22.作戦実行中です。その1。
少しですが、残酷な描写があります。
なんてことがあった後日。
私、エル殿下、ナディア様、カクさん、スケさんは、建物の陰から、兵士の宿舎の長い廊下を覗いています。
あれから、結局、ハティ様にその少年―――今は15歳の新兵らしい―――の名前を教えてもらい、兵士宿舎の彼の部屋を調べ、ついでに勤務時間も調べ、彼がこの廊下を通るであろう時間に、5人でここで張っているわけです。
プライバシー?え?何それ美味しいの?………一応言ってみた。
しかし、私はともかく、エル殿下とナディア様は皇族なんですよねぇ。国民にとっては、まさに雲の上の人なはずなんですよ。高貴の塊なんですよ。
カクさんとスケさんだって、エル殿下の近衛騎士をしてるくらいだから、エリートなはずなんですよねぇ。
………こんなところで張り付いてて良いんでしょうか?
みんな思い切り好奇心で動いてますよねぇぇぇ!
と、私が、大丈夫かこの国、と帝国の行く末を心配している間に、廊下の向こうに例の少年―――名を、バルール・アニンという―――らしき人影が見えた。
今はまだ遠くにいるので、目を凝らしてじっと彼を見ると、彼の背後に背の高い人物がぼうっと見え―――。
「っ…ひっ……!」
一瞬見ただけで、私は小さく悲鳴を上げて、エル殿下の背中に張り付いた。
あまりの恐怖に心臓が締め付けられて、胃の中がぐるぐるして吐きそうになる。
ぎゅうっと殿下の服を握り締めた私に、みんなが心配そうな顔をしてくれる。
ぎゃあああぁぁぁ~!見ちゃった、見ちゃったよおおおぉぉぉ!
いや、もうシャレになんない!あれはシャレになんないよ!!
もう、ここで帰ろう?おうち帰ろう!?
あれはいかんて!関わっちゃいかんて!!
怖い怖い怖いグロい怖い怖いいいいぃぃぃ!!
とりあえず、一通り脳内で叫んでから、あえて深呼吸を繰り返して何とか気を落ち着ける。
「い、良いですか?心臓の弱い方は見ない方が良いと思います。ナディア様も、見るならちらっとだけにしといたほうが良いですよ?
誰か、カクさんを支えといてあげてください。きっと気を失います。
それでは、皆様……心の準備は良いですか?…い……いきますよ?」
私の言葉に、ナディア様は、エル殿下の背中にくっ付いた私の背中に、スケさんがカクさんの背中に張り付いた。
「何で俺が前!?」と、慌ててスケさんの背後に行こうとするカクさんの肩を、スケさんががっしり掴んで支えている。
ほほほ、なんてワタクシの言葉に忠実に従って下さるのかしら。
私は、殿下の背中に顔を付け、バルールくんを視界に入れないようにしながら、一つ息を吸って言葉を唱えた。
「可視化!」
私達のいる場所と、バルールくんのいる場所はかなり離れているので、学校のグラウンド半分くらいの巨大な魔方陣が足元に現れる。
それと同時に、以前と同じように、辺りがうっすらと暗くなった。
「っ!きゃああぁぁぁ!!」
私の後ろから、そっとバルールくんを見たナディア様が、やっぱり絹を裂くような悲鳴を上げて、私の背中に抱き着いた。
むしろ、私のお腹に腕を回してぎゅうぎゅうと。
ぐええええぇぇぇ!!
っちょ、ナディア様!さっき何とか堪えた、胃の中身が出ちゃいますから!意外と腕力あるんですね!
ああ、柔らかいし良い匂いがするなぁと、癒し効果は大変ありがたいですが、私の魂が抜けそうですぅぅ!
少し抜けかけた魂で隣を見ると、案の定カクさんは白目を剝いて気絶しており、それを背後のスケさんが支えていた。
あ、カクさんからも魂が抜けてる。やは、カクさんごきげんよう。
ちなみに、エル殿下はさすがというか何というか、体を硬くして顔を逸らしただけだった。
スケさんは、カクさんの後ろからカクさんを支えつつも、目線はカクさんの後頭部だ。無表情のまま自然を装って視線を逸らしている。
いやいや、情けないと言ってやって下さるな!
そりゃあもう、バルールくんに憑いているヒューゴさんの様相はすごかった。
せめて、誰も吐く人がいなかっただけで、褒めてあげたいくらいだ!―――偉そうに言っている私は、まだ口の中が酸っぱいですが。
古い型の騎士服は、前から後ろからズタズタに切り裂かれていて、黒いシミと付いた泥で元の色が分からない。
おそらく長かったのであろう髪も、所々切られ、不揃いでぼさぼさだ。
そ……それから、ヒューゴさんを殺した犯人は、よほどヒューゴさんに恨みがあったのではないかと思われる。
だって、顔が………!体以上にズタズタに切られているのだ。元の容姿なんて面影もないくらいに。
縦横に走る傷と、そこから流れ落ちた血がこびり付いて、ヒューゴさんの顔はよほど免疫のある人でないと直視できない。
ちらっと見た一瞬で、私の頭にはヒューゴさんの様子が頭に張り付いて離れなくなった。
ううう、夢に見る!これ絶対夢に見るよ!!
あの日以来、殿下の部屋で寝させてもらってはいなかったけど、今日も集合だな、これは。
当のバルールくんは、いきなり辺りが暗くなったことに驚き慌てはしたが、背後のヒューゴさんに気付かないまま、首を傾げながら小走りで廊下を通り過ぎて行った。
うむ、あれを担いであんなに軽快に走っていけるとは、バルールくんって案外大物かもしれん。