9.で、で、で、出たああぁぁぁ!!
そうして、また歩き始める。
城の中はぐるぐると入り組んでいて、一人で歩いたらきっと迷子になるだろうなぁと思った。
所々に魔術による仕掛けがあったり、隠し通路の入り口っぽいものがあったけど、その辺は言わずにおいた。
いや、何かまずいモノ見つけちゃったら怖いし、口封じとか勘弁してほしいしね。
城の中だというのに、かなりの距離を歩き、そろそろ疲れてきたなと思いながら、城の西側の通路の奥。
兵士の訓練場に面した石造りの建物に入ろうとしたとき、何だか嫌な気配がしてつい足を止めた。
急に立ち黙った私に、みんながどうかしたのかと声をかけてくるが、私の目は通路の奥に釘付けだった。
通路の奥は光が差さないのか薄暗く、妙な静けさがやけに不気味だった。そんな中。
ぺた ぺた ぺた ぺた………
ズル ズル ズル ズル………
誰かが裸足で石畳の上を歩く音と、スカートの裾を引きずるような音が聞こえた。
背中にぞくぞくぞくぞくぞく~っと寒気が走る。
慌てて皆の顔を見回すが、みんなは何事かと首を傾げている。
誰かが裸足で歩く音が聞こえないかと問いかけたが、みんな首を振るだけだ。
ど……どうしようと私が混乱に固まっていると、通路の奥にぼんやりとした人影が現れた。
薄暗い廊下に、ぼさぼさになった金色の髪、所々破れた泥だらけのドレスに、俯いた生気の無い青白い顔。そして、その人の周りを取り巻くおどろおどろしい黒い瘴気。
「…わ……わわわわわわわわわ……!!」
おかしな悲鳴を上げながら、アホみたいに口を開けて廊下の向こうを凝視する私に、みんなはどうしたものかと困ったような顔つきになっている。
どこかおかしくなったんじゃないかと思ってんな~!
くっそ~!あれが見えて、怖い思いをしてるのが私だけだというのが、すごく悔しい!
こうなったら、みんな道連れじゃあ!!
「可視化!」
私が声を上げると、幽霊のいる場所と私達のいる場所を囲むように、足元に大きな魔方陣が現れる。
そして、その魔方陣に覆われた範囲が、夕暮れのようにぼんやりと暗くなった。
魔方陣の向こうの廊下は真昼だから、その明るさの違いがくっきりと可視化の結界の境を浮き立たせていた。
「きゃあああああぁぁぁぁぁ!!」
いきなり暗くなった周囲に、みんなが辺りを見回していると、私がさっきまで凝視していた廊下の奥を見たナディア様が、まさに絹を裂くような悲鳴を上げられた。
おお!あれが女性の正しい悲鳴か!勉強になります!
なんて考えているうちに、エル殿下もカクさんスケさんもその女性の幽霊に気付いたようだ。
そちらに目線を釘付けにしたまま、ぴりりと空気が凍る。
ぼんやりと暗い廊下の向こうでは、裾を引きずりながら女性が廊下の突き当たりを曲がろうとし、ゆうるりと顔を上げた。
真っ青な顔色に頬はこけ、唇は血色の悪い紫色。目元は落ち窪んで真っ黒な隈で覆われている。
泥だらけでぼろぼろなドレスに、所々に着いた黒いシミ。そして、胸元には刺されたような傷跡がいくつも見えた。
その傷の生々しさに、ひっと思わず息を飲む。
焦点が定まらず虚ろな目が、私達の方へと向けられ―――。
「うぎゃーーー!!!」
「きゃあああああ!!!」
「ひいいいいいい!!!」
同時に3つの悲鳴が上がった。
上から、私、ナディア様、そして………カクさん……。
っちょ!カクさん、背中に引っ付かないで!背中で念仏みたいなの唱えないで~!!
ナディア様にも左手に抱き付かれ、身動きが取れないし!
私達の視線が、自分へと向けられていることに気付いたのか、幽霊の女性がくわっと目を剝く。
そして、ゆらりと宙に浮いたかと思うと、そのままこちらに向かって飛び掛かってきた。
ぎゃああああぁぁぁ!!なんか、アメリカ版のホラー映画みたい!
いや、日本版みたいに床を這って来られるのも怖いけど、生でやられるとこれも十分に怖い!!しかも何か速いいぃぃ!!
エル殿下とスケさんは、とっさに腰に下げてある剣に手をかけた。立派です!それでこそ騎士です!(あ、殿下は違うけど。)
………おい、カクさん……。
私は張り付くナディア様とカクさんを引きずりながら、エル殿下の背中に張り付いた。
思わぬ私の行動に、エル殿下が驚いたのが分かったけど、ぐいぐいとエル殿下を押し出す。
あ、今非道だと思ったでしょ!?違うのよ!これにはちゃんと訳が!!
エル殿下の1メートルほど近くまで襲いかかっていた幽霊が、途端に何かに気圧されたように宙で止まった。
そして、何度か挑むような仕草をしたが、結局それ以上近づくことが出来ず、諦めたように廊下の向こうの薄暗い空間へと戻って行った。
それと同時に結界も消え、辺りには昼間の暖かな日差しと、妙な静寂が残された。
私はエル殿下の背中に張り付いたままだし、その私の腕にはナディア様が、背中にはカクさんが未だしがみ付いたままだ。
エル殿下とスケさんは、幽霊の去った方を呆然と見つめていた。