27.どうもお疲れ様でした。その1。
「―――ということがあったんです。ボス!」
「誰がボスですか。」
いや、もうボス以外何者でもないよ!1人優雅にお茶飲みながら報告聞いててさ!
あ、どうもお早うございます。
ところ変わって、翌日のエル殿下の執務室に来ております。
やれやれも~、あれから何が何やら。
とりあえず、へろへろになったエル殿下をナディア様が支え、気絶していた―――いつからかは不明。―――カクさんをスケさんが背負い、気絶したままのバルールくんを私が抱え―――非力ですが、頑張りましたよ!―――、何とかエル殿下の寝室へたどり着いた私達は、その場で倒れ込み、全員そのまま眠ってしまったのでした。
んで翌朝、ふらふらしながら殿下の寝室を出てきたところを、仕事をしていたハティ様に出会ったというわけです。
あー、何か、ハティ様の顔を見て、現実だぁって実感しちゃった辺り、もう色々末期な気がする。
というわけで、現在、殿下の執務室で、相変わらずの、私、エル殿下、ナディア様、ハティ様、カクさん、スケさんのメンバーでお茶をしているわけなのですが。
エル殿下は、椅子に深く腰掛けてお疲れのご様子だし、ナディア様は何やらぼーっとしてるし、カクさんも遠くを見てぼーっとしてるし、スケさんはいつも通り無口無表情で紅茶を飲んでるし、誰も何も言わないから、何やらだるーい空気が漂ってます。
あ、私?私も机に頭を伏せてぐったりしてますよ。
昨夜は別に何もしてはいないんですけどね、これは、あれです。シリアス疲れ。
あんな、思い切り口出しのしにくいシリアス展開に陥られ、しかもそれに合わせてのシリアス解説を頑張ったんですよ!
もー、シリアス語彙を使い切った気分です!
そして何より、私のこの苦労が、ここにいるみんなに全然わかってもらえないのが悔しいいいぃぃぃ!!!
そう言えば、バルールくんは、エル殿下の寝室で未だお休み中です。
バルールくんの寝顔は、それはもう安らかなものでした!
長年の悪夢からようやく解放されたので、それも無理ないと思うけど。
しかし。
「私思うんですけど、バルールくんは、もしかして、ヒューゴさんの血縁者なんじゃないでしょうか。」
顎はテーブルに付けて、顔だけ上げてそう言えば、エル殿下が「そうかもしれないな。」と頷いてくれた。
最近気づいたんだけど、エル殿下って、何だかんだでちゃんと私の話を聞いてくれてたり、返事を返してくれるんだよね。
何か、それってちょっと嬉しい。
あ、それで、バルールくんに対して私がそう思ったのは、ヒューゴさんが、死んだ後に、アイゼル妃のようにお城に憑くのではなく、人に憑いてたからということと、いくらなんでも、全く関係ない人なら15年近くもヒューゴさんのような年期のある幽霊にとり憑かれていたら、精神的におかしくなっているのではないかと考えられるからだ。
つまり、バルールくんはヒューゴさんに対して何らかの耐性―――それが、おそらくは血によるものだと思われる。―――があったんじゃないかと、思うわけです。
まあ、今となっては確かめようが無いけどね。
横目でエル殿下を見る限り、エル殿下も近いことを考えているのだと思う。
テーブルに顎を付けるという行儀の悪い格好で、うだうだ考えていると、一度席を立ったハティ様が、自分の机から用紙の束を持って戻ってきた。
「こちらの方でも、ウェッテルテネス帝とアイゼルリーテ妃について調べてみたのですが、なにぶん古い記録でしたので、分かったことはあまりありませんね。」
そう言いながら、ハティ様は手元の資料を捲った。
いつの間に調べていたのでしょう!?さすがハティ様です!
私達は現場で、ハティ様はデスクワークだったわけですね!え?それって、肉体派と頭脳派ってこと??
「まず、ウェッテルテネス帝。正式には、ウェッテルテネス・ジンセレム・デュ・シューミナルケア。第29代皇帝。享年34歳。
穏やかな賢帝と評判の高い方でしたが、寵妃であるアイゼルリーテ妃が亡くなられて後、人が変わったようになり、時に室内で何事かを叫びまわりながら、剣を振り回すこともあったそうです。
身罷られた状況に関しては、アイゼルリーテ妃の肖像画のある部屋で、自らの胸を短剣で突いて亡くなってらしたのを、翌朝側近が見つけたようですね。」
ハティ様が淀みなく説明する中、私達はみんな黙ってそれを聞いていた。
あの時、“可視化”の結界の中で浮かび上がった、おそらくウェ皇帝記憶の映像。
あれには、誰に何を聞くよりも、はっきりとウェ皇帝がしたことも、彼がおかしくなった経緯も、すべて浮き彫りにされていたのだから。
「それから、病気で亡くなられたとされる、アイゼルリーテ・ジョレス・デェ・シューミナルケア側妃。享年は26歳。本名は、アイゼ・モリーナ。
彼女は平民の出自で、親が城の調理場で働いていたそうです。
それで、たまたまお使いで城を訪れた時に、幼い頃のウェッテルテネス帝と、その側近で従兄のヒューゲンバーク・ハージェス氏に出会い、しばしば共に遊ぶようになったとか。
その後、ウェッテルテネス帝が即位した際に、側室として後宮にお入りになったそうです。
彼女を寵愛していたウェッテルテネス帝は、アイゼルリーテ妃を正室に据えたかったようですが、元が平民ということで認められなかったようですね。」
へえ、じゃあ、ウェ皇帝とアイゼル妃と、ヒューゴさんは幼馴染だったんだ。
そこから始まる三角関係。うう…、あれを見た後じゃなければ、ものすごくときめけたんだけどなぁ。
反応の薄い私達に構わず、ハティ様はくいっと眼鏡を押し上げて、資料を一枚めくり。
「最後にヒューゲンバーク氏ですが、彼に関する記録は、城には全くと言っていいほど残っていませんでした。資料室の状況からすると、意図的に消されたものと考えられます。
他の資料から辛うじて読み取れたのは、彼が文武に優れ人望も厚かったということと、ある日突然姿を消されたらしいということですね。」
ハティ様の説明を一通り聞いて、みんなは同じタイミングでお茶を飲んだ。
ハティ様も資料をテーブルに置き、お茶を口にする。
アナウンサー張りの滑らかな説明、ありがとうございました!
今回のことは、おそらく後宮の生活に疲れたアイゼル妃が、幼馴染であるヒューゴさんに外に連れ出してほしいと頼んで、それに気が付いたウェ皇帝が嫉妬のあまりヒューゴさんを始末するよう命じ、思い余ってアイゼル妃まで手にかけてしまったってとこだろう。
それで、愛する者を喪った苦しみからか、自責の念からか、自らも命を絶ってしまったと。
あああああ!それでも疑問が山積みだぁ!
例えば、昨夜の瘴気の塊の本体がウェ皇帝だとして、死んだ後に徐々に瘴気が集まりああなったのか、それとも生前からすでに瘴気に憑かれていたのか。
もしそうだとすると、いつからだろう。アイゼル妃を殺してから?アイゼル妃とヒューゴさんの駆け落ちを知ってから?それとも、実はもっと前から………?
後は、あの時浮かび上がった映像だ。
いくら“可視化”の魔術があったって、さすがに人の記憶を覗けたりはしないし。他の何かの力が働いたとしか―――。
そこまで考えて、私はふーと息を吐いた。
でも、これ以上真相は探りようがないから、最終的には推測に留まるしかないんだよね。