9.空へと送る。
かなり久々の更新なので……おかしなところが無いか心配です。
『僕の頼みは、彼らを浄化させてやってほしいのだ。このような瘴気に憑かれた状態では、彼らの魂は世界に還れない』
鳥は、私に目線を向けたまま、そう言葉を紡いだ。
通常の屍骸ならば、焼いてしまえば灰となって自然に還ることができる。しかし、瘴気に覆われたままの屍骸は、普通の火では瘴気に邪魔をされて燃えないのだ。
一方で、光属性の魔術である“浄化”を使えば瘴気を祓うことはできる。けれど、躯はそのまま残る。
まあ、“浄化”で瘴気を祓った後に、炎で焼いてしまえばいいんだけどね。
ホームズさんとワトソンさんが、戸惑ったように鳥と私を交互に見ている。ああ、私が光属性の持ち主だってこと、まだ話してなかったしね。
ラデ殿下は、複雑そうな顔を私に向けたままだ。しかし、ラデ殿下の目が、大丈夫か? 出来るのか? 何かまずいことは無いのか? と語っている気がする。そんなラデ殿下に、うるうるお目目の柴犬が重なって見えた。はう、癒される……!
なにより、その目の色があまりにも綺麗で、緑色は精神的に落ち着かせる効果があるってどこかで聞いた気がするけど、本当なんだなぁと思った。目にも優しいしね。
そんなラデ殿下に小さく笑いかけて、私は皆に下がるように告げると、生き物達の屍骸の入れられている穴へと近づいた。
すっと目を閉じて、魔術のイメージを固める。私に彼らを憐れむことはできないけれど、ただ安らかに逝けるようにと静謐な気持ちで祈りを込めて。
「祓火」
そう唱えて魔力を放てば、掌の上で燃えあがった野球ボールくらいの大きさの白い火の玉が、ゆっくりと穴の中へと落ちる。その火の玉が生き物達の躯に触れた瞬間、ゴウッと火が燃え上がる音がして、穴の中が真っ白な炎に包まれた。
この“祓火”は光属性と火属性の複合魔術だ。昔見た漫画だかアニメだかからイメージを取っているけど、汚れを祓って肉体と魂を清め、肉体が大地に、魂が天へと還れるように、これを選んだ。彼らを送るには、清廉なこの純白の炎が相応しいと思ったから。
しばらくは穴の中で燃え続けた炎は、やがてゆっくりと渦を描きながら竜巻のように空へと昇りはじめる。日が沈み、うっすらと暗くなり始めた荒野の上で、その炎は熱さを感じさせないまま柔らかい白い光で辺りの地面や岩を照らした。
穴の中から立ち昇る柱のようにぐるぐると渦巻く炎は、空の高く高くまで燃え上がり、やがて四散するように広がって、そのまますうと空の濃紺に溶け込むように消えていく。
白い炎の消えた空には、いくつもの小さな星が瞬いていた。
空の向こうへと炎を見送って、ゆっくり顔を地面に戻せば、穴の中にはすでに無残な躯は無く、焼け焦げた跡すらも残さず、ただ乾いた大きな砂の穴があるだけだった。
周囲に目を向ければ、青い鳥はただじっと空を見ていた。勇ましい嘴を閉ざし、艶のある青い羽を閉じたその姿はどこか神聖で儚く、表情は分からないが静かに泣いているかのように思えた。
ラデ殿下も、ホームズさんもワトソンさんも、しばらく空を見上げた後、穴へと目を戻し、やがてこちらに顔を向けた。
だが、誰も言葉を発しはしなかった。どこか声を発しにくい、犯しがたい静寂が辺りを覆い――――。
『おやおや、どうにも寒くなってきたねっ! 僕はこの通り美しくもか弱いのだよ! さあ、僕のこの繊細な体が僕の美しさを妬んだ病魔に侵されてしまわないうちに、とっとと戻るよ! ああ、しかしこの暗闇の中でも輝きを失わない僕! なんて美しいんだ!!』
唐突に鳥によってぶち壊された! てか、おい、鳥どこに行った。暗闇に紛れて見えない。
すると、目の前をゆっくりとぼんやり白いものが横切っていく。
「そこかああぁぁ!!」
思わず声を上げて、その白いものを下から掴み上げれば、目の前から『うぐおっ!!』とくぐもった悲鳴が上がった。ふむ、全身真っ青かと思ってたけど、下っ腹の辺りの羽毛は白かったのか。実に嬉しくない新発見!
『なっ! 何をするのだね君は!! この僕の美しい体に傷が付いたら、どう責任を取ってくれるんだい! 世界的な損失だよ! 天文学的な賠償金が発生するよ!』
ぷんぷんと音が付きそうに、羽を大げさに動かしながら怒る鳥に対し。
「いやいや、すみません。つい、目の前を美味しそうなぷにぷにの鶏肉が飛んでいたもので。空腹を感じた本能が、捕獲しようと動いてしまったようです」
そういえばお腹空いた。牢屋から脱走したり迷宮を彷徨ったりと、色々運動したしね。しかし、お昼に食べた串焼き美味しかったなぁ、と掴んだままの鳥のお腹をむにむにと揉んでみる。
『ぷ……ぷにぷに!? この僕の、均整のとれた引き締まった体のどこを見てそんなことを言うのだい! ほら、よく見たまえよ! この力こぶ! 綺麗に割れた腹筋! 引き締まった背筋! 神々の彫刻のように美しいではないか!』
そう言いつつ、翼を折り曲げたり、胸を張る鳥だったが、羽毛で覆われているため筋肉などさっぱり見えなかった。これは、あれかな? 毟ってもいいよというフリなのかな?
「さあさあ、お二人(?)とも、じゃれ合いはそのくらいにして、そろそろ戻りましょう。暗くなってしまっては、帰り道も危険になりますよ」
パンパンと手を叩きながらの窘めるような美声に、私達はそろってそちらに顔を向けた。すると、すでに出入り口の方に向かっているワトソンさんの背中と、ホームズさんの傍に立つラデ殿下が見えた。
こちらを見て微笑んでいるホームズさんが、何だか訳知り顔なんだけど。私何の説明もしてないのに、良いんですよ、分かってます。ええ、全て分かってます。皆まで言わずとも大丈夫! とでも言いたげに見える。これって改めて説明しなくて良いんだろうか。でも何についてどう説明すれば……あー、まあいいか。とりあえず、とんでもない誤解が生じていないことだけを祈っておこう。
漠然とした不安感を抱きながらも、掴んだままだった鳥のお腹から手を離して、ホームズさんとラデ殿下の方に向かおうと一歩を踏み出したとき。
『ありがとうございます』
鳥が小さく声を発した。静かに抑えられた声に、そんな音量でも喋れるのかと驚きつつ、私はそっと口角を上げた。
ワトソンさんとホームズさんの先導で、あっという間に入り口にたどり着いた。え? 本当に何をどう迷ったら、あそこへたどり着くことが出来るのだろうか。逆に尊敬の眼差しでラデ殿下を見てしまった。
先を行く二人から僅かに距離を開けて歩きながら、私はラデ殿下に「城内や城下街で迷ったりしないんですか?」と問いかけてみた。するとラデ殿下は、どこか不貞腐れたような顔をして。
「そんなところで迷うわけないだろう。生まれてからずっと暮らしているんだぞ。だが、どうしても、いつも目的地に行くまでに時間がかかるんだよな。以前など、学園の寮から出て街に昼食を食べに行ったのに、気が付いたら夕食の時間になっていた。王都は広すぎる」
と、小首を傾げながら答えた。そのラデ殿下の言葉に、私は驚きのあまり口を開けたままラデ殿下を凝視してしまった。
え、だって、王都って端から端まで、一番遠いルートを通ってもせいぜい一時間ぐらいだよね! なのに、そんだけ時間がかかるって、しかも迷っている自覚すらないなんて……あああ、怖い! 無自覚方向音痴って本当に怖い!! 自覚があれば、地図を持つなり、人に道を聞くなり、それなりの対応ができるんだろうけど、無自覚だから直しようもないなんて! 今までよく無事でしたよね、ラデ殿下! 一度や二度は、魔界とか精霊界とかに迷い込んでんじゃないですか!?
はっ! そういえば、私達を攫った奴らが、よくラデ殿下が街をふらふらしてるって言ってたけど……それって街を散策してたんじゃなくて、本当にただふらふらしてただけってこと!? や……やばい! 噂になるくらい彷徨い歩いてるってことじゃないの! だれか~~! ここの彼に保護者を~~!! この人絶対いつかどこかで行き倒れる!!
という私の心配は、相変わらずラデ殿下の肩で自画自賛しまくっている青い鳥によって解決されるようだ。
どうやらラデ殿下は、正式にこの鳥と契約することにしたらしい。いや、すごい覚悟っす! マジ尊敬するっす! そいつとこの先末永く付き合っていく道を選ぶなんて!
とはいえ、青い鳥の精霊としての力量は本物だし、鳥は方向音痴じゃないので奴のナビがあれば道に迷わないし、ラデ殿下が行方不明になったら簡単に見つけ出せるしで、それなりにメリットもある……はずだ。
まあ、ラデ殿下はすでに鳥の話を聞き流せるようになってるみたいだし、案外いいコンビになるかもね。かも……ね。