11.寝不足ってよくないよね。
「そんなことより、あんた、無事で良かったよ!」
リシャ姐さんが、小山さんに持ち上げられたままの私に向かって、安心したように笑った。
「まったく! 何度、あんたは“闇の者”とは関係ないって言っても、一向に聞きゃあしないんだからね! ここの連中は頭が固すぎるよ!」
そう言って、姐さんは近くに立っていた、兵士らしき人を睨みつけた。
あわわ、そんなことを大声で言って、大丈夫ですか?
と私がおろおろしながら周囲を見回してみると、いつの間にか大きな門が傍にあることに気付いた。
そして、門の向こう側に見える景色からして、こちらは門の外側のようだ。
「え? どうしてここに?」
私が首を傾げると。
「警備兵に、あんたが城の地下牢に入れられたって聞いたんす。
それで、リシャトリエ姉とダンクスの兄貴と、あんたを牢から出すように訴えに来たんすけど、ここから通してもらえなかったんす」
私の背後から、小山さんが答えてくれた。
「何を言ったって、聞く耳も持ちやしなくてね、いっそう突入でもしてやろうかと、旦那と話してたんだよ」
リシャ姐さんが、ふんっと顔を逸らした。
その時、いきなり顔にかかった影に顔を上げると、太陽を背にしてズーンとそびえる大魔神……いや、大山さんが。
その大山さんが、ゆっくりと腕を上げ、大きな手を私の方に向けてきた。
その、スイカぐらいなら掴んで砕けそうな掌に、私は思わずぎゅっと目を閉じて体を縮めてしまう。
がしっ、と音がつきそうな感じで、大山さんが私の頭を、わわわわわ鷲掴みに!
さっき浮かべていた、スイカが赤い汁をまき散らしながら粉々になる映像が、頭に蘇り、きょああぁぁぁ! と私は内心で絶叫を上げていた。
私の頭に手を置いた大山さんは、そのまま円を描くようにぐりぐりと回した。
その手に合わせて、私の頭もぐるんぐるんと揺れる。
っちょ! もげる! 首がもげるって! このままぽろっと逝っちゃいますからあぁぁ!!
大山さんの手の中で、しばらく回された私の頭は、大山さんの手が離れてからも、ぐらぐらと揺れていた。
船酔いのように揺れる感覚のまま、私は大山さんを見上げた。
すると大山さんは、無表情だけど、ちょっと目を細めていて。
その目が何ていうの? 象の親がやんちゃしている子象を見るときのような………つまり、深い瞳の奥に慈愛が満ちてるっていうか! すごい優しい目だったんです!
えと、これは、自惚れでなければ、心配してくれてたってことなんですかね?
さっきのあれも、頭を撫でられたってことなのでしょうか?
そう思うと、何だかとても照れくさくなって、かーっと頬に熱が集まった。
う~わ~! リシャ姐さんが大山さんに惚れたのが、分かった気がする。
普段無反応無表情なのに、ふとした時に、こんな不器用でも優しい対応されたら、きゅんときますもの!
恥ずかしくなって目を彷徨わせてたら、リシャ姐さんにも微笑ましげに見られてた! うお~~! なにこの、照れくさい空気!
内心で悶えながら、はっと、私は気になっていたことを口にした。
「えと………リシャ姐さん達は、あの、嫌じゃないんですか? ……私の、黒目と黒髪………」
ちょっと尻すぼみになったけど、私はそっと窺うようにリシャ姐さんを見ていた。
すると、リシャ姐さんは、むっと眉根を吊り上げて。
「やっぱり、その目や髪の色で、“闇の者”って濡れ衣を着せられたんだね!? まったく、上のやつらはいったい何を考えてるんだい! こんな小さい子が、“闇の者”であるはずないだろう!」
へ? は? 小さい子? え? 背が??
「黒は不吉だなんて信じてるのなんか、国の上層部や役人達、それから閉鎖的な農村の者ぐらいさ。街の人達だって、髪や目の色なんかで、人を判断したりしないよ」
そう言いながら、リシャ姐さんは私の髪を撫でてくれた。
「それに、あたし達は、ギルドの依頼で色んな人達と関わったり、色んな国に行ったりするからね、色なんか気にしやしないさ」
にこりと優しく笑ったリシャ姐さんに、私はしばらくぽかんとしてしまった。
しばらくして、リシャ姐さんの言葉を頭が理解するにつれ、私は何だか恥ずかしくなった。
ああ、もう! 私って、なんてやさぐれていたのかしら!
この国が宗教上、黒を嫌っているって聞いたからって、全ての人がそうとは限らないのに。なのにすべての人が黒を忌み嫌ってるんだって思い込んで、ひどい国だとか思っちゃって、……無くなってしまえばいいとか考えて。
ああ、何か、最低なのは私だわ。黒を気にしないで、優しくしてくれる人だって、ちゃんといるのに。それぞれの人と接してみないと、分からないこともあるのに。
そんなこと、分かっているつもりだったんだけど。
もう、あれはあの牢屋のせいなのよ! あの環境が悪いのよ! と責任転嫁をしつつ、私は深く反省していた。
「もういいか?」
そんな時声が聞こえて、顔を上げると、エル殿下がこちらに歩いて来ていた。
エル殿下の向こうに、馬を従えたシューミナルケアの騎士の人、四人が見える。きっと、エル殿下の護衛の人達だろう。
あああ、私ってばあの方達にもご迷惑を!
と、未だに小山さんにぶら下げられたまま、あわあわしていると、リシャ姐さんが「ここを離れるのかい?」と聞いてきた。
いったんエル殿下を送るためにシューミナルケアに戻るつもりなので、私が頷くと、リシャ姐さんは私の手をぎゅっと握って、
「あんたのおかげで、ダンもトニーも無事だったんだ。あんたには感謝してもしきれないよ」
と、真剣な顔でお礼を言われた。
私が首を傾げていると、背後から小山さんが説明をしてくれた。
何でも、あの屋敷で、私とフェルくんが隠し通路に入った後、どこからともなく魔物が現れたのだそうだ。
それで、警護私兵の人達と一時休戦して、魔物と戦っていたんだけど、その時に大山さんが魔物の吐いた炎に巻き込まれ、小山さんが魔物の攻撃を直にくらってしまったらしい。
その魔物の攻撃の威力に、リシャ姐さんも小山さんも大山さんも、もう助からないだろうと絶望していたのだが、何と二人とも無傷だったのだ。
ああ、なるほど、あの時私がかけた“風”と“光”の防御結界が役に立ったのか。
良かった、念のためとはいえ、一応かけておいて。
その時の魔物との戦いがどんなものだったのかは分からないけれど、三人とも大きな怪我が無くて良かったと、私はほっと息を吐いた。
「この恩は何としてでも返すからね! 困ったことがあったら、あたし達を頼っとくれよ」
リシャ姐さんはそう言って、私の手を握る手に、ぐっと力を込めた。
その手が温かくて、その真剣な言葉が嬉しくて、私は、言葉が詰まったまま、何とか頷いた。きっと、泣き笑いのような表情になってと思う。
そんな私達のやり取りを、微笑ましそうな顔で見ていたエル殿下が、すっと小山さんにぶら下げられたままの私の前に、両手を差し出した。
………え? 何ですか? その手。
ま……まさかとは思いますが、このままの状態で、私を小山さんから受け取る気じゃないですよね………?
いや、単にこのまま小山さんが、腕を下に下ろしてくれればいいですから! そしたら久々に、地面と再開することができますから!
いりません、その手、いりません!!
と、私が必死に首を振っているというのに、小山さんはゆっくりと私を持った手を、エル殿下に近づけていく。
地面に下ろして~! との懇願を込めて、小山さんを振り返れば、何だかものすごく暖かい目で見られた。
何これ! 何これえええぇぇ!! と私が内心で絶叫している間に、気が付けば私はエル殿下の腕の中にいた。てか、抱き上げられてた。
うおおおおぉぉぉい! 猫の子を受け渡してんじゃないんだぞ! 何だこの、はい、ひょい、って簡単さは! 易々持ち上げんな! 恥ずかしいわああぁぁぁ!!
下ろせ! とばかりに、身をよじると、宥めるように背中を軽く叩かれた。
いやあああぁぁぁ! 余計に恥ずかしい!!
どうした! エル殿下どうした!? こんなことする人じゃなかっただろう! この一カ月でいったい何があったんだ!!?
え? この人本当にエル殿下? まさかの別人か? 誰かの陰謀かあぁぁぁ!!
ど、どうしたら! と辺りを見回せば、大山さんや小山さんやリシャ姐さん、そして遠くにいる騎士さん達の顔が目に入った。
………………もうね、暖かいよね、みんなの目がね。お風呂だったら入り時だよ。
しかし、これは、バカップルに見られてるんだろうか? それとも、さっきリシャ姐さんも言ってたし、私が幼く見えるんだったら、えと、兄妹か、お……親子、とか?
あ~もう、いっそ後半で良いわ! わ~い! パパの抱っこ高~い!
と、私が幼児退行をしている間に、エル殿下はリシャ姐さん達と何か話し、礼を言って、くるりと踵を返した。
すると自然に、笑顔で手を振るリシャ姐さんや小山さんや、やっぱり無表情の大山さんが目に入って、すごくいたたまれない気持ちになった。