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華の降る丘で  作者: 行見 八雲
第3章
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8.物忘れに要注意。



 一応内容を聞いてみると、この隠れ家の裏に用事があるので、一緒に来てほしいということらしい。


 う~ん、どうしようかしら。だって、もう救助部隊の人達が到着してて、私達、というよりラデ殿下を探しているわけだし、早く出て行って合流した方が……とも考えたんだけど、鳥があまりにも必死に言うものだから、まあ少しぐらいなら良いかなと思っちゃったのよね。

 ホームズさんとワトソンさんは、この組織の内部を調べるという元々の任務から、裏手も見ておきたいと言って一緒に行くみたいだし、ラデ殿下を一人で戻らせるのも……今度はどこかで古代の王家の墓とかに迷い込んでそうだしね。


 というわけで、結局みんなで一緒に行くことになりました。

 裏手への道を案内してもらうために鳥を放したんだけど、天井近くを飛び回りながら、何だか変な歌を歌っている。『ぼ~くは精霊~。美しい~♪』って、何だか聞き覚えのあるメロディーなんだけど……偶然?

 しかし、やけに力強い通る声で、この密閉された通路によく響くのよ。まあ例の少年のリサイタルみたいに耳を塞ぎたくなるほどの騒音ではないから良いんだけど。それにしても、すでに救助部隊の人達によって誘拐犯たちが捕まってなかったら、あっという間に見つかって再び捕獲されちゃってるよね。


 そんな頭にこびり付いて離れなくなるような――しかも気が付いたら自分も口ずさんでいそうな――メロディーを延々聞きながら、しばらく暗い通路を歩いていると、やがて正面に重厚な鉄製の扉が見えてきた。

 暗闇の中で鈍く光るそれに、私とラデ殿下はつい足を止め、顔をひきつらせた。


 だって、その扉ってさっきの不気味な部屋の物と同じなんですもの。きっと開けたらまた、瘴気とか不気味な生き物とか喧しい鳥とか喧しい鳥とかが、飛び出してくるんじゃないでしょうねぇ。と、ジト目で鳥を見上げてしまう。

 しかし、肝心の鳥はいつの間にかラデ殿下の肩に停まって、『何をちんたらしてるんだい! 早く開けてくれたまえよ! 僕のこの繊細な羽では、あれに触れただけで傷ついてしまいそうだからねっ!』とやっぱり偉そうだ。


 でも開けたくない。そんな思いで立ち止まったまま扉を睨みつけていると、私達二人の様子に首を傾げながらも、足を踏み出したのはやっぱりワトソンさんだった。

 うーん、ワトソンさんはどっちかというと助手よりも切り込み隊長のような気がしてきた。もしくは坑道のカナリアか……ガクブル。ホームズさんは後ろの方で神妙な顔して顎に手当てるけど……いかん、彼に対する印象が変わりそうだ。


 あの恐怖の部屋と同じように、ズッズッと滑りの悪そうな音を立てながら、扉が引かれていく。そして、枠を過ぎキィーっと軋んだ音と共に開かれた扉の隙間から、今度こそ細長い光が零れ出す。

 ああ……長いこと暗闇にいたせいか、ものすごく感動的な光景だわ、これ。ニッポンの夜明けじゃ~! って叫びたいくらいの。

 光と共に、爽やかな風も吹きこんでくる。どうやらこの先は外のようだと、ほっとした気持ちになりながら、扉が開かれるのを見ていた。


 やがて、いっぱいまで開かれた扉から差し込んでくる光に、しばらく目を閉じたり開けたりしながら目を慣らし、真っ先に飛び出して行ってしまった青い鳥を追うために扉を潜った。


 その先は荒野だった。ここが新天地か! 開拓時代の始まりか! と、テンションを上げている場合ではなく。


 扉を潜った先には、ややオレンジ色が差し始めた夕暮れの空と、僅かな草と大きな石がゴロゴロと転がる、砂の平野が広がっていた。

 え~、ここどこ~? ときょろきょろと見回すと、そこはどうやら小高い丘の中腹辺りのようで、背後を見れば、今出てきた扉は大きな岩や枯れ草などでうまくカモフラージュされていた。

 恐らく、さっきまで居たアジトは、切り立った崖に接した丘の地面の下に、アリの巣のように掘られて造られていたようだ。しかし、かなり手の込んだ造りだったけど、私達を攫った男達が造ったのか、それとももともとあったものを利用しただけなのかは分からないけれど。


 目の前を乾燥した砂が流れていく。その光景は、ほら、あれだ。小学校の校庭で、しばらく雨が降らなかったときに走ったりすると、もうもうと立ち昇る砂煙。それが、こんなふうに風に流されて、あ、痛っ! 目……目に砂がああぁぁぁ!


 目に入った砂を洗い流すために、滂沱の涙を流している私に構わず、鳥はすいーっと荒野の先へと進んでいく。それに釣られるように、ホームズさんとワトソンさんもさっさと歩いて行ってしまう。


 ち……ちくしょう! か弱い(?)乙女(!?)がぼろぼろと涙に暮れているというのに、あの薄情者どもめええぇぇ! 僅かながらに芽生えかけていた仲間意識が、今木っ端みじんに砕け散ったわよ! と一人胸の内で騒いでいると、横からそっと「大丈夫か?」という声と共に、心配そうな顔でラデ殿下が覗き込んでくる。

 そうですよね! やっぱりラデ殿下は根っからの紳士ですよね! 泣いている女性を放っておくなんて、男の風上にも置けないようなことしませんよね! ああ、ラデ殿下の優しさが目、ではなく身に染みる。


「な……何やさ!」

「…………これは……!?」


 よし! ラデ殿下人生最大級の恥である方向音痴の件はすっぱり忘れます! と、私が内心で決意していると、先に行ったホームズさんとワトソンさんから、押し殺したような驚愕の声が聞こえてきた。

 ようやく目に入った砂も取れ、涙を拭った私は、目の前のラデ殿下と目を合わせて、少し駆け足で二人が立っている方へと足を進めた。


 彼らの横へと並び、彼らの目線の先を追うと、そこには直径二メートル、深さが一メートルほどの穴が、砂と岩だらけの地面に掘られていた。そしてその穴の中に入れられていたものに、私は驚きのあまり飛び上がり、隣のラデ殿下の腕を掴んで、そこから数歩後ずさった。

 ラデ殿下も顔を真っ青にし、私に捕まえられたままの手とは逆の方の手で、顔の下半分を覆っている。


 あああああ、ラデ殿下ってば、ここ数時間でこんなにもいろいろ見ちゃって、情操教育に良くないんじゃないでしょうか。イケナイ大人の世界に巻き込んでいる気分です。エル殿下、皇帝陛下、なんかすいません!


 はー……。来たよ、久々に来ました。最初の方のヒューゴさん並みのグロさです。

 私は一度空を見上げ、胃からこみ上げる何かを宥めようと、深呼吸をした。ああ、乾燥した砂で口の中がじゃりじゃりと。


 あの穴の中に入っていたのは、熊や猪や鹿や兎、鳥や大きな魚などの屍骸だった。しかし、ただの屍骸ではなく、それぞれの体の部位がどうにもおかしいのだ。奇妙に膨らんでいたり、黒ずんでいたり、変な方向に曲がっていたり。全身の所々から血が噴き出していたり。

 そして、それらの屍骸には濃厚な真っ黒い瘴気が纏わりついていた。それどころか、死体の傷口などからぼろぼろと溺れ出している瘴気もあった。


 穴の上を旋回していた青い鳥が、穴の傍の岩の上に舞い降り、じっと穴の中を見下ろしている。

 何とか落ち着いた私も、ラデ殿下の腕を離して穴の傍へと近づいた。さすがに彼の兄のように、盾にしたり巻き込んだりは出来ませんからね。可愛い子には旅をさせない派ですよ私は!


『これは、あいつらに実験体にされた者達の躯だ』


 さっきまでとは打って変わった真剣な静かな声で、鳥がそう呟いた。いや、本当にどこかで入れ替わったんじゃあ!? というくらいの落ち着きようだ。


『住処で捕まえられ、無理矢理凝縮された瘴気を体に入れられたのだ。そして、体が拒否反応を起こし、苦しみながら息絶えていった』


 滔々と流れるように、夕陽刺す静まり返った大地に鳥の声が響く。なまじよく通る良い声なので、まるで物語を朗読でもしているかのようだった。


『僕の同胞もいたんだ。精霊だが、強制的に実体化され、死んでも消えることなく、ここへ入れられた』


 オレンジ色の陽の光を背後にしたその横顔は、さっきまでとは変わらず表情などは無かったが、それでも鳥がこの上なく悲哀に満ちた顔をしているように見えた。


 私はじっとその穴の中を見下ろした。穴の中に打ち捨てられているのは、ごく普通の動物達だ。私がタトリさんの家にお世話になっていた時に、近くの森の中にも似たような動物達がいた。

 しかし、動かぬ躯となってしまった生き物達は、皆苦しそうに目を見開き、叫ぶように口を開けたままのものが多かった。体は奇妙に変形した部位や、傷などでズタズタで、毛皮も血で濡れボロボロだった。下の方には腐りかけなのか、白い骨を覗かせるものもある。胸が痛くなるような、無残な姿だった。

 死んだまま無造作に投げ捨てられた屍骸は、生気を失った濁った眼で、恨むように暮れはじめた空を見上げている。


 いや、睨み上げているのは、こうして穴を覗き込んでいる私達人間か。



 ――……これが、人間か。



 ざわざわと頭の中で何かが囁く。私の周りだけ切り離されたかのように、周囲の音が閉ざされ、真っ黒に染まった世界に、ただ私と穴に落とされた生き物達の無残な姿だけが浮かび上がっていた。


 ――何の責もない生き物達を、無理矢理引っ張り出し、こうして残酷な手段で殺していく。自らの身勝手で、欲望のままに。


 頭の中にうっすらと闇が帳のように落ちていく。体の芯がキンと冷えていくようだった。腹の奥で、何かがぞろりと動いたような気がした。


 ――これが人間のすることなのか。簡単に他の生き物を殺し、全てが自らのものだと思い上がり、驕り高ぶり、世界を汚していく。愚かな……。



 ――……やはり……



「カーヤ!」


 かけられた声と、肩を掴んだ手の力に、私ははっとどこかへと飛ばしていた意識を取り戻した。

 気が付けば夕陽はもう沈んでいて、オレンジ色の残光とうっすらと暗くなった青空が、辺りを寂しく見せていた。変わらず、風は砂を巻き込んで吹き流れているし、色薄い荒野も静寂に包まれている。

 そして、そんな中で、昼間の太陽のような輝かしい金髪を風に乱されながら、生まれたての新芽に似た緑色の瞳が、心配そうな色を宿して私を見ていた。


「ひどい顔をしていたぞ。大丈夫か?」


 いえ、顔が悪いのは元からですが。失礼ですよ、殿下。と、その言葉を茶化しつつも、私は内心でしきりに首を傾げていた。

 あれ? 私、今何を考えていたんだっけ? 

 ぼーっと意識を飛ばしていたようで、ぽっかりとついさっきのことが思い出せない。あの、一昨日の夕飯が思い出せないのと同じ感覚だ。ううう……なんかもやもやして気持ち悪いのに出てこない。えっと、ほら、何だっけ? あれよあれ! はっ! もう老化に伴う物忘れが!? という感じ。


 きょとりと辺りを見回せば、ラデ殿下の声に何事かと振り返ったホームズさんとワトソンさん、それから「本当に大丈夫か?」と不安そうなラデ殿下。


 そして、その向こうでは、青い鳥が変わらぬ表情のまま、じっと黙って私を見ていた。



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