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華の降る丘で  作者: 行見 八雲
第2章
40/75

8.いざ突入です!その3。



 所々に松明の灯された、地下へと続く石階段を、私とフェルくんは足元に気を付けながら、ゆっくりと下っていた。


 あー……、何か、やばいわこの先。

 進むにつれて、どんどん瘴気が強くなってきてる。

 空気もじめっと重くなってくるし、自然と歩調も遅くなってくる。

 フェルくんも何かを感じているのか、ぴんとした緊張感を漂わせていた。


 やがて、階段が終わり、石造りの細い通路を抜けると、途端に開けた空間に出た。

 学校の体育館ぐらいの広さの部屋は、壁や柱に松明が灯されていて、それなりに明るかった。



 部屋の中に足を踏み入れると、部屋の中は物が無くがらんとしていたが、


「っ! あれは!?」


 そんな部屋の中央には、不気味で複雑な模様の大きな魔方陣が描かれており、その魔方陣の周りには攫われた子ども達であろう、小さな人影が倒れていた。

 それに気づいたフェルくんが、声を上げる。


「おや、侵入者ですか」


 慌てて近づこうとすると、愉悦を含んだ低い男性の声がして、私達は足を止めた。

 よく見れば、魔方陣の前に一人の男性の影があった。


 警戒をしながら、ゆっくりと近づいていくと、それは見慣れた制服を着た、がっちりした体つきの、三十代くらいの男性だった。


「……テスワーク警備隊長……!?」


 フェルくんが息を飲みながら、かすれた声で呟く。


 そう、その制服は、この国で警察的役割を果たしている、警備兵の制服だったのだ。

 しかし、隊長ってことは……


「まさか、子ども達を攫っていたのは……」


 呆然としているフェルくんに、警備隊長は肩を竦め、


「いや、直接攫ったのは、伯爵の手の者ですよ。私はただ、警備の配置を教えたり、彼らを逃がすのに協力しただけです」


 何でも無いことのように、言った。


「どうして、そんなことをっ!!」


 フェルくんが声を荒げて叫ぶ。


「闇の精霊王を、呼び出すためですよ。子どもの純粋な魔力を、精霊は好みますからね」


 そんなフェルくんに対し、隊長はうっすらとした不気味な笑みを浮かべたまま、そう答えた。


 確かに、子どもの方が、身に宿す魔力に瘴気が混ざってないから、精霊としては好むだろうけど。

 けれど、魔力を捧げられたからといって、精霊はそれに寄ってくるものでもないのに。

 彼らはいったい何を根拠に、精霊王を呼び出そうとしているのか。


 んん? でも、精霊王を精霊界から呼び出すのって、この世界と別世界を繋げるってこと!?

 ということは、あの魔方陣、私が地球へ還るためのヒントになるかも!



「っ! 貴様!!」


 直ぐにでも魔方陣を見に行きたい気持ちを抑えながら、私は慌てて、今にも隊長に飛びかかろうとするフェルくんを、腕を掴んで止める。


「近づいては駄目よ、フェルくん。あの人、すごい瘴気を漂わせてる」


 私は、じっと隊長を見ながら、そう告げた。


 その隊長の周りには、不気味なほどに濃い瘴気が漂っているのだ。

 ただ、その均衡は危ういもので、隊長はまだ瘴気に取り込まれてはいないけど、それも時間の問題のように思えた。

 このまま正気を保ちながら、魔力で瘴気をうまくコントロールできれば、魔人となるのだろうけど、隊長に瘴気を抑えられるだけの魔力も、精神力もあるようには思えなかった。


「あなたにも、新たな世界の誕生に立ち合わせてあげますよ、憐れな王弟殿下」


 隊長が笑みを深め、そう口にすると、フェルくんの肩がぴくりと揺れた。


 いや、だからそれを言うなって! そんな意味深なこと言われたら、フェルくんの背景事情が気になり出すじゃないかあぁぁ!!

 私は、状況を忘れて、内心で文句を言ってしまった。はふ~。



 隊長は、目を爛々と輝かせながら、魔方陣の方へと体を向けた。

 そして、彼が何かを呟いたかと思うと、倒れている子ども達の体から、魔力が魔方陣へと流れていく。

 その後、魔方陣の周りに、渦巻く様に真っ黒な瘴気の煙が立ち上り――――


 ずるり、と。


 ひえええええぇぇぇ!! またこれかーー!

 どうして、魔物っていうのはこうも!


 うう、今度は、真っ黒などろりとした液体を纏わりつかせた魔物が、魔法陣の中から這い出してきた。

 その姿はまるで、いつもお借りして申し訳ないが、某ジ○リアニメの、半端な状態の巨神兵だ。しかもその体は、石油でできているような、黒くて艶があってドロネバの液状だった。

 その魔物の体から落ちた粘液が、べちょりと辺りに落ちる。


 どう見ても魔物だ!

 しかし、隊長は恍惚とした表情を浮かべているし、フェルくんも畏怖の表情でそれを見ている。


 いやいやいやいやいや、あれを闇の精霊王様だなんて言ったら、ぶん殴られますよ!

 「貴様には、その両の目は必要無いようだな」とか言いながら、踏み潰されますからね!

 しっかりしてください! フェルくん!


 と、私がフェルくんの肩を掴んで、揺さぶろうとしたとき、フェルくんが、


「どうしてこんなことを……」


 と顔を歪めながら、隊長に問いかけた。


「……この国が、憎いからですよ。」


 私達に背を向けたまま、感情をそぎ落としたような低い声で、隊長は呟いた。


 魔方陣に半身を埋めたまま、魔物がずるりと私達や隊長のいる方へと這い出してくる。


 そんな魔物を見ながら、隊長は言葉を続けた。

 勝者の演説のように、……悲痛な訴えのように。


「俺の妹は、とても黒に近い髪の色をしていた。それは、両親が濃い色の髪をしていたから、たまたまそんな色になっただけで、完全な黒でもなかった。

 しかし、村の者達は、そんな妹を忌子だと、闇の精霊に憑かれた者だと言って、避け、嫌い、時には暴言を吐いて、村中で妹を差別的に扱った。

 両親もそんな村の者達の妄言に惑わされて、次第に妹に辛く当たるようになっていった。

 それでも妹は懸命に、ただ人の目から隠れるようにひっそりと生きていたんだ!!」


 淡々と紡がれていた隊長の言葉が、次第に激情を孕んでくる。

 隊長は、体の横に垂らしていた拳を、血管が浮くほど強く握りしめた。


「それなのに……あの子が心から信じていた親友と、恋心を抱いていた幼馴染に裏切られた時、あの子はこの世の全てに絶望した……。

 そして、自ら命を……」


 そこで、隊長はぐっと言葉を飲み込んだ。

 怒りゆえか、体が小刻みに震えている。


「持って産まれた色が何だっていうんだ!! どうしてそんなことで、あの子があんなに苦しまなければならなかった!!」


 隊長は私達の方へと振り返り、激情のままに叫んだ。

 そんな隊長の背後に、ゆっくりと這い迫ってくる魔物が見えたけれど、喉に鉛でも詰まっているかのように、言葉が出なかった。


「こんな国……こんな世界など、無くなってしまえばいい……!! ……あの子を拒絶した世界など……」


 隊長は、苦しそうに言葉を吐き出しながら、両の手で自らの目元を覆った。

 小刻みに肩を震わせる隊長は、泣いているのかもしれない。


 私はかける言葉も見つけられず、そっと隊長から視線を逸らすようにフェルくんを見た。

 フェルくんは、眉間に皺を寄せ、何かに耐えるように隊長を見ていたけど、その目の奥に、何かを羨んでいるような感情が揺れた気がした。



 目元を覆ったまま立ち尽くす隊長に、背後から粘ついた液を垂れ流しながら、魔物が手を伸ばし、


「っ、あぶな――!!」


「っひ――」


 慌てて声を上げたが、それよりも先に、魔物は隊長を掴み、その手を自らの体に刺し入れた。


 隊長は、悲鳴を上げる、間も、無く。


 ぐらんと、何かにはたかれたかのように、頭が揺れた気がした。

 キーンと耳鳴りがして、貧血のように、目の前が真っ暗になる。



 隊長の瘴気を取り込んで力を増したのか、先ほどよりもスムーズな動きで、魔物が私達の方へと這ってくる。


 魔物の体から流れ落ちた液体が、どろどろと辺りに流れ、部屋の床を覆っていく。

 魔方陣の周りにいた子ども達のいた場所にも、いつの間にか艶のあるどろりとした黒い液体が広がっていた。


「フェ……フェルくん! 早く、光の魔術を!!」


 私が声を上げると、フェルくんははっとしたように、目を瞬いて。


「『我、ここに光の魔術を発動す。清浄なる光が瘴気を排し、その清廉なる――』」


 や、やっぱり、長あああぁぁぁい!!

 は、早くしてよ! フェルくん! やつがどんどん迫ってるよ!


 私1人が焦っている間にも、フェルくんが呪文を唱える声はどこか力が無く、たどたどしくて。


「『――消化せしめよ!』」


 漸く呪文を唱え終わり、フェルくんの手から浄化の光が発せられたんだけど、フェルくんの魔力量に比して、その光はやけに弱くて。

 フェルくんの光に構わず、魔物はズルズルと迫ってくる。足元も黒い粘液で埋め尽くされようとしていた。


「ちょっと、フェルくん!?」


 フェルくんに声をかけるが、フェルくんはやはりどこかぼんやりとしたふうで。


「……俺がここで死ねば……、兄上は……」


 ぽつりと呟かれた言葉に、私はがっと頭に血が昇った。


「私は、こんなところで死ぬ気はないわよ!!」


 魔物を睨みつけながら、両手を前に出し、


「浄化!!」


 全力をつぎ込むつもりで、魔術を発動させた。



 目を焼く様な光が手から溢れ出て、辺りを真っ白に染め上げていく。

 一気に爆発した白い光は、部屋のすべてのものの輪郭を打ち消して、その途中で引っかかった黒を拭い、欠片も残さず塗り潰して――。


 その白さが目に痛くて、私はつい、目をぎゅっと閉じてしまった。



 光が消え去った後には、一切の音を閉ざしたかのような静寂が広がっていた。


 ゆっくりと目を開ければ、綺麗に瘴気が消し去られた空間には、床に描かれていた魔方陣と、倒れたままの子ども達、そして、オレンジ色の松明の光が部屋を照らしているのが見えた。

 先ほどの魔物は跡形もなく、……隊長の姿もなかった。


 何とも言えない感情が胸の中に渦巻いていて、私は深く深く息を吐いた。

 ふと隣を見れば、呆然としたフェルくんが私を見ていて、どうかしたのかと首を傾げた。


「……おまえ、……その髪と、目……」


 フェルくんの呟きに、はっと自分の髪に手をやったとき、慌ただしく階段を下りる複数の足を都が聞こえてきた。

 そして、この部屋の入り口から飛び込んできたのは、先ほどの隊長と同じ服を纏った、警備兵の皆さんだった。


「フェ……フェルベルト王弟殿下!?」


 フェルくんを見た警備兵の人が、目を瞠ってフェルくんを呼んだ……ような気がしたけど、知りませーん、私は何も聞いてませーん! とそっぽを向いていると、警備兵の人達の目がいっせいに私に向けられ、彼らは慌てて私とフェルくんを引き離した。


 そして、私の周りをいきなり警備兵が囲んだかと思うと、肩を押さえつけられ、強い力で腕を後ろに回された。


 っちょ、痛い、痛いって!


 痛みに抵抗していると、背中に回された両腕に、何か冷たいものがはめられる。

 腕を動かそうとしても、それのせいで自由に動かせなくて、ジャラジャラと鎖が動く音がするばかりだ。


 え、これってもしかして…………!


「おい! 彼女は!」


 嫌な予感に頭が真っ白になっていると、フェルくんの焦ったような声が聞こえた。

 顔を上げれば、フェルくんも警備兵の人達に、体を押さえつけられていた。と言っても、私の方へ来ないようにだけど。


「殿下は早く外へ。“闇の者”に近づいてはいけません!」


 警備兵の人がそう言いながら、フェルくんを連れ出そうとする。

 それに何とか抗おうとするフェルくんだが、成人した男の、しかも複数の人に押されて、どんどんと部屋の入口へと連れて行かれている。



 一方の私といえば、武器を構えた警備兵に囲まれ、身動ぎすらできずに、


「異端者が、闇の王を呼び出そうなどと!」


 警備兵の一人が、私に向かって、そう憎々しそうに吐き捨てた。


 あ~、どうやら、さっきの浄化の魔術の方に集中し過ぎたせいで、髪と目にかけていた目くらましの魔術が解けたみたい。

 そう確信したのは、警備兵達の、畏怖や侮蔑の目を見たからだった。




 まあ、それからあっという間に屋敷から連れ出され、檻付の馬車でどこかへ連れ込まれたと思ったら、牢屋へと放り込まれた。

 


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