アウトサイドにて
―――ここで言っておくが、篝の年齢は十四歳である。
この世界において、人は十五歳を以て成人として社会へと繰り出す為に、学校は中学までしか存在しない。
一体いつの時代の事か、と言いたいかもしれないが、そういう時代だからとしか言いようがない。
しかし、篝が学生であることには変わりないので、当然、学校に通っている―――訳ではなく、
「篝、この問題、答えは?」
「・・・23」
黒板に書かれた問題に対して、篝は暗算でもって答える。
ここはクローラル学園の教室の一つ、とある人物が『クローラル予備校』という名前で元クローラル学園生徒に勉学を教えている場所だ。
「うむ、正解だ。ここまであっさりだと、教え甲斐が無いな」
その人物というのが、今、篝たちの前で教鞭をとっている女性『クルエ・クルーラ』である。
「学はあった方がいいからな」
「流石だよなぁお前・・・」
篝の隣では、教科書の問題と格闘しているユウゴの姿があった。
「まあ、きっちり予習もしてるしな」
「そんなこと言って、ラーズに答え教えてもらって・・・・」
「ユウゴ、お前は私の出した課題を終わらせたのか?」
「へい」
ユウゴはすごすごと勉強に戻った。
(ラーズは後ろで座ってるだけだっての)
篝はため息を吐く。
「ふふ」
その二人のやり取りを、ユウゴの後ろの席のノリアはおかしそうに笑う。
一方、篝の後ろではステラがうとうとと舟をこいでいた。
それを見かねたクルエはチョークを一本取り出すと、
「起きろ」
投擲されたチョークは真っ直ぐ飛来。しかし射線上には教科書を眺める篝がいた。これではチョークは篝の顔面に直撃してしまうだろう。
しかし篝は頭を傾けて回避。チョークは篝に当たることなくステラの額に綺麗に突き刺さった。
「ふぎゃ!?」
小学生レベルの身長のステラの額に綺麗にヒットしたチョーク。ステラは涙目で直撃した額を抑えていた。
「・・・いたい」
「ステラ」
クルエが黒板を叩く。
「この問題分かるか?」
そこには、三年であるステラの学力に合わせた問題が書かれていた。
(いつの間に書いたし・・・)
「・・・えーっと」
ステラの視線が篝の背に向けられた。
「後輩の俺に助け求めんな」
「そんな!」
ステラの希望は打ち砕かれた。そうしている間にクルエが再び黒板を叩いた。
「答えは?」
「・・・・」
ステラは絶望した。そんな彼女たちを他所に、ユウゴたちとは反対の席、即ち篝たちから右側の席には、二人の篝たちの後輩、即ち一年がいる。
「・・・チッ」
その内の一人が明確な舌打ちをかました。
「せ、セラちゃん・・・」
幸い、その舌打ちは先輩である篝たちには聞こえていなかった。
後ろにいるロロを除いて、ではあるが。
その黒髪でツインテールの少女は、敵意の籠った目を篝へと向けていた。
「・・・」
その少女の名は『セラ・ブラックルック』。
クローラルなんでも事務所の一員である。
クローラルなんでも事務所は、ステラを所長とした学生によるアクトレス・エキストラ混合事務所だ。
零細ではあるがそれでもれっきとしたアクトレス事務所ではあるのだが、金稼ぎの為に非合法の仕事も引き受けている、決して白とは言えない事務所なのだ。
そして現在、アンダーグラウンドでの活動を筆頭で行っているのが篝だ。
「しっかし、まさかいつもの野郎がしょっぴかれてたとは、世の中何があるか分かったもんじゃねえな」
「犯罪をしていたんです。捕まって当然でしょう」
「それを言ったら俺たちもだけどな」
そんな会話をする篝とラーズを前に、セラは不機嫌そうな顔を隠すことなく睨みつけており、今にも舌打ちしそうだった。
というのも今回、あの『喜劇の仮面』を買い取ってくれるはずだった闇ブローカーがこちらに向かう途中で警察に捕まってしまい、来れなくなったため、代わりの業者を探しているわけである。
「なあセラ、この辺りに美味いパスタ作ってる店あるから夕飯そこで食おうぜ」
と、篝が尋ねると、
「何馬鹿なこと言ってるんですか」
と、セラは凄まじいしかめっ面と共に篝の提案をばっさり断ち切った。
「そ、そんなムキに拒否しなくても・・・」
その迫力に、篝は若干ショックを受けながらたじろぐ。
「ってか、なんか当たり強くないか・・・?俺何か嫌われるようなことしたか?」
この際だからなのか、そう尋ねると、セラは唐突に立ち止まった。
「・・・ん?」
「・・・この際だからはっきり言っておきます」
そう前置きをしたセラは、怒りの形相をもって篝を指差し、こう言い放った。
「アタシはアンタを認めない!」
「・・・・は、はあ?」
篝はいまいちピント来ていない様子だった。
「それはどういう意味ですか?」
ラーズがいつもの変わらない表情でそう尋ねると、セラはぎろりと篝だけを睨みつけたまま、つらつらと話し出す。
「男なのに戦姫なのは百歩譲って認めるわ。だけどリンカーはいつも破壊して、まともに稼げてないくせに偉そうに先輩面しないでくれる?」
「いやまあ確かにそうだが・・・」
「貴方のようなごく潰しがいると、いつまで経っても事務所の売り上げが向上しない。もっとちゃんと稼ぎなさい。じゃないと全員飢えて死んじゃうのよ」
「分かった。分かったから。とりあえずその怒りを一旦鎮めてくれ頼む」
セラの剣幕に篝は狼狽える。
セラはロロと同様、クローラルなんでも事務所に所属してまだ一ヶ月も経っていないが、既に別のバイト等で事務所の家計を支えている縁の下の力持ち的存在だ。
だからエキストラとしてまともに稼げていない篝では頭が上がらないのだ。
―――最も、それを理解していないラーズには関係ないことだが。
「・・・アクトレス試験に受からなかった腹いせですか?」
ズドォ!
と、篝の拳骨がラーズの頭頂部に叩きつけられた。
「火に油を注ぐなお前ぇ!?」
「良い度胸じゃない・・・今ここでやり合おうってことで良いのかしらぁ?」
「お、落ち着けセラ!ここで争うのはあまりにも不毛だ!」
セラが拳を鳴らして、それはそれはイイ笑顔で篝に詰め寄り始める。嗚呼、その姿はまるで炎を背負う般若のようだった。
「ってかラーズもなんであんなこと言った!?」
「八つ当たり気味だったので頭を冷やしてもらおうかと・・・」
「逆だァ!冷やすどころか燃料ぶち込んでんだよ!?『そこまでにしろ』だとかいえばいいだろうがぁ!?」
「分かりました。次からそうします」
「反省して偉いねぇ、じゃねえよ!?今はとにかくセラの怒りをどうにかしようよ!?」
「遺言は言い終えた?なら今すぐくたばれ!」
「ざけんな遺言なんざ一っ言も言ってねえよ!?」
そして繰り出されるセラの拳。ジークンドーのフィンガージャブである。篝はそれを見事に逸らしてみせる。
「・・・一丁前に防いでんじゃないわよ!」
「理不尽だろその言い分!?ってかマジで目ん玉潰す気だったろ!?」
「役立たずの眼なんか潰れてしまえばいいのよ!」
「ざっけんな反撃すっぞ!?」
遅れたが、ここは男街から外れた場所にある『アウターストリート』と呼ばれる社会のはみ出し者たちが溜まる場所。
即ち、犯罪の温床である。
「とりあえず静かにしろ、的にされるぞ」
「はあ?あのねえ、話はまだ終わって・・・」
セラが何か言いかけた時、篝は自分の頭を下げた。その頭上を、何かが通り過ぎ、セラの鼻先を掠めた。
「・・・へ?」
「お前は初めてだから知らないだろうが、ここは素人見つけるとすぐに身ぐるみどころか内臓すら持っていくところだぞ?」
気付けば、篝たちを挟み込むように、数人の女がその場に現れていた。しかもきっちり戦姫形態になってでだ。
「・・・最初に言いなさいよ!」
「文句言ってないで黙ってろ。ゴライアス」
篝が合図を送ると、突如として虚空からゴライアスが出現する。
『マスターからの命令を受諾。実行します』
ラーズの本体はゴライアスだが、実際は抜け殻に近い。それ故に、ラーズというリンカーの持ち主である篝も、ゴライアスへの命令権を有している。
「・・・へえ?」
女たちが間抜けな顔になる。
『鉄拳制裁、発動』
「あれ、死んだわよ」
「下手に変身を見せる訳にはいかねえからな」
ゴライアスが暴れた後、彼らは再び闇ブローカー探しに繰り出していた。
「というか、こんな所で直接探しに行く必要あるの?」
「ツテがないからな。適当に選ぶとそこから足がつく可能性がある。パクられた奴はその点、心配は無かったんだ。足がつかないように色々してくれたからな」
「そういうもの?」
「そういうものだ」
「はあ・・・」
ラーズがため息を吐いた。しかしセラは尚も不機嫌である。
そんなセラの様子を見かねて、篝が彼女に声をかける。
「・・・事務所の役に立ちたいのは分かる。お前、色々と頑張ってるもんな。うちの家計支える為にバイトしてくれてさ」
「・・・アンタたちがもっと稼げてたら、こんなことしてないわよ」
「んなこと言って、試験落ちたこと気にしてんだろ。だからバイトじゃなくてこっちについてきた。違うか?」
セラは視線を逸らして黙る。
「気にするな、とまでは言わねえよ。俺はどう足掻いても資格なんざ取れねえから、こうしてアンダーグラウンドで活動するしかない。エキストラは犯罪者だ。だからそんな奴らと同じことなんてするもんじゃない」
闇一辺倒の場所にて、篝はセラに告げる。
「まともな稼ぎで支えたいんだろ」
「・・・・ふん」
セラは気恥ずかしそうに、そっぽを向いた。その様子に篝は安心するように肩を落とす。
そんな二人の様子を、ラーズは後ろから眺める。そうしていると、やがてそっと視線を落とした。その先で見つけたものに足を止める。
その一方で、篝たちは目の前に現れた人物の対応に追われていた。
「「・・・・」」
目の前で倒れられたのだ。その状況を前に、二人は思考を回転させていた。
「・・・先輩、この人どうします」
「俺たちのとれる対応は三つだ。一、見なかった事にする。二、助ける。三、財布を盗むだ」
「三は論外でしょ!?ってか、まさかそんなことして日銭稼いでるんじゃないでしょうね!?」
「し、してねえけどぉ!?自販機の下にあるコイン漁ったりとかしてねえけどぉ!?」
「それはやってるでしょ!?正直に言いなさい!スリとかやってないでしょうね!?」
「・・・・・」
「目を逸らすな!さっきの感動を返せこのクズ!」
「オォイ!?それは言い過ぎだろォ!?やったとしてもガキの頃だ!?」
などと倒れた人物を他所に言い争いを続けていると、突如としてすごい響くような音が聞こえてきた。
それは、倒れている人物の腹の声だった。
「いやぁ、助かったよぉ。お金スラれちゃって一文無しだったんだ」
助けた人物とは女性だった。全身を隠すようなローブを身に纏っており、その顔を見るまでは女性だとは知る由もなかった。
「それにしても、女二人に男一人だなんて、珍しい組み合わせだね」
「別に、アンタが気にすることじゃないわ」
セラは不機嫌そうなのを隠さずそっぽを向いた。
「この辺りでリンカー買い取ってくれる業者を探してる。誰か足がつかなそうな奴知らないか?」
「というと、君たちエキストラなのかい?」
「そんなところだ」
「ふぅん・・・」
その女は観察するようにセラ、ラーズとみて、最後に篝をじっくりと見る。
「・・・・やはり人は見かけによらない、か」
「あ?」
「うん、わかった。良いよ。紹介しよう」
「良いのか?」
「もちろん、一食の恩は返すよ。ただし、一つ条件がある」
そう言って立ち上がった女は、胸に手を当てた。
「私は『オードリー・クレイナ』。君たちには私の財布を取り戻してもらいたい」
「財布ぅ?なんでアタシたちがそんな事を・・・」
「聞くだけ聞こうか」
篝がセラを遮って耳を傾ける。それにセラは睨みつけてくるが篝は無視して話を聞く。
「うん、財布をスラれたのはさっき言った通り、だけど気付かなかったわけじゃないんだ。すぐに追いかけて取り戻そうとしたさ。けど、問題の盗人が逃げ込んだ場所が、これまた厄介で」
「どこだ?」
「案内しよう」
そうして案内されたのは、アウターストリートの奥地、知る人ぞ知る、闇に輝くきらびやかな場所。
「『オアシス』か」
通称『オアシス』。いわゆる、歓楽街である。
その歓楽街―――から外れた、少し人気がはけた場所に、その建物はあった。
「いわゆるギャングのアジトって所なんだよね」
「冗談じゃない。帰るわよ」
「待てセラ。ここでブローカー見つけられなきゃ死活問題は抜け出せないぞ」
「逆に狙われて事務所を危険に晒します。帰りましょう。リスクが割りに合っていない」
「お前こういう時だけ敬語使うのやめろォ!?」
どこかのギャング事務所の前でモメる篝とセラ。
「あはは、大丈夫大丈夫。ここ結構な小物事務所だから、一人二人面子潰された所で大したことにはならないよ」
「そんな口先だけの情報で命賭けられるほど、アタシは人が出来ていないのよ」
「というか、財布盗んだ奴はどんな奴なんだよ?」
「う~ん・・・」
篝が、盗人の事を尋ねると、オードリーはどういう訳か何か躊躇うような表情を見せた。
「・・・おい、どうした?」
「・・・本当に聞きたい?」
「なんだよ?頼んだのはそっちだろ?情報は多い方がいいんだぞ?」
「それも、そう、かなぁ・・・?」
オードリーは酷く悩んでいる様子だった。その妙な様子に、三人は首を傾げる。
「なによ。さっさと言いなさいよ」
セラが睨みつけ、責めるように尋ねる。それにオードリーはやがて観念したように言う。
「ううん・・・男、なんだよね」
「は?」
「それも、子供・・・」
その言葉に、篝たちは固まる。
「・・・あれ?」
一方のオードリーは、どうやら想定していた反応とは違ったようで困惑していた。
そうして戸惑っている間に、セラが焦った様子でオードリーを問い詰める。
「なんでそれ早く言わないのよ!?」
「え!?」
「おい、ということはまさか―――って、ラーズ!?」
篝が気付いた時には、ラーズは既に建物に向かって突撃を始めていた。
「おいバカ、勝手に突撃すんな!」
篝が制止しようと声を挙げた時には建物の中に入っていた。
「クソッ!セラ!」
「分かってるわよ!」
セラが右耳につけたイヤリングに触れる。それが彼女のリンカーであることは、この場においては篝しか知らない。
クローラル学園の制服姿から、黒を基調とした戦闘服へと変化する。
「先輩は下がってて、ラーズがいないと役立たずなんだから」
「そうも言ってられっかよ。ラーズは俺の相棒だ」
「・・・勝手にしろ」
篝とセラが、ラーズを追いかけるように建物に駆けこんでいく。その様子を、オードリーは唖然とした様子で見ていた。
「・・・へえ、男の方はともかく、女の方も・・・世の中、何があるか分からないなぁ」
突撃してみれば、そこにいた組員のほとんどは壁をぶち抜かれて倒れていた。
この時代、力を持つ者は女であるため、当然、ギャングの構成員は全員女だ。
「なによアンタら!」
生き残っていた女たちが、篝たちに襲い掛かる。しかし殴り返すのはセラだ。
「舐めるな、反社ども!」
セラの拳が、殴りかかってくる敵ギャングたちを迎撃する。
しかし、セラの繰り出した拳はあっさりと掴まれてしまう。
「へっ」
「くっ!?」
学生であるセラより大人であるギャングの方が強いのは道理だ。しかし、だからこそ篝が重要な役割を果たす。
「ぐべ!?」
突如として、セラの手を掴んでいた女の横から拳が飛んでくる。
「え?」
そのままばたりと倒れていく様を見て、セラは呆気にとられる。
「このっ、よくも!」
続けて聞こえてきた声に振り返ってみれば、篝が、先ほどの女のすぐ隣にいたであろう女をその身で担ぎ上げるように投げ飛ばし、背後から襲い掛かってきていた女にぶつけた。
「ぼさっとすんな」
そしてすかさず、セラに殴りかかってきていた四人目との間に割り込み、その拳を逸らして見せる。
「はあ!?」
その篝の身のこなしに、逸らされた女だけでなく、セラ含めた他の女たちも目を向く。
いくら戦姫が男より力を持ち、エーテル以外の攻撃では怪我をせず、特異な異能を持っていても、押せば動くし持ち上げることだって可能だ。
篝がラーズと出会うまでにしていたことが、これである。
戦乙女流決闘術『流』
相手の力の方向を曲げる戦乙女流の技である。
「男のくせにっ!」
「うちらのオモチャのくせして、生意気なのよ!」
ギャングたちが一斉に篝に向かって襲い掛かる。
「セラ」
篝がセラに声をかける。
「最短で進みたい、コードスキル行けるか?」
その篝の指示に、セラは一層不機嫌そうなふくれっ面を見せた。
「チッ、アタシに命令してんじゃないわよ!」
セラがコードスキルを発動する。
コードスキルとは、戦姫、というより、全ての生物の体内を血管のように巡っているエーテルの通り道『エーテルライン』内に形成される『コード』と呼ばれる部分に、一定量以上のエーテルが流れる事によって発動する超能力である。
エーテルを自在に操り、意識的に操作する事の出来る戦姫だからこそ発動させられる能力であるため、基本的に生身の状態では使えない。
だが、その能力は千差万別、何一つとして同じものは存在しない。似たようなものが存在するだけであり、コードスキルとはその者の身体能力の延長である。
「死ねぇぇえええ!!!」
ギャングたちが襲い掛かってくる。
対して、セラが発動したのはコードスキル。
「頭きた」
それを見たギャングたちもコードスキルを発動させたが、もう遅い。
「くたばれぇええぇええええええ!!!」
セラのコードスキルは『狂化』。
人間の身体は、自身の力で自らを破壊しないように、無意識化で制限をかけている。
セラのコードスキルは、そのリミッターを自ら解除し、その精神を暴走させる。
「ガァ、あ、ァああぁあァアあああ!!!」
セラが絶叫と同時に、襲い掛かるギャングたちを薙ぎ払っていく。
(セラのコードスキルは、身体リミッターを解除するだけでなく、多少は体が頑丈になる。だが、全開で使うと当然一挙手一投足が自他を破壊する自滅兵器になるから、セラは普段から三割の出力で扱ってる。それならまだ制御可能だし、解除も出来る。ただ、出力が五割を超えると、制御不能になるから、その辺りを注意が必要、なんだっけか)
セラの暴れっぷりをすぐ傍で眺めながら、篝はセラのサポートを続ける。
といっても、今のセラには技術もへったくれもない。残った理性で力任せの技を制御しているだけに過ぎない。
その際に出来る隙を、篝がその身を張って埋めているに過ぎない。
「クソッ、さっきのガキといい、なんなんだこのクソガキどもは!?」
「女の方はいい!あのゴミ虫が一番邪魔だ!さっさと排除するよ!」
周囲の女たちが、篝へと狙いを定める。対して篝は落ち着き払っており、その様子にイラつきを隠せないギャングの一人が、篝へとナイフを突き出す。
そのナイフが篝へと直撃する――――と、思った瞬間、篝の姿が霞のように消える。
「な!?」
驚いている間に、その女は何者かに背中を押され、前へと押し出される。その足音を聞いたのか、セラが振り返り、その女の顔面に回し蹴りを叩きこみ、横の壁をぶち抜かせた。
そうなった女の背後に立っていたのは、篝だった。
戦乙女流決闘術『水月』
水面に映った月のように、瞬間的に相手の視界から外れる事でまるで攻撃がすり抜けたように錯覚させる戦乙女流の歩法である。
「クソォ!」
「悪いが急いでるんだ」
背後から殴りかかってきた戦姫に対して、篝はかがむことで回避。そしてすかさず、狂化状態のセラが蹴り飛ばす。
「飛ばさせてもらう」
そのまま、凄まじい快進撃を続ける篝とセラ。
「あ、セラ待て、こっちだ!」
「はァ!?」
「いいから!」
途中、T字路にて、左に行ったセラを引き留めた篝は、そのまま右へ向かう。
(やられた奴が右の通路に集中している。つまり、ラーズが向かったのは―――)
走り続ければ、そこには不自然に開いたままのドアを見つけた。そこを蹴破るように開けた篝は、そこでようやく足を止めた。
リンカーの登場によって、男女の力関係は逆転した事により、一時期『男性排除運動』というものが発生した事がある。
『エーテル至上主義』とも呼ばれるそれは、エーテルを一切扱う事の出来ない男はこの世に必要ないとしてこの世界からの駆逐する、という思想の元、数多くの男が何人も殺される事が起こった。
その理不尽な粛清から逃れる為に、男たちは逃げ隠れる事となり、見つかれば正義の名の元に『処分』される。
そんな地獄のような時代の名残が、今もこの世に残っている。その一つが『男街』と呼ばれる場所である。
そして、その時代で最も最悪だったのが、生まれたばかりの赤子が男児だった場合、処分する事が黙認されていたことだった。
それが今から十五年前までの事。
だから、子供が殺されるなんてことは当たり前なのだ。
(今でも・・・)
そこは、血の匂いで満ちていた。
清掃はされているが、染み付いた血の匂いというものは簡単に拭えるものではない。
どれほどの人間がここで血を流したのか、想像は出来ない。だが、一人や二人、ということはあり得ないだろう。
きっと今、最も不運なのは、その一人となってしまった、その子供だろうか。
その子供の前に跪いて、もう熱が失われた手をそっと握り締めるラーズがいた。
「ラーズ・・・」
篝がラーズに声をかけようとした時、背後でセラの悲鳴が聞こえた。
「きゃああ!?」
「っ!」
篝はすぐに振り返って、吹っ飛んできたセラを受け止める。
「あー、あー、何してくれんだよぉ」
現れたのは、顔に大きな傷のある大柄な女だった。
「お陰でうちの面子丸潰れじゃねえか。なあ、クソガキども」
その図体の大きさは女としては規格外と言えるだろう。その巨大さだけでも威圧感は凄まじいが、立場や顔つきがそのおっかなさを増大させている。
「セラ、腕大丈夫か?」
篝がその傷の女から目を離さずに尋ねる。
「舐めないで・・・ぐっ」
「その様子じゃ無理そうだな」
セラは腕を抑えていた。おそらくあの巨女からの攻撃を防いだ時のものだろう。
「・・・あなたですか?この子をこんな目に合わせたのは」
その時、抑揚のない、無感情の声が響いた。
「ああ?」
「何故、こんなことをしたんですか?一体、何の意味があったんですか?」
巨女は首を傾げていた。それでもラーズは質問を続ける。
「何故、この子を殺したんですか?」
「あ?あー、そうだなぁ・・・」
わざとらしく、理由を考える素振りを見せる、傷の女。やがて、にやりと笑って、こういった。
「楽しいから」
その言葉に、セラが嫌悪感に顔を歪めた。篝は表情を崩さなかった。
「いや、何、そいつ、アタシのシマでいっちょ前にスリやっててさ、ちょいとお灸をすえてやっただけよ。もう二度と、永遠に、こんな真似が出来ねえようにな」
「・・・殺す必要はなかった筈です」
「はあ?・・・ぷっ、あはっ、何言ってんだぁお前?」
ラーズの反論に、傷の女は面白おかしそうに嗤った。
「男なんか生きてる価値ねえだろ?バカじゃねえの?」
「―――ゴライアスッ!!!」
ラーズが叫んだ直後、巨大な拳が、傷の女へと迫った。
「ああ?」
しかし、その拳が、傷の女に直撃する直前で弾かれる。
弾かれたゴライアスが、すぐさまラーズの元まで離れさせられる。
「っ――――!!」
それでもなおも、ゴライアスをけしかけようとするラーズを、篝は手で制した。
「っ!?邪魔しないでください!」
「俺の方が効果的だ」
篝が制するようにラーズに言う。
「それに、バカでかいゴライアスじゃ、この狭い空間じゃ不利だ」
「でも・・・!」
「お前の分まで俺がぶん殴る」
篝がラーズに向かって手を伸ばす。
「だから頼む。俺に任せてくれ」
その時、傷の女から笑い声が聞こえてくる。
「アタシをぶん殴るぅ?アハ、いいぜ、やってみろよ」
傷の女が挑発する。そして、両手を広げて誘い出す。
「やれるもんならなぁ?」
その言葉に、ラーズは閉じた口の中で歯を食いしばる。だが、やがて何かを決めたように、伸ばされた篝の手を握った。
「負けたら許しません」
「ああ、約束する」
そして篝は、その身を淡い光に包み込んだ。
「エーテルの流入を確認。規定値に到達、保持者の身体機能異常無し、以下、全数値問題皆無、対象の肉体の変換を開始します―――篝さん」
「エンゲージ―――ラーズグリーズ!」
その光景に、傷の女は眉をひそめた。だが、その光が消える頃には、そこに立っているのは女へと『変身』した篝がそこにいた。
「お前、その姿―――」
フードを脱げば、もはや別人となった篝がその二色の双眸を傷の女へと向けた。そして、腰を落として構えを取ると―――一瞬で傷の女との距離を消し飛ばしてその顔面に拳を叩きこんだ。
「ぐぼっ!?」
戦乙女流決闘術『蒼火撃』
その巨体が浮き、入口近くまで吹っ飛ばされる傷の女に対して、戦姫となった篝は怒りを滾らせ、拳を握り締める。
「言っておくが、お前の番が来ると思うなよ」
ラーズの怒りと共に、篝は拳を構える。
「永遠に俺の番だ」




