位の精霊が人と契約するなど、めったにあり得ることではありません。現に世界をみても、視認できる精霊と契約を結んでいる者は、現在確認されているだけでも二人しかいないのです。

 そんな中、多少自己陶酔が強いようですが、力のある精霊とラディスリール殿下が契約を結んだということは、ラディスリール殿下を皇太子にと望む者達を、一気に勢いづかせることになるでしょう。すでにエリュレアール殿下が皇太子に任じられ、立太子式も行われていますが、彼らはまだラディスリール殿下の立太子を諦めてはいないのです。


 しかし、鳥の精霊の力を示したのち、皇帝陛下のおられる訓練場で、ラディスリール殿下は皇帝陛下に向かい高らかに宣言されました。いわく、自らの力は皇帝陛下と、現皇太子殿下であるエリュレアール殿下の治世のために使う所存である、と。

 それはつまり、自らは皇位継承権を行使するつもりは無く、皇太子になるつもりもないことを、皇族方や貴族達の前ではっきりと示したことになります。

 いくら周囲のものがラディスリール殿下を皇太子にと望んだところで、本人がそれを拒否すれば、叶いようがありません。


 また、エリュレアール殿下も、光の属性を持っていることが明らかになり、その魔力も資質も始祖王に並ぶと言われていますので、もはやエリュレアール殿下の皇太子、しいては皇帝への適性を疑う者はいないでしょう。

 これにより、エリュレアール殿下の立場は確実のものとなり、またラディスリール殿下の立ち位置も明確になりました。今後はよほどのことが無い限り、後継者争いは起きないでしょう。後継者争いは、国を分けての内乱にもつながりかねませんので、そういった心配も無くなったと言えます。



 さらに、ラディスリール殿下に良い変化がみられるようになりました。


 ラディスリール殿下が思春期を過ぎた辺りから、エリュレアール殿下に対してそっけない、どこか壁を挿んだような態度しかとらなくなりました。恐らくはラディスリール殿下を皇太子に望む者や、逆にエリュレアール殿下を推す者達などに、直接的ではないにしろ何らかのことを言われていたのかもしれません。

 もちろん、皇帝陛下や傍に控える者達などが、悪意を持つ者をラディスリール殿下に近づけないよう配慮してはいました。しかし、全てを取り除くことは難しく、また城のそこここで交わされる噂話などで耳に入ることもあります。

 そのような事情や思惑を知り、色々と考えることがあったのでしょう。兄弟の距離は徐々に広がっていき、会話も数えるほどしかしなくなり、終いには他人行儀な態度しかとらないようになりました。これには、エリュレアール殿下もひどく寂しがっておられましたが。


 しかし、誘拐事件の後から、ラディスリール殿下は、未だぎこちないながらもエリュレアール殿下とよく話すようになりました。学院が休みの日は城に戻り、何らかの手助けができないかと、エリュレアール殿下に付いて回ったり、共に剣の稽古をするなど、兄に対する親愛と尊敬の態度を隠さなくなりました。

 たまに話しながら笑顔を交わす様子などは、立場に縛られていなかった幼い頃に戻られたようで、これには、兄弟の疎遠さに心を痛めていた皇帝陛下もナディア皇女殿下も、非常にお喜びのご様子でした。



 ラディスリール殿下にどのような心境の変化があったのか、誰も直接聞くことはできないでいます。

 また、誘拐事件の時共にいたカーヤに尋ねてみたところ、「大人の階段を上ったってことですよ! おっと、これ以上はラデ殿下の名誉のために言えません!」と、ぐっと親指を立てた拳を顔の横に置いて、片目を瞑った満面の笑顔で言われました。

 何故だかイラッときたので、彼女の要望を叶える替りに、城の探索をお願いしました。

 後で彼女が涙目になりながら、「ううう……またなんか出るかと思った……! てか、あそこ瘴気が溜まってますよ! 変なスポットが出来あがっちゃってますよ!」と訴えてきましたので、改善対策も任せておきました。彼女が何かを叫びながら走り去って行きましたが……さて。



 そのカーヤから聞いた、ラディスリール殿下の迷いやすい体質――カーヤによると方向音痴というそうですが――には驚かされました。皇族の方々も驚いていましたので、誰も気づいていなかったようです。

 ラディスリール殿下が城にいた頃は、常に傍に侍女なり警護の騎士なりが付いていましたので、迷うことは無かったのでしょう。たまに一人で行動し、迷子になっていたとしても、城は広く複雑な造りで大人でもたまに迷う者がいるほどですから、よくあることだと受け取られていたのだと思われます。


 実は、ラディスリール殿下が城を出られ、学院の寮に入られてから、何度か寮から、ラディスリール殿下が出かけたまま遅くまで戻られない、という知らせが届いていたようです。また、帝都内をよく歩き回っているという報告もありました。

 そこで、皇帝陛下や側近の方達の間で、ラディスリール殿下が何か事件に巻き込まれているのではないか、もしくは周囲や自らの立場への反発から、危ない店やよからぬ者達と関係を持っているのでは、といった心配がなされていました。過激なものでは、反エリュレアール殿下派の者と連れ立って、何かを企んでいるのではないか、という者もいたと聞きます。

 そう遠くない未来に、ラディスリール殿下は城に呼び出され、事情を聞かれることになっていたでしょう。


 それがよもや、帝都を迷っていただけだったとは、皇帝陛下も側近の方々も、安堵するとともに気が抜ける思いだったでしょう。

 早急に迷わないように対策をとらねばと言われておりましたが、これもラディスリール殿下と契約をした鳥の精霊が、殿下が迷わないよう道案内をしてくれるということで、落ち着きました。




 カーヤ・ナツキ。彼女は非常に不思議な存在です。


 最初ナディア様を助けたと聞いたときは、その都合のよさに、誰もが不審感を抱きました。皇女に取り入って、何かを企んでいるのではないかと。

 しかし、そんな疑いはしばらくしないうちに跡形もなく消え去りました。何故なら、彼女があまりにも自然体だったからです。考えていることは全て顔に出るようで、顔と行動を見ていれば、その胸の内は容易に分かります。時に臆病で好奇心が強く、たまに突拍子もない行動をとりますが、誰に対しても丁寧な態度で接する。

 立場上人を見る目があると自負している私ですが、彼女が何かを企んでいる様子は一切感じませんでした。

 彼女の出自は不明のままですが、彼女自身信用に足る人物であると考えていますので、そこまで問い詰めるつもりはありません。


 ただ、これまでの彼女の言動で、彼女がどこかへ行きたがっており、その方法を探しているということは察せられます。それはきっと、この世界のどこかではないか、または強い結界が張られているような場所なのでしょう。

 彼女の風魔術による飛行をもってしてもたどり着けない場所、空間を渡らなければ行けないような場所。


 以前、古い研究者が残した、架空の世界に関する書物をカーヤに渡したとき、ひどく驚いた顔をしていたので、よもやとは思いますが……。

 彼女にも色々と事情があるのでしょう。彼女が自ら明かすまで、それ以上追及しようとは考えておりませんが。

 


 また、彼女はあまりにも無頓着といいますか、自分がいかに稀有な存在で、規格外の能力を持っているか、全く分かっていないようでした。


 何の道具や魔術を使わなくても隠されている結界や亡霊が視えるなど、そのような能力の持ち主を私は聞いたことがありません。

 さらに、彼女がエリュレアール殿下達を巻き込むために使った“可視化”という魔術。これもまた聞いたことの無い魔術です。念のために宮廷魔術師の長に話を聞きに行ったところ、長もそのような魔術に覚えが無く、古い文献にも見当たらなかったそうです。魔法陣内の魔力を高め、陣内の不可視の者の魔力を高めて視えるようにすることから、おそらく闇属性の魔術であろうと言われました。


 現在、世界中で闇属性を持つ者は確認されていません。それだけでも稀有な存在であるのに、彼女は加えて、光、火、風、木の属性も持っているのです。彼女の様子から、他にも属性を有しているのかもしれません。もしかしたらすべての……。

 そのような者は、これまでの歴史上存在しません。


 加えて、彼女の魔力量も際限が無いように感じます。

 彼女がエリュレアール殿下の即位式で披露した魔術。国民の間では、光の精霊がエリュレアール殿下の即位を祝福するために起こした奇跡だと、認識されているようです。しかし、実際に使われたのは、空を暗くする闇魔術、光の花の光魔術、そして花を降らせた木魔術です。


 けれど、宮廷魔術師であっても、仮に闇魔術が使えたとして、空を暗くすることができるのはせいぜい城の上空ぐらいでしょう。カーヤがしたように、帝都中の空を覆おうとすれば、数十人単位の魔術師が必要になります。それを彼女は一人で行い、また他の魔術も組み合わせて使っていました。その無限かとも思われる魔力量を持つ人間など、考えられないことです。


 もし彼女の存在を世界中が知れば、多くの者が彼女を手に入れ利用しようと金と権力、武力などを投じて来るでしょう。場合によっては、そのような存在は危険だと、殺害を狙う者も出てくるはずです。彼女が黒髪であることから、特にテミズ教国などは、彼女の存在そのものを消してしまいたいと思うでしょう。教会や国すらも動かしうる存在。それをカーヤは分かっているのでしょうか。



 そういえば、カーヤが旅に出ている最中、城にいくつもの書状が届きました。それは地方の村や町の長、領主などからのもので、内容は、雨が降らず近くの泉も枯れ果てて困っていたところ、黒髪の魔術師の少女が村を訪れて、原因を突き止め、泉の精霊を説得して泉を蘇らせてくれた、というものや、魔物の大群が襲ってきたときに一人で退治した、他にも枯れかけた御神木に花を咲かせてくれた、長老の初恋の人に会わせてくれた、などどれも彼女に助けられ、感謝するものばかりでした。


 あの子は旅の途中で何をしているのかと呆れる反面、彼女の性格上むやみに首を突っ込み、放っておけなくなったのだろうと、どこか微笑ましい気持ちにもなりました。

 中には彼女のことを、“黒髪の聖女”“聖黒の魔術師”“奇跡の黒百合”と呼ぶものもあり、本人が聞けば顔を真っ赤にして否定し、その呼び方を止めさせに飛び出して行くのだろうと、思わず笑みが浮かびます。



 帝国内であれば、どうにか手を回し、適当な理由をつけて、彼女の存在があまり広がらないよう対処することもできるでしょう。彼女が目的のために行動していくうえで、障害となるものを極力取り除くことも、苦難から守ってあげることも可能です。

 彼女には皇族方をはじめ、国を大切に思う者にとっては、返しきれないほどの大きな恩があるのですから。もちろん、エリュレアール殿下の友人としての、我々からも。


 けれど、カーヤからすれば、国内であっても国外であっても、変わらず困っている者がいれば力を振るうのでしょう。その行動が後に、自分の首を絞めることになったとしても。

 ならば、そのような事態になったときのために、我々も様々な対策を講じておくことにしましょう。

 あなたが求めたときに、手を貸す準備は出来ているのですよ。


 カーヤ。疲れたら休み、迷えば頼り、苦しいなら縋る、そのための助けが用意されていることを知り、利用することを覚えなさい。それは、あなたの目的を達するうえで、決して妨げとなるものではないでしょう。


 あなたが必死に求めるものが叶うよう、皆が祈っているのですから。



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