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華の降る丘で  作者: 行見 八雲
第2章
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9.たまには自棄になることもあります。



 ―――というわけで、現在はここです。




 はあ、と重い溜息が口から洩れる。


 回想に浸っていた間にだいぶ時間が過ぎていたようで、高い窓の外に見える空は、薄い青色になっていた。

 朝特有の、ひんやりとした空気に、私は体を震わせた。



 ここに入れられてから、もう三日か四日は経っているだろう。

 幸いにして、薄いスープと硬いパンだけだけど、一日に二回は食事が運ばれてはくる。


 あー、でも、この閉塞感と薄暗さに、精神的にも体力的にも、いい加減辛くなってきた。


 そりゃあ、私だって、脱獄しようと思わなかったわけではないですよ。

 何てったって、ここに投獄された理由だって、髪と目が黒いってだけで、“闇幸福論者”云々は、完全なる濡れ衣なんですからね!


 この牢獄は、一応罪人を閉じ込める牢らしく魔術封じが施されてはいるけど、私にとっては解けないほどではないし、他にも手はある。

 

 けど、このまま誤解も解かずに脱獄したら、私は国家犯罪者として追われる身になるし、ギルドの登録も抹消されるだろう。

 下手したら、ギルドからも追われることになるかもしれない。

 そうなったら、もう自由に街中を歩けなくなるし。


 何よりも、今まで出会った人達や、お世話になった人達にも、誤解されて嫌われるのが怖かった。

 そんな奴だったのかと、そんなことを企んでいたのかと、軽蔑されたくなかった。

 私と関わったことを、後悔されたくなかった。



 でも、私これからどうなっちゃうんだろう。

 異端審問で頭に浮かぶのは、魔女狩りだ。

 濡れ衣を着せられ、不当な裁判を受け、弁解も聞いてもらえずに、処刑………。

 そんな光景が頭に浮かんだ。


 ぞっと背筋が寒くなって、速くなった鼓動を抑えようと胸元に手をやれば、ちゃりっと音がした。

 ずっと首に掛け、服の中に入れてあったそれを引っ張り出せば、エル殿下からもらった首飾りで。


 警備兵に、荷物や武器や上着は取られたけど、彼らは黒を体に持つ者に触れるのも嫌らしく、それ以上身体検査をされなかったから、これも奪われずに済んだのよね。


 その透明な石を見ながら、ああ、そういえばそろそろ一月経つから、エル殿下の立太子の儀が行われる頃だろうと思い出した。

 残念ながら、出席は出来そうに無いけど。



 ―――私、このまま死んじゃうんだろうか。こんなところで。

 元の世界に還ることも叶わずに。


 そう思うと、鉛を飲み込んだように、お腹の底が重くなった。


 いや、殺されるぐらいなら、全世界を敵に回しても逃げてやるけれども。



 でも、………誰か……。


 願ってしまう、誰か助けて、と。

 ここは暗くて寒くて、独りで寂しくて、誰かに手を伸ばしたくなる。



 けれど、誰に?



 リシャ姐さん達は無事だったのだろうか。子ども達は。


 ………フェルくんは、どうしているのだろう。


 あいつが黒を持つ者だとは知らなかったと、私と関わったことを無かったことにして、私のことを忘れて、もう普通の生活に戻っているのだろうか。

 リシャ姐さん達も、私のことなんか忘れているんだろうか。



 他の人は? エル殿下は? ナディア様は? ハティ様は? カクさんは? スケさんは? シューミナルケアのお城の人達は? 他のみんなは?


 みんなみんな、私のことなんて忘れてしまったのだろうか。

 私がここで死んだとしても、誰にも気づいてももらえないのだろうか。



 この環境のせいか、思考がずるずると昏い方へと引っ張られていく。



 やっぱり、この世界に私の居場所なんてなくて。


 私はどうしてここにいるの? どうして、この世界に来てしまったの?


 誰にも気にしてもらえないのに、誰にも受け入れてもらえないのに、誰の傍にもいられないのに………存在していてもいなくても同じなのに。


 誰と関わっても、誰にも受け入れてもらえないなら、誰の心にも残れないなら、私なんていなくたって同じじゃない。


 かえりたい! かえりたい! かえりたい! 地球へ還りたい、家へ帰りたい、家族のもとへ帰りたい!!


 どうやったら還れるの? いつになったら還れるの? ………どうして、還れないの? このままずっと、還れないの……?


 どうやっても還れないなら、生きる場所が無いなら、この世界にいても、何の意味もないのに。




 それとも、この世界が………?


 この世界にいるから、還れないの? 私はこの世界に閉じ込められてるの? 縛られてるの?


 この世界があるから、還れないの? ―――この世界がなくなれば、還れるの?

 この世界で生きているから、還れないの? ―――この世界から消えれば、還れるの?



 ふと、あの隊長の苦しげな声が頭を過る。


 黒い色を持ってるってだけで、人を差別して、苦しめる世界なんて、無くなってしまった方がいいのかもしれない。


 この世界があるから私が還れないのなら、存在するだけで人を不幸にする世界なら。


 何処にも誰にも救いなんてない世界なら、無くなったって………っ!!


 いらない、いらない、いらない、いらない、いらない、こんな私なんていらない、こんな世界なんていらない、いらない、いらない、いらない、誰も、何も、何も――――――!!






                          ―――――イラナイ、ノ?













 ギイ……


 遠くから、地下牢の入り口の扉が開く音が聞こえた。

 その後、カツカツカツカツと、人一人分の足音が響いてくる。


 看守だろうか?だけど、食事を持ってくる時間には、まだ早いような………。


 何かあったのかと、途端に怖くなって、鉄格子の向こうを息を飲んでじっと見ていた。


 私のいる牢獄の鉄格子の向こうで、足音が止まる。

 そして、薄暗い中から現れたその人物は………



「まったく、お前は」



 そう言って、苦笑いを浮かべた。



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