17.授業を始めます。
とりあえず、あの幽霊の女性からの接触があったわけではなく、特に解決策も見当たらないので、この件はひとまず放置ということになった。
自らも、亡霊のようになったカクさんは、スケさんに引きずられて本日の職務へと向かって行った。
ご愁傷様です。
んで、早速ですが、今日は午後から、殿下の光魔術の練習を始めることになりました。
午前中は殿下は執務が入ってて、私は例の特別閲覧許可を頂いた図書館へと行ってきたのです。
そこで、まずは殿下の執務室で、ハティ様が用意してくれた、光魔術のテキストみたいな魔術書を見ながらやってみたいと思います。
いや、やっぱりエル殿下に間違ったことを教えちゃったら大変ですからね!
この世界の指導方法があるなら、それに倣ってみようと思ったのですが………。
まず、室内で発動しても大丈夫そうで、実用性の高い“光の防御”という項目を開いてみた。
え~、まず、発動の呪文があるのね。
なになに、『我、ここに光の魔術を発現す。我が前に光の盾を、我が後ろに光の盾を、我が右手に光の盾を、我が左………!』長いわぁぁぁ!!こんなん唱えてる間に、敵の攻撃にやられてしまうわ!!
少女アニメじゃないんだから、長々と変身シーンやっても、実は0.5秒でした、みたいな補正は適用されないんだからね!
私は黙ってぱたんとテキストを置き―――本当は放り投げたかったんだけど、ハティ様の御顔が浮かんで出来ませんでした―――、殿下と向かい合って座っていたテーブルから立ち上がった。
そして、部屋の端の方の、周りに何もないスペースに立つ。
「とりあえず!魔術の基本はイメージです。まずは私がやってみますから、殿下はそれを見てやってみてください。」
私の言葉に、殿下が頷いたのを見て、私はすうっと息を吸った。
「光の障壁。」
途端に、ぱあっと淡く輝くドーム状の光の結界が、私を包み込んだ。
ぼんやりとした光の壁の向こうで、殿下が目を見張ってるのが見える。
「これが、光魔術の防御結界です。光の防御結界は、物理的攻撃にはそれほど強くはありませんが、魔術による攻撃には完全なる防御を誇ります。
使ってみると、けっこう便利ですよ。これ。」
そう説明して、私は光の結界を消した。
「さっき唱えていた呪文は何なんだ?」
「あれは、私の故郷の言葉です。魔術を使うときに便利なんで、私はこれを使っています。」
そう言いながら、殿下の座っているテーブルの方へ近づき、近くにあった練習用の紙に、ペンで『障壁』と書いた。
「この『障』という字が、防ぐとか隔てるとか、妨げるという意味を持っています。
この『壁』という字は、そのまま壁ですね。
だから、私としては、この二文字が、防御結界のイメージと繋がるので、これを唱えるようにしています。」
私の説明に、殿下はなるほどと頷かれた。
ちゃんと説明になってるか、すごく不安なんだけど。
人にものを教えたことって、あんまり無いからなぁ。
「まあ、あの魔術書に書いてあるような呪文を使った方がイメージが固まりやすいのなら、そちらでもいいですし、他の言葉でも大丈夫だと思いますよ?」
「ならば、俺もこれを使ってみたい。」
紙の上の漢字を指差しながら、殿下は顔を上げた。
「え?殿下が普段使われている言葉じゃないんですけど、良いんですか?」
「ああ、この字と、カーヤがさっき見せてくれた結界のイメージが繋がるから、これを使った方がうまくいきそうだ。」
そう言うと殿下は席を立ち、さっき私が光の結界を披露した辺りへ立った。
そして集中するように目を閉じ、すうと呼吸を整える。
「光の障壁。」
殿下が唱えるのと同時に、殿下の周りをドーム状の光が取り囲んだ。
うん、結界自体はまだ弱い感じだけど、さすが殿下、要領はちゃんと掴んでいるようだ。
一度結界を消して、また張り直す。
それを何度か繰り返しているうちに、かなりしっかりした結界が出来るようになってきた。
そして、これなら大丈夫だろうという結界が出来たとき、私は殿下に向かって、人差し指と親指で作った銃の先を向けた。
「殿下、そのまま障壁を維持して下さいね。」
そう言って、不思議そうな顔をするエル殿下に構わず、「火の弾丸」と唱えて、指先に魔力を集めた。
人差し指の先から2センチほど離れた所に、炎が渦を巻きながら集まり球体を形成していく。
「えいっ!」
掛け声とともに弾を放てば、炎の弾は空を切りながら殿下の方へと向かって行く。
………しかし、こういう場面で「えいっ」て、何か格好付かないよね~!
今度なんかいい掛け声考えておこう。
と、私がよそ事を考えている間にも、炎の弾丸は殿下の防御結界に当たり、炎が拡散したかと思うと、シュワっと音を立てて掻き消えた。
うん、ちゃんと機能してるみたいだし。
これで、『光の障壁』は大丈夫だろう。
私が頷いたのを見て、エル殿下も安心したように笑いながら、光の防御結界を消した。
「『障壁』の防御範囲を大きくしたいなら、その分魔力を流せばいいですし。後は、いきなり攻撃されたときにでも発動できるよう、練習あるのみですね。」
私の言葉に、エル殿下も頷いた。
「じゃあ、思ったよりも早く『光の障壁』講座が終わったので、便利なのをもう一つお教えしときますね。」
私はそう言うと、掌を上に向けて「照明」と言葉を発した。
すると、掌の上に、直径15センチほどの光の球が浮かび上がった。
明るさは、日本の家で使われている蛍光灯ぐらいをイメージしてある。
それをふうと宙に投げれば、少し上に浮かんだ辺りで、光の球は停まり、その場で光を放ち続ける。
もうちょっと遠くで光らせたければ、その分力を込めて投げれば、適当なところで停まってくれるのだ。
「光だけですので、火を使って灯りを灯すより安全だと思いますよ。」
そう言って、発動の仕方を説明すれば、殿下も同じように掌に光の球を作り出した。
私のより、ちょっと光が強い。
「これは便利だな。しかも、これを高いところまで打ち上げることが出来れば、広く辺りを照らせるし、自分の居場所を教えることも出来るのだな。」
言いながら、殿下は思いっきり、光の球を高い天井へ向かって放り投げた。
バレーボールぐらいの光の球は、勢いよく天井にぶつかり、その場で停まって、部屋中を照らす。
「ああ、それは面白いですね。照明弾や、狼煙みたい。」
殿下の言葉に、私は頷いた。
暗い空高く打ち上げて、光を発する。もしくは破裂させる。
………お、あれ、もしかして、それって、あれ…?
光の魔術を使って、あれが出来そうな気がする。
日本の夏、夜空に浮かぶ、たくさんの“あれ”が―――!
「カーヤ?」
ふと浮かんだ可能性に、私はつい考え込んでしまっていたようだ。
どうかしたかと、殿下に声をかけられて、はっと顔を上げた。
おおおおお~!これは、要研究じゃぁ~~~!
出来たらさぞかし綺麗だろうと、私は内心わくわくしていた。
あ、でも、どうせなら、無事に出来たらエル殿下達に見てもらいたいなぁ。
うん、完成するまで黙っておこう。
「いえ、何でも無いです。」
にっこり笑って、首を振った。
殿下はまだ首を傾げていたが、ちょうど夕食の時間が近くなったということもあり、今日の光魔術授業はこれでお開きとなったのでした。