28.どうもお疲れ様でした。その2。
とりあえず、どうしても気になるのは………。
「結局アイゼル妃は、誰が好きだったんですかね?」
ちょっと手を上げて発言した私に、みんなの目線が集まる。
「だって、最後のヒューゴさんとアイゼル妃のやり取りだと、2人は恋人同士ではなかったようですし。愛の逃避行では無かったんですかねぇ。」
私が首を傾げると、他のみんなも頷いてくれた。
「わたくしは、お互い口にはできませんでしたが、やはりヒューゴさんだと思いますわ!」
あれ、ナディア様が元気になってる。てか、目がきらきらしてる。
「お互い口にできなかった想い。それを死して後に漸く伝えることができたなんて、すごく切ないですわ。」と、遠くを見ながら、ほうと溜息を吐いてる。
その様子は、昼ドラに心躍らせる奥様のようだ。
あれ?さっき静かだったのって、禁断の愛の世界に浸ってたからですか??
「もしくは、他に好きな人がいたとかね~~。」
やっぱり少し元気が無いような様子で、カクさんがふっと笑った。
ああ!違う!これは、様々な(精神的)苦難を乗り越えて、(精神的に)成長した者の、達観した余裕のある微笑みだ!世の中の地獄を見てきました、みたいな。
RPG風に言うと、カクノシンは(精神的な)レベルが上がった、ってことか!
んん?カクさんの名前って何だっけ?
「どうだろうな、女心は複雑だからな。」
スケさんが手に持ったカップの中を見ながら、誰にとは無しに言った。
えええ!?ス……スケさん!何ですかその意味深な発言!
過去に女性と何かあったんですか?あったんですね!?心に禁断の思い出の宝箱があるんですね!!
し……知りたい!いや、だが、スケさんのミステリアスさを今後も大事にしていくなら、そっとしておくべき!?でも気になる!!
「さあな。」
疑問を投げかけた私に対して、エル殿下は苦笑いを浮かべながらそう返した。
あっ、止めてください。その、人の恋愛事情が気になるなんて、まだまだ子どもだな、みたいな微笑ましげな眼差し!
こんなところで大人の余裕を見せ付けても無駄です!
私忘れませんからね!あなたが昨夜、カクさんのエル殿下人形をこっそり捨てようとして、カクさんの手から抜けなくて苦戦してた姿を!
「分かるはずがありません。」
ええ、ハティ様は相変わらずのクールなお答えです。
でも良いんです!ハティ様がこの話題に乗ってきた方が怖いですから!
ナディア様みたいに、頬を染めてうっとりとされても………………………見たいいいいぃぃぃ!!
「カーヤさんはどう思われます?」
興味津々に聞いてきたナディア様に、私はふっと笑い。
「私は、裏の裏のそのまた裏をひっくり返して、ウェ皇帝だと思います!」
胸元で、両方の手でこぶしを作って力説してみた。
しかし、みんなの反応は、ええ~?って、不評な感じだ。
ハティ様は、「変な呼び方をしないで下さい。」と呆れ気味。
でも、だって、すごく綺麗だったのだ。
ウェ皇帝に向けた、アイゼル妃の、あの映像の中の笑顔が、どれも。
そりゃあ、最後の方は、辛そうな顔だったり、泣き顔だったりしたけど、それ以前、きっとアイゼル妃が後宮に入るまでは、あんなふうにウェ皇帝に微笑みかけてたんじゃないかな、って思った。
でも、もし、2人が心から想い合ってたんだとするなら、今回のこの結末は………。
すれ違っちゃったんだろうな、気持ちが。お互いにうまく伝えられなかったのかもしれない。それはひどく悲しい。
やっぱり、言わなきゃならないことは、ちゃんと直接伝えとかないと、だよね。
うん、と頷いて、私はエル殿下を見た。
「殿下!」
席を立って、声を上げた。
そんな私に、エル殿下は驚いた顔をしたけれど。
「私は………」
本当はずっと考えてた。
いつ言い出そうかと悩んでたんだけど。
ぐっと言葉を飲んだ私に、みんなの視線が集中しているのが分かる。
よし、言うぞ、言うぞ。
私は、一つ息を吐いて、ぐっとお腹に力を込め。
「私、明日この城を出ようと思います!」
きっぱりと言えば、周囲から息を飲む声がした。
殿下も、目を見張って私を見上げている。
もう、エル殿下への魔術の教授も一通り終わったし、光魔術の最重要特性である“浄化”の魔術も問題は無かった。
幽霊事件の解決はおまけのようなものだったけど、帝国図書館の魔術書も調べ終わったし、宮廷魔術師や、めぼしい魔術師の方々の話も聞けた。
もう私が、ここにいる理由が無いもの。
いや、本当は、いつ、どう言おうか考えてた。
見送られるのはどうにも恥ずかしいし、別れの言葉を言うのは、何だか寂しくて。泣いてしまいそうで。
みんなを前にして、「さようなら」なんて、言いたくなくなるほどには、みんなといるのが楽しかったから。
だからと言って、いつ元の世界に還るか分からないから、「またね」って約束も躊躇われた。
いっそ、みんなが寝てる間にこっそり出ていこうかと、ちらっと考えたこともあるけど。
じっと殿下を見ていれば、殿下もしばらく真顔で私を見返し、やがてふっと笑って、「そうか。」と答えた。
その言葉に、私は、ちゃんと言えてほっとするような、勝手にも、止められなかったことを寂しく思うような、複雑な想いを浮かべながら、笑った。
うまく笑えていたかは、分からないけれど。
だって、ここはあまりにも心地が良すぎて。
いつまでも居たいと、思ってしまうから。
でも、私は還らないといけない。
きっと心配している両親や、弟が待ってるから。
家族が、必死になって私を探している姿を想像するだけで、心臓が締め付けられるほどの痛みが走る。
もういいから、自分で必ず還るから、ただ待っていて、と、せめて伝えられたらどれほどいいだろう。
あの温かい家を、優しい家族を、穏やかな日常を、思い出すだけで泣きたくなるの。
だから、いつまでもここにいるわけにはいかない。
前に、進まなきゃ。
「つきましては、報酬は誰に貰えばいいのでしょう??」
諦められないものがあるの。
今後は、更新が遅くなります。