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華の降る丘で  作者: 行見 八雲
第3章
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10.なんだその誤解。



 入り口の、裏口に比べて大きめの鉄製の扉を潜れば、その先は手彫りの洞窟だった。トラック一台が通れそうな広さのそこを少し歩けば、やがて仄かな光と人の話し声が聞こえてくる。


 足元も見えないような洞窟からようやく出れば、外には一定間隔で蛍光灯のような光を放つ球体が浮かんでおり、それが松明代わりに辺りを照らしていた。

 おや、この灯りは、と出口の辺りにばらついて立っている人々を見回せば、彼らは軍服姿や黒装束姿だったりしたが、どうやら軍人さん達のようだった。


『おやおや、これは皆僕の出迎えかね! 奇跡のもと生まれた青い薔薇のように清廉に輝く翼を持つ、高貴な姿の僕を一目見ようと集まってきたのかい! だが、僕はむさい男どもでは無く、是非とも麗しい女性方に出迎えられたかったよ! おや、あそこに見えるのは凛々しき一輪の花! さあ、もっと僕の傍に寄りたまえ! 何なら抱き締めてもよ…………』


「――消音!」


 相変わらず鳥の舌は滑らかだった。しかし、比較的近くにいた兵士さん達がぎょっとしてこちらを見てきたので、私は慌てて、音を散らす風属性の魔術“消音”で、鳥の声を散らして、誰にも聞こえないようにした。

 だって、事情を知らない人からしたら、ラデ殿下の肩に乗っている青い鳥が話しているとは思わないだろう。とすると、ヤツの高らかな自画自賛の声は、ラデ殿下が喋っていると思われてしまう。それはさすがにラデ殿下にも迷惑だ。何より私が許せません! うちのラデ殿下はあんなウザナルシスティックな子じゃありませんから!!


 魔術の効果で鳥の声は聞こえないが、ヤツの嘴は未だに忙しなく開閉しているし、翼も身振り手振りのように大きく動いている。鳥にとっては、人に聞こえていてもいなくても気にならないようだ。よし、このまま放っておこう。

 そして、鳥の声が聞こえなくなったことにラデ殿下は驚き、私を見たあと、安堵したように苦笑いをした。スルーはしていても、やはり耳元であの音量で話されるのは五月蠅かったのだろうと思う。後で、ラデ殿下にも“消音”の魔術を教えといたげよう。


 そんなやり取りをしていると、軍人さん達の向こうから近づいてきたのは、光魔術の明りを受けて柔らかく輝く金色の髪に、目が覚めるような青色の瞳、格好は他の軍人さんと色は違うが同じ型の軍服姿。麗しきエル殿下でございました。いや~、今朝挨拶したはずなのに、気分はすっかりお久しぶりっ!


「ラディスリール!」


 ラデ殿下の姿を見たエル殿下は、ほっとしたように笑みを浮かべた。そんなエル殿下に対し、ラデ殿下は緊張したように表情を引き締めて。


「自分の軽率な行動で、ご迷惑をおかけしてしまい、申し訳ありません」


 と頭を下げた。その言い方は他人行儀でそっけなく、頭を上げた後はエル殿下から視線を逸らして、硬い表情のままエル殿下の足元を見ている。

 そんなラデ殿下の態度に、エル殿下も困ったような寂しそうな表情を浮かべている。けど、先ほど牢屋でラデ殿下の心情を聞いている私からしたら、自分のせいで兄に迷惑をかけちゃったし、でも謝るには素直になれず、今更どんな態度をとっていいのかもわからず、途方に暮れている少年の図だ。んふふ、青春してるよね、青少年! そうやって段々と大人になっていくのだよ!


「やはりカーヤだったのか」


 ついニヨニヨしながらラデ殿下を見ていると、そうエル殿下に声をかけられた。


「ん、やはりってどういうことですか?」


 私がエル殿下に目線を向けて問いかけると、エル殿下は、私達が出てきた洞窟の上の方を指し示して。


「先ほど丘の向こうに、白い柱が見えたんだ。あれは光魔術だろう? それに、先に犯人を捕まえて出てきた二人組が、女性も一緒にいたと言っていたからな」


 そう言われて納得した。あの光の柱は、ここからでも見えたのだろう。かなりの高さまで昇ってたしね。

 なるほどと頷いた私に、途端にエル殿下は真剣な顔になって。


「……何があった?」


 と、問いかけてきた。

 エル殿下が背を屈めたため、私の目の前に来た空色の瞳は、心配そうな翳りを宿していて。光魔術を使うのは、主に灯り目的か、魔物退治のためだから、魔物と戦ったのではないかと気をかけてくれているのだろう。


 そんなエル殿下の言葉に、先ほどの光景が蘇って、私はぐっと眉間に皺を寄せた。本当は、まだ心の中はもやもやしたものが渦巻いていて、胸の奥底に落ちた黒いシミが徐々に押し広がっていくような、不気味な感情に対する不安を感じていた。

 そして先ほどあったことを話そうとすれば、そんなどろりとした思いも流れ出してしまいそうで、それが言葉に出すことで形になるのが怖くて、私は口を噤んだ。さっきのことを深く考えようとすれば、足元から黒い何かが這い上がってくるような怖気を感じる。そんな恐怖が喉を詰まらせた。


 ぎゅっと口を結んだ私の様子を横目でちらりと見たラデ殿下が、代わりに、瘴気に覆われた部屋のことや、裏口の動物達の屍骸のことを説明してくれる。


 ラデ殿下から一通りの事情を聴いたエル殿下が、私とラデ殿下に、「そうか、大変だったな」と柔らかい声をかけてくれて。

 そして、エル殿下が再び私に視線を戻して、その労わるような慰めるような表情の優しさに、私はそっと目線を落とした。

 何ですか、その慈愛に満ちた表情。あなたは聖母ですか。それとも私を慰めに舞い降りてきた天使ですか、そうですか。オウ、マイ、エンジェルですね。では、マイエンジェル、速やかに向こうを向いて、私に背中を明け渡してください。おんぶお化けのように、がっぷりとしがみ付かせて下さい! 私の精神の安定のために! さあさあ! ええ、分かってますよ、分かってます! 心が疲れているのです! 癒しをギブミー!


 何の反動か、妙にはっちゃけた内心と、口にはできない欲求を抱えながら、手をわきわきしつつ、私はエル殿下を見上げた。


 そんなとき、横からぽつりと「……兄上……」という小さな声が聞こえて、私とエル殿下は俯いているラデ殿下の方へ顔を向けた。

 すると、ラデ殿下はぐっと覚悟を決めたように顔を上げ、エル殿下を見ながら口を二・三度開け閉めしてから。


「……助けに来て下さって……ありがとう……ございます……」


 それだけ告げると、顔を横に逸らした。

 そんなラデ殿下の言葉に、エル殿下は目を瞠ってひどく驚いた顔をしていたけど、私としては、横から見えるラデ殿下の耳や首筋が真っ赤になっていることがあまりにも可愛く、きっと同じように顔も真っ赤なんだろうなと、その頬をツンツンしたくて仕方がなかった。

 く~~っ! 良いなぁ! こちらまで心臓がむず痒くなるような、この微笑ましさ! 何だ何だ? 脱反抗期かぁ? 心の固い殻を脱ぎ捨てて、蝶になって大空にはばたいちゃうのかい? もうもう、本当にラデ殿下ってば、可愛い可愛い可愛い可愛い……っ!!


 こらえきれず、ラデ殿下の頭に手を乗せてわしわしと撫でてしまった。嫌がられたけど、酔っぱらいのごとく纏わりつきました。いや~、可愛さ堪能しまくった~! ん? さっきまで何か悩んでいたような……まあいいか。



 ラデ殿下の頭に手を伸ばそうとする私と、それをかわそうとするラデ殿下、そしてそんな私達の様子を目を丸くして見ているエル殿下、という状況の中、向こうで何かを話していたホームズさんとワトソンさん、そしてエル殿下と一緒に来たと思われるスケさんが歩いてきた。


 動きを止めた私を見たスケさんが、何も言わずじっと私を見て、こくりと頷く。

 そうです、私です。ラデ殿下の巻き添えで攫われて、さっき光属性と火属性の魔術を使った私です。と、今の間で、全ての事情がスケさん伝わったような気がして、私もスケさんの目を見ながらこくりと頷いた。



 今度は、エル殿下とラデ殿下、スケさん、そしてワトソンさんで何かを話しているのを、私は僅かに離れた所で待っていたのだけど、そんな私にホームズさんが近づいて来て。


「この度は、大変でしたね。これも何かの縁でしょうから、これからは私達もあなたの目的が叶うよう、協力させて頂きますよ。もちろん、依頼主の意に反さない範囲でですが」


 そうにっこり笑いながら言われた。

 そのホームズさんの言葉に、私は首を傾げた。え? 目的って、私、彼らにそんな話してないよね? も……もしかして、私が異世界から来たって気づかれたとか!? でも、目的が叶う協力って、帰る方法に心当たりがあるとか……!?

 ドキドキと鼓動が早くなるのを感じながら、私がホームズさんに問いかけようとしたとき。


「ええ、言わなくとも分かってますよ。あなたが、周知されていない辺境の小さな国の姫で、あなたの美しさと魔術の才能を妬んだ黒の魔女に姿を変えられ、目や髪も黒に染められてしまったこと。さらに城の者もすべて眠らされたうえ、城は茨に覆われてしまうという呪いをかけられたことを。そんな中、あなたは風の精霊王様の力を借りて城を抜け出し、呪いを解いて国に戻るべく、黒の魔女を探していらっしゃるのですよね」


 ホームズさんが唐突に語り出した内容に、私は口を開けたままぽかーんとホームズさんを見た。ホームズさんの美声で滔々と語られる様子は、まるでオペラの舞台でも見ているようだった。

 だが、内容がおかしい。あれ? さっき、全部分かってます。みたいな顔してた時に、考えてた内容ってそれ? てか、自分、そういう内容の童話を聞いた覚えがある気がするんだけど……。やっぱり偶然か? これが後の茨姫である、みたいなオチが付かないよね。まあ、茨姫は大人しく城で王子様を待つんだけどね。けっ! どうせ私じゃあ王子様は起こしに来てはくれないわよ。


「もしかしたら、黒の魔女と“闇の組織”は何か関係があるかもしれません。ですので、“闇の組織”に関する情報を、依頼に抵触しない範囲でお教えしますね。もちろん、黒の魔女の情報があれば、すぐにお伝えしますよ」


 私が呆然としている姿が、何故それを知っている!? と驚いているのだと思われたらしく、ホームズさんはどことなくドヤ顔だ。

 しかも最後に、「少しでも早く元の美しい姫の姿に戻れるよう、祈っておりますよ」って、どこか痛ましそうな微笑みで言われてしまった。

 え? ちょっと待って! もしかして、今の私の姿が、呪いで変えられてると思われてる!? いわゆる、美女と野獣で言うなら、野獣の姿ってことか!? 髪や目が黒くなっただけでなく、この顔が呪われ後って、どういうことだゴラアアァァァ!! いくらなんでも失礼やろがい! すべて自前ですよ! 生まれもってこの顔ですよ! いっそ、うちの両親に謝れええぇぇ!!


 私がホームズさんの胸ぐらを掴んで、脳内の私に関する設定の訂正――どころか丸ごと消去――を求めようとしたとき、タイミングよくワトソンさんが戻ってきた。そして、事情の説明は終わったから、このまま依頼主のところに戻るということだった。


 こちらに口を挿ませる間も与えず、一方的に挨拶をして立ち去ろうとしているホームズさんとワトソンさんに、私がせめて謎な誤解を解かせろやと「ちょ……!」と声をかけようとしたところ、ワトソンさんがくるりと振り返り、私の手をぐっと掴んで。


「早く呪いが解けるといいやさね」


 と、やけに優しく笑んだ。


 えええ!? 私のその設定が、二人の間の共通認識になっちゃってんの!? っていうか、君らいつの間にそんな話したのよ!? まさかそれも依頼主に報告する気じゃないでしょうね!!? や~め~て~!! 人の変な設定振り撒かないでええぇぇぇ!


「ち……ちがっ……!」


 即座に否定しようとしたのに、私の言葉を聞かずにワトソンさんは素早く手を離し、先を行っていたホームズさんを追いかけて駆けて行ってしまう。

 その見事な身のこなしに、私は呆然とするまま彼らを見送ってしまった。彼らを引き留めようと伸ばした手は、むなしく宙に残されたままだ。


 言い知れぬ無力感と敗北感を感じて、私ががっくりと肩を落としながら、視界の端に映ったラデ殿下を見上げると、ちょうどラデ殿下の肩に停まっている青い鳥と目が合う。 

 しかもその鳥、片方の翼を嘴のところまで持って来て、目を半笑いにして私を見ていた。そして、“消音”で声を消しているはずなのに、『ぷっww茨姫wwww』と呟き笑が聞こえた気がした。


 よし、今日の夕食のメインは青い鳥の丸焼きだな。気合入れて食卓に乗せてやんよ!!



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