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華の降る丘で  作者: 行見 八雲
第2章
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14.彼女への想い。――エル殿下視点



 その神秘的な漆黒の瞳からこぼれる涙を、見てみたいと思ったのだ。




 テミズ教国のフェルベルト王弟から、カーヤが牢に入れられているという手紙を受け、俺は執務机から立ち上がった。

 そして、止めようとするハティッドに構わず、扉の方へと歩いて行く。


「お待ちください、殿下! あなたが直接行かずとも、カーヤを解放するよう書状を送れば良いでしょう!」


 あなたが光属性の持ち主だということは、もはや世界中に伝わっているのですから、とハティッドが続ける。


 しかし、俺はハティッドを振り返り、首を振った。


「それだけではすぐに解放されるとは限らないだろう。俺が直接行った方が早い」


「しかし、それでは立太子の儀に――」


「何とか間に合うだろう」


 最後まで言わさずに答えて、俺は部屋を出た。

 居合わせた部下に、直ぐにテミズ教国に向かって発つことを伝えると、その者は支度をするために慌てて去って行った。



 脳裏に、あの漆黒の瞳が蘇る。



 彼女――カーヤ・ナツキ――は不思議な女性だった。


 この世界では珍しい、黒い目に黒い髪と、女性にしても華奢な体つきに、幼い顔立ち。だが、その大人びた言動から、見た目ほど年齢が低いわけではないのだろうと感じられた。

 世界でも稀な光属性の持ち主で、我々が知らないような魔術も簡単に使う。

 にも関わらず、本人には何の驕りも衒いもなく、常に飄々としていて。


 最初、彼女がナディアを助けたと聞いたとき、正直何か裏があるのではないかと疑った。

 しかし、彼女は何も望まず、城を見学してみたいと言う。

 ならば、間諜か何かかと怪しんでみれば、本人はただ興味深そうに城内を回るだけだった。


 興味津々に動き回る漆黒の瞳と、ころころと変わる表情に、いつしか彼女を疑うことが馬鹿馬鹿しくなっていた。

 感情がすぐに面に出るようで、楽しそうだったり、戸惑っていたり、疲れたふうだったり。その顔を見れば、何をどう思っているのか、何となく読み取ることができた。


 彼女と過ごした数日は、実に楽しくて、普段ならばあまり騒ぐことのない、カークラントやスケイアス、ナディアも子どものようにはしゃいでいた。

 何より、普段から冷静で、ほとんど感情を出すことのないハティッドまでもが、楽しそうにしていたのには驚かされた。



 そして、俺としては、俺のもう一つの属性――光属性を見つけてくれたことを、何よりも感謝している。


 第一皇子でありながら、一属性しか持たないことに、俺はずっと悩んできた。

 父や一部の貴族、そしてカークラント達は気にするなと言ってくれたが、やはり一属性しか持たない者を皇帝とすることに、反対する声は多かった。

 その声は、成人が近づくにつれて大きくなり、弟を推す者による暗殺の危機も何度もあった。

 悩んで悩んで悩み続けて、やがて俺は、弟に王位を任せ、自分は何らかの方法で国を守れればよいと、軍に入ることを望むようになっていった。

 何かを吹っ切るように剣の腕を鍛える俺に、ハティッド達も気づいていただろう。

 しかし、それでも、反乱の恐れがあると、国軍に所属させるべきではないという者もいた。


 ならば俺はどうすればいい? どこへ行っても、皇子としての監視は付くだろうから、一般国民としても暮らすことは叶わないだろう。ならば、どこへ行けばいいのだ!

 俺のすることなすことすべてが否定されるのが悔しかった。自分の居場所が無くなるのが怖かった。

 叫びたい衝動を常に堪えて、ただひたすら皇子らしくと、毅然と立つよう必死になっていた。



 そんな俺を救ってくれたのは、彼女の何気ない一言だった。

 彼女はあまりその重要性に気付いてはいないだろうが、もしも周りに誰もいなければ、俺はあの場で涙を流していただろう。

 自分の存在意義を漸く見つけることができたような、言いようのない安心感に胸が苦しかった。



 彼女には感謝してもしきれない。

 あの時から俺は、彼女に、何かを返したいと思い続けている。

 それは、彼女が俺にしてくれたことの恩返しのためだと、ずっとそう思っていたのだが……。


 カーヤ、お前は気づいているだろうか。

 時々、ひどく泣きそうな顔をしていることに。

 寂しそうに苦しそうに、そっと笑うときがあることに。

 

 彼女が何かを抱えていることは、分かっていた。だが、彼女は決してそれを口にしない。

 他人のことは飄々と助けるくせに、自分は誰にも手を伸ばすことは無く、すべて自分の内に抱え込んで。

 傍にいても、どこか遠い存在に感じることが、何度もあった。




「殿下! 少し休まれたほうが!」


 途中で馬を替えながら、休むことなくテミズ教国へと向かっていた俺に、背後から部下が声をかける。

 だが、俺はどうしても休む気になれなかった。

 無理をさせている部下には悪いとは思うが、今も牢の中にいるであろうカーヤを思うと、少しでも早くと気が急いだ。


 彼女の振る舞いから、貴族ではないだろうが、それなりに裕福な家で育てられたのだろうことが知れた。

 そんな彼女が、独り牢に入れられて、どんな思いをしているかと考えると、彼女を牢に入れた者に激しい苛立ちが生まれた。


 いや、彼女は強いから、特に困ってはいないかもしれない。

 だが俺が、そんなところに彼女を置いておきたくは無かった。

 光の下にいるべき人だと思う。そして、なにより笑顔が似合う人だと。




 ようやく到着したテミズ教国で、彼女の開放に渋る者達に、つい威圧的な態度で、光魔術まで使ってしまったのは、やりすぎであったかもしれない。

 だが、彼女のことを何も知らず、悪だと言い募る者達に、心底腹が立ったのだ。俺が皇子という立場になければ、多少暴れていたかもしれないほどに。



 案内されて足を踏み入れた地下牢は、案の定暗く陰湿な空気に満ちていて、一刻も早く彼女をここから連れ出さなければと、ひどく気持ちが焦った。



 鉄格子の向こう、木のベッドに座り、呆然とこちらを見上げる彼女に、言いようのない衝動がこみ上げた。

 驚きに揺れた漆黒の瞳が、とても脆く危うげに感じて、手を伸ばしたくなった。

 苦しそうに顔を歪めるくせに、やはり彼女の頬に涙が流れることは無く。そのことに、やけに胸が焦れた。



 彼女に何かを返したい。

 そう思っていたはずが、気が付けば彼女に泣ける場所、安らげる場所を与えてやりたいと思うようになった。そして、それが俺の傍であればいいと。

 生き急ぐような、命を削っても懸命に目的を叶えようとする彼女に、休息を与えてやりたかった。彼女にとっては必要ないだろうが、独りで立つ彼女を、この手で守ってやりたかった。

 それが、俺の独りよがりの想いだったとしても。


 そのためなら、俺は――――。


 だが、全てを捨ててもいいと、口にするには、俺の立場は重すぎた。

 いずれ国を預かる者として、ただ一人のために全てをかけるわけにはいかないことも、頭では分かっている。

 その王の地位も、彼女が与えてくれたというのに。



 それに、彼女に対するこの想いも不確かすぎて。同情なのか、庇護欲なのか、それとも…………。

 だから、今はまだこの想いに名を付けることはしない。お前にそれを打ち明けることもないだろう。


 そしてきっと、そんな想いはお前の重荷になる。誰かに、何かに囚われることを、お前は拒絶しているように思えるから。


 ならば、俺は俺なりに、出来る限りお前の助けになることをしていこうと思う。




 だが、カーヤ。お前と共に空を翔けた、あの一時に。

 このままお前とどこまでも行けるなら、それも悪くないと、ただそう思ったのだ。



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