7.いざ突入です!その2。
あー、まあ、幸いなことに、通路には何の仕掛けもなく、私達は黙々と真っ暗な通路を走っていた。
光を点けようと思えば出来たけど、そんなことを口に出せる状況でもなく、ただ黙って足を動かした。
やがて通路の先に、ぼんやりと灯りが浮かび上がった。
その火によるオレンジ色の光は、明らかに人工的なものだと分かる。
フェルくんと並んで通路から飛び出せば、通路の先は十畳ほどの広さの何もない部屋で、その奥に重厚な鉄製の扉が見えた。
そして、その扉の前に、一人のでっぷりとしたおじさんが立っていた。
その派手な服装と、両手にはめられた大きな石の付いた指輪はいかにもで。
「ギリヤーケット伯爵」
そのおじさんに対して、フェルくんが声をかける。
「き……っ! 貴様、何者だ!!」
扉を背にしたおじさんは、顔を真っ赤にしてフェルくんを睨みつけ、怒鳴りつけてきた。
唾でも飛ばしそうなおじさんに、フェルくんは至って冷静に、
「貴殿の悪事もここで終わりだ。貴殿が“闇の者”だということが明らかになれば、すぐに異端審問機関から捜査の手が入るだろう」
「なっ……!!」
フェルくんの言葉に、おじさんは息を飲んだ。
まあ、確かに、国教である光の精霊信仰を揺るがしかねないしね。
しかも、闇の精霊王まで引っ張り出そうとしたなんて、国家転覆を図っていると思われても仕方がないのかも。
異端審問とか、信仰に関して大抵のことは自由だった日本人からすると、ちょっと理解できない世界なんだけどね。
毅然と言い放ったフェルくんに対し、そのおじさんは顔を強張らせながらも、
「闇の精霊王の手に掛かれば、邪魔な者共など、一瞬で消し去ってくれるわ! そして、この儂こそが闇の精霊王による新たな国の王になるのだ!」
歪んだ顔で、おじさんは笑った。
ああ、うん、いかにも悪役って感じだ。
闇の精霊王を呼び出そうとした理由も、自分が王になるためですか。それをお願いする気ですか。
殺 さ れ ま す よ !!
と、何故か私の体に震えが走った。
「そんなことはさせない!」
フェルくんが強く言うと、おじさんはぎりぎりとフェルくんを睨みつけ、腰に手をやった。
そして、腰に下げていた剣を抜くと、フェルくんに向かって切り掛かってきた。
「フェルくん!」
慌ててフェルくんの前に入ろうとすると、フェルくんは私を肩を掴んで止め、自分の剣を鞘ごと抜き、おじさんの方へ躍り出た。
「うおおおおお!」
と声を上げながら剣を振り上げたおじさんのお腹に、フェルくんが鞘付のままの剣を叩きこんだ。
カハッと息を吐いて、おじさんが地面に倒れ込む。
そして、フェルくんが体勢を直しておじさんの方を振り返ったとき、おじさんの剣を持ってなかった方の手が上がった。
「危ない!」
私が声を上げると同時に、おじさんの手から風の鎌が放たれた。
フェルくんの顔めがけて放たれたそれを、フェルくんは寸でのところでかわしたけれど、風の鎌の端がフェルくんの仮面に当たり、それを跳ね上げた。
宙を舞った仮面が石の床に落ち、カシャンと音を立てて砕け散る。
「フェルベルト……王弟殿下……」
風に巻き上げられた白銀の髪が、フェルくんの額に落ちるのを見たおじさんが、目を見開いて呟いた。
次の瞬間、フェルくんは、おじさんの首元に剣を落とし、おじさんを今度こそ気絶させたようだった。
おじさんを見下ろしたまま、私に背を向けるフェルくんに、私もどうにも困っていた。
あー、今何か聞こえたかしら? いやいや、うんうん、私は何も聞いちゃいないわ。フェルくんが、ピーチョメチョメ(脳内自主規制)だなんて、はっはっは、やだなぁ、そんな物語みたいなことあるわけナイナイ!
しかも、フェルベルトで偽名がフェルだなんて、ははは、そんな安直な、ははははは……。
頑張って今聞いたことを無かったことにしつつ、私は砕け散ったフェルくんの仮面を見ていた。
「……フェルくん……」
私が声をかけると、フェルくんは僅かに肩を揺らしてから、私の方をゆっくりと振り返った。
その灰色の瞳が、不安そうに揺れた気がしたけど。
「仮面壊れちゃったけど、どうする? 下半分の方しとく?」
私が、床の仮面の破片を指差しながら聞けば、フェルくんはちょっと目を瞠った後、苦笑いを浮かべて首を振った。
「いや……もう、ばれてしまったしな」
後半の方は小声だったけど、聞こえてますから!
せっかく人が、聞いてないことにしようとしてるんだから、とぼけ通してよ! 誰かと勘違いしてるんだろう、とかありきたりな言い訳ぐらいしなさいよ! もしくは、このおっさんボケてんな、なんて暴言吐いてもいいから!
やる気見せろやぁ! と内心拳を握りながらも、私は、そう、とだけ頷いた。
「子ども達はこの奥だろう。行くぞ!」
扉を真っ直ぐに見ながら言ったフェルくんは、目元がきりりとしてて、ちょっとかっこ良かったぜい。