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華の降る丘で  作者: 行見 八雲
第3章
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5.ギャップ萌え!



「皇子以外にゃあ用はねぇ。他のやつは始末しろ!」


 リーダーらしき人がそう声をかけると、他の三人はざっと剣を構えて、じりじりとこちらへと距離を詰めてくる。

 ピンとした緊張感が漂っていて、戦闘は避けられないかと、私も魔術を使おうとした、その時。



 ビュオオオオオオォォォォ!!



 という、凄まじい風の音と、ゴリゴリゴリと岩が削られる音と共に、ドゴンと牢屋の奥の壁が吹き飛んだ。

 岩の欠片や土がバラバラと床に広がり、もうもうと砂煙が上がる。


 やがてその砂煙も、一掃するような風に流され、穴の向こうへと流れ去っていく。

 咄嗟のことに、とりあえずラデ殿下の腕を引っ張って、ラデ殿下の前に出ようとした恰好のまま、私はぱちりと目を瞬いた。

 あれ? この気配、何か憶えがあるんだけど。


 漸く砂煙が晴れ、視界が開けたかと思うと、壁に空いた大穴の前に、小学生の低学年くらいの体格の子どもが浮かんでいた。

 壁の向こうは外だったようで、その子どもの背後には、晴れ渡った青空が見える。


「お! カーヤ発見~!」


 その元気な声に、私はがっくりと脱力してしまった。背後のラデ殿下からは、戸惑ったような気配が漂ってくる。


「えーと、お久しぶりです。灰斗かいと様……」


 気の抜けた顔で挨拶した私に構わず、灰斗様はニコニコ笑って「おう!」と返事をした。


 そして、そのまま私の前までふわりと飛んでくると、私の目の前で右手を持ち上げた。

 その灰斗様の手に握られていたのは、青々とした葉を付けた植物と、その下の方には、土の付いたままの膨れ上がった根っこが。

 おや、もしかしてこれは。

 私が根っこをまじまじと観察しているのを、満足そうに見ていた灰斗様が、にっと少年ぽい笑顔を浮かべる。


「この前、カーヤが食べたいって言ってただろ? ちょっと飛んでたら、似たようなの見つけたんで、持ってきてやった!」


 そう言って、ずいと手に持っていたもの――おそらくは芋――を、私の手に乗せた。



 あ、遅くなりましたが、皆様どうも初めまして。こちらの、淡い灰色の短髪に白に近い灰色の瞳の、見た目活発そうな美少年は、実は風の精霊王、灰斗様です。

 思い立ったら一直線、周囲の状況を目に入れずに突っ走るので、常に周りに被害が絶えないというちょっと困った方で、よく精霊王様方の中では常識人の火の精霊王様の頭を悩ませております。

 でも、たいていは世界中を飛び回っていて、よく面白いものを見つけてきてくれたり、私が地球のものを懐かしがってたりすると、似たようなものがあったら知らせてくれる、優しい方でもあるのですが。

 何故少年の姿なのかは知りません。空を飛ぶので軽量化? でも、だったら、もっと他に良い格好があるような……? まさかの趣味?



 私は手に持った芋を見ながら、ふっと口元を緩めた。

 ふふ、懐かしい。あれは、タリアさんの家の近くの森が、赤や黄色に色づいてきたときに、「ああ、焼き芋がしたいなぁ」なんて私が呟いて、「それは何だ?」って話題になって…………。


「なあ……カーヤ?」


 後ろから、控えめな声が聞こえて、私ははっと我に返った。

 しまった、今は思い出に帰っている場合ではなかった!


 状況を確認しようと、辺りを見回すと、牢屋が連なる廊下の左側の壁の辺りに、いつの間にか気絶した男達と、それを拘束するホームズさんとワトソンさんがいた。

 うわっ! すごい早業! しかも、私戦闘が行われたことに、全然気づかなかったんだけど!

 思わぬ、探偵二人の戦闘スキルに、おお~! と声を上げて拍手しそうになる。手にお芋があったのでできなかったけど。


 二人の男を、ホームズさんが木の魔術で出したと思われる木の蔦で縛り、もう二人は、ワトソンさんが鎖鎌の鎖部分でぐるぐる巻きにしていた。

 あ! その鎖鎌の使い方、テレビの時代劇かなんかで見たことある! こんなところで実際に使っているところを見られるなんて! どうせなら、鎖鎌を使って戦う姿も見ておけばよかったああぁぁ!


 と、内心地団太を踏みながら悔しがっていると、ラデ殿下が「そちらの彼は誰なんだ?」と灰斗様の方を見ながら聞いてきたので、私は、「風の精霊王様です」と紹介した。別に隠すことも無いしね。


 そう思って、素直に答えたのに、ラデ殿下も、ホームズさんもワトソンさんも、こちらを見て固まっている。

 おや? 説明が簡単すぎたか? と首を傾げていると、灰斗様の体がふわりと、壁に空いた大穴の方へと流れて行く。


「んじゃあ、またな! カーヤ!」


 おお! この状況を放置して、いきなりの退出宣言ですか! 相変わらずの自由奔放っぷり。気が付けば居ない、そのフリーダムさに頭を抱える火の精霊王様のお姿が、鮮明に脳裏に浮かびます。ああ、お懐かしい。


 良い子の大きな声ではきはきと別れの挨拶をした灰斗様は、すいと穴の外へと飛び出して行った。



「……お前は、風の精霊王と……その、知り合いなのか?」


 恐る恐るというように、ラデ殿下が訪ねてくる。


「あー、まあ、色々ありまして」


 そんなラデ殿下に、私は苦笑いをしながらそう答えた。灰斗様達との関係を説明しようとすると、すっごく時間がかかると思うのでね。その辺は、また時間のある時にでも話そうと思います。


 そんな私の返事に、ラデ殿下はやけに神妙な顔をして俯いた。ぽつりと、「風の精霊王……実在したのか……」と呟く声が聞こえる。


 しかし、精霊王様ってそんなに珍しいものなのかしら? だって、ホームズさんとワトソンさんは、未だに身じろぎもしないで私を凝視してるし。まさに、驚愕! って顔。もしテレビだったら、驚愕の事実が発覚! その内容とは!? ってテロップが入って、CMに行く直前みたいね。


 う~ん、あまり精霊王様方についての話を聞いたことないから、その辺のレア感? が今一つ分からないのよね。

 存在自体不確かなものなのか、人魚やユニコーンみたいに神話級とか伝説上の生きものなのか、はたまた、めったに見ないけど、運が良ければ見ることもある、四つ葉のクローバーとか、コアラの○ーチの眉毛のあるコアラみたいな、ラッキーアイテムくらいなのか。

 そもそも、人々にとって、精霊王様達ってどんな存在なんだろう。テミズ教国では、光の精霊王様は神様扱いだったけど……。あれ? もしかして、他の精霊王様達も神様扱い、とか?



 よくよく考えたら、彼らの、世界における立場とか全く知らなかったことに気付いて、うむむと頭を悩ませていると、遠くの方から小さく怒鳴り声や金属音などの喧騒が聞こえてきた。


 その声に、はっと我に返ったホームズさんは、何かと複雑そうな眼を私に向けながらも、しばらくじっと耳をすませた後。


「どうやら、皇子殿下の救出隊が到着したようですね。こいつらは我々に任せて、お二人は先に救出隊と合流して下さい」


「たぶん他のやつらは救出隊の方に出張ってると思うやさから、二人でも行けると思うやさ~」


 ホームズさんの美声に、ようやく我に返ったワトソンさんも、流れる緑色の髪をしきりに撫でつけながら、おかしな苦笑いでそう続けた。もしかしたら、あの髪を撫でてると落ち着くのだろうか。見た感じ、表面はつやつやで気持ちよさそう。


 いや、たぶん、今の状況って、無事脱出できるか!? って緊張感か、助けが来たああぁぁぁ! って喜ぶ場面なんだと思うんだけど、灰斗様のご登場と私の発言のせいでおかしな空気になってる気がする。しかも私の手には芋。え~……いや、何かすみません。

 さー! 緊張感上げて行こぉー!! って、野球で試合が始まる時のキャッチャーみたいな掛け声上げたいくらい、ぐだぐだ感が漂ってるんだけど、大丈夫? この状況。


 まあ、何となく、「じゃ、じゃあ、先に行ってますね」「ええ……こちらはお任せください」「あー……すまない、頼む」「ええと、うん、大丈夫やさ~」という感じの、ぎこちない会話の後、私とラデ殿下は牢獄部屋の入り口の重厚な扉を潜り、外へと出た。



 ラデ殿下が先を走り、私はその後に続く。


 牢屋の外は、人二人が並んで歩けそうな幅の、長方形の石を並べた石造りの通路で、外から光は差し込まず真っ暗なため、所々に灯りの松明が灯してあった。でも、松明の間隔が広いせいで、通路の先の方は真っ暗でよく見えない。


 そんな中を、躊躇うことなく縦に並んで走っていたわけなんだけど。ある程度走ったところで私はふと、あることに気付いた。


「…………殿下、ここさっきも通ったような……」


「…………気のせいだ」


 後ろから恐る恐る声をかけてみたのだけど、ラデ殿下は正面を見たまま、そうぶっきらぼうに返した。


 いやいや、絶対気のせいじゃないですよね? あの山積みの樽とか山積みの洗濯物の籠とか、何か嗅いだことのある匂いの山積みの柑橘系果物とか、もう三回ぐらい見てる気がしますが!


 そんなことを言おうか言うまいか悩みながら、そっとラデ殿下の横顔を窺うと、何か無表情の中に必死さが感じられた。

 あれ? これって、もしかして…………。


「迷ってたり……とか?」


「……………………」


 ラデ殿下の横顔を斜め後ろから窺い見ながら、そうぼそりと言ってみると、ラデ殿下は何も答えず、顔は正面を見たままだった。けれど、松明の下を通ったときに見えたその頬が、松明の明りのせいでは無く、ほんのりと赤くなっていて。


「…………えと、殿下って、もしかして方向音痴だったりします?」


「…………何だ、それは……」


 ぶすりと拗ねたような返事に、これはこの世界に方向音痴という概念が無いのか、それともラデ殿下に自覚がないだけなのか分からないけど、とにかく。


 か

 か

 か

 可愛いいいぃぃぃ!! こんな、こんな、見た感じ凛とした騎士ふうで、中身はまじめで不器用でちょっと反抗期で、でも兄想いの優しいまるっと弟属性の、国民の憧れの的! な皇子様が、ほ、ほ、方向音痴~~~!!

 しかも、むきになってるんだか何なのか、いっこうに立ち止まろうとせずに走り続けるから、ほらもうあの樽の山四回目ええぇぇぇ!!


 いやいや、そりゃあ、ラデ殿下だって、この誘拐犯達のアジト(?)の構造を知らないわけですから、迷って当然なのかもしれないけど、走りながら見た限りではそんなに複雑な造りでもなさそうだし、どうしたらこうも同じところをぐるぐる回れるのか非常に不思議だ。しかも、途中で、さっきとは違う角を曲がったりしてるんですよ? なのに、気が付けば同じところにいるって、もはやわざとやっているとしか! あああ、あの洗濯物の山も四回目!!


 私もちょっと疲れてきたし、いい加減止めなければならないのは分かっている! 分かってはいるんだけど!!

 ここへ来ての、方向音痴というドジっこ性質を見せつけられた私は、そのギャップについきゅんきゅんしていた。あーもう、この子本当に可愛い可愛い!


 つい口元が緩んでしまい、走っているせいで若干息を切らしてハアハアしながら、だらしないにやにや顔でラデ殿下の背後を走る姿は、ラデ殿下の救助隊の人に見つかったら、真っ先に私が犯人として捕獲されるほどの怪しさだと思う。

 そして、ラデ殿下を誘拐したのは、ストーカー行為によるものだろう! 素直に吐きやがれ! と卓上ライトを突きつけられながら言われるんだ!



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