エキストラ
―――文明崩壊。
その地形も気象も変動してしまうほどの大災害によって人類が築いた文明が崩壊し、世界の在り様は根底から変化してしまった。
かつて八十億にも上る人口はその数を五億にまで減らし、変化した地形によって国境は滅茶苦茶となり、中には文字通り滅ぶ国も出るほどの災害は、人類に大きな打撃を与えた。
しかし、それほどの災害を通しても人類が絶滅しなかったのは、その災害の最中で生まれたとある『希望』によるお陰であった。
大地が割れ、海が荒れ狂う最中、その奥底から溢れ出た未知のエネルギー物質。
それは、万物の中に存在する力を引き出し、人の身を超人の肉体へと変化させ、超常の力を引き起こす事の出来るそれをもって、人類は災害を生き延びる事が出来た。
その名を『リンカー』。そして万物に宿る力を『エーテル』と呼んだ。
その大災害から既に百年近く―――人類は、その傷跡を過去のものとしていた。
「―――おう、おめえさんが今日手伝いに来てくれるっていう奴か」
新生文明歴92年―――アルガンディーナ帝国都市プトレマイオス南端『クローラル』にて。
「にしてもおめえ・・・本当に帝国人か?」
「一応、育ちは帝国だ。まあ見た目も名前も外国人だが」
とある骨董品屋の前で、『天城篝』は目の前に立つ男の視線にぶっきらぼうにそう答える。その碧玉と翡翠の瞳は、文字通り宝石のようである。
「にしても、まだガキじゃねえか」
「仕方ねえだろそれほどまでに追い詰められてんだよ」
「それお前が言うのかよ・・・ったく、貧乏くじひいちまったかなぁ・・・」
男は、この骨董品屋の店主―――ではない。
彼は、この骨董品屋の店主だった男の友人だ。
「ええっと、人手が欲しいとかいう話だったか?」
「そうなんだが・・・そのガキが『戦姫』か?」
男の視線が篝の背後にいる者へ向けられる。そこにいるのは、銀の髪を持ち、更にその髪を縦ロールのツインテールにした、表情も見た目も人形のような少女が篝の傍にひっついて立っていた。
「・・・・」
その少女は何も言わない。篝を盾に男を覗き込むように見ていた。
「・・・」
男は不安そうな目で篝を見た。どうやら幼過ぎると思っているようだ。
「まあ、いいけどよ。どうせ俺らのことなんて気にしてねえ連中ばかりだからよ」
「・・・・」
男の言葉に篝は否定を入れない
そのまま、篝は男の案内のままに骨董品屋に入っていく。
「骨董品屋なんて言われてるが、ここはあいつの趣味部屋みたいな所だ。買う奴なんかいねえしあいつ自身、別の仕事で生活費やらなんやら稼いでる。それでなけなしの小遣いで安い骨董品買ってここに並べてるだけだ。まあ、たまに欲しがった奴に買った時の倍の値段で売る事もあるがな」
「なるほど。確かに骨董品屋だな」
確かに安物だったり偽物だったりと言った骨董品もどきが部屋の棚なり机なりに並べられている光景はそう言った店であることを用意に想像させる。レジもあるのだからその想像もひとしおだ。
問題なのはこの店を営んでいる店主。
「そいつが、いきなり消えた。大量の血と一緒にな」
二階に上がり、扉を開ける。そこには、木の床板に、大きな血だまりが出来上がっていた。壁には血が飛んだのか血飛沫の後もある。
「この間、新しい骨董品を仕入れたとかで自慢してきた直後にこれだ」
「その骨董品を奪いに来た誰かによる犯行・・・にしちゃ、なんで死体持っていったのか分かんねえな」
篝は床の血だまりの縁をそっとなぞる。
「・・・・依り代」
そこでふと、銀の少女がそう呟いた。
「やっぱお前もそう思うか?」
「依り代?」
「お前、俺たち呼んで正解だ。確定とは言えないが、『戦姫』案件で間違いない」
「じゃあ、やっぱり・・・」
「例の骨董品、なんだったか分かるか?」
篝が男に尋ねる。
「いや、話してくれただけで、実際に見た訳じゃ・・・」
「じゃあ、何か言ってなかったか?そいつがどんな見た目だとか、伝承だとか・・・」
「なんか、すげえ人から買い取ったとかなんとか・・・」
「すごい人、ねえ・・・」
篝は、窓の方を見た。窓は全開になって開いていており、カーテンが風に揺らされている。
「・・・嫌な予感しかしねえ」
「・・・出ますか?」
銀の少女が篝に尋ねる。篝は頷いて、踵を返す。
「今から犯人を捜す。危険だからお前はここにいろ」
「ま、待て!そっちのガキとともかく、お前も行くのか?」
「分かってる事を聞くな」
篝はそのまま階段を降りようとした。そこで彼の持つ携帯に着信が入る。
「え、携帯!?」
「俺だ」
男の驚きを他所に、篝は電話に出る。
『先輩、見つけました』
「場所は?」
『骨董品屋から北西、真っ直ぐ市街地へ向かっています』
「チッ、面倒だな」
骨董品を飛び出た篝たちは、すぐに北西へと駆け出した。
黒い、巨大な塊が、鈍重な足取りで道沿いに北西を目指して移動していた。
足取り、と言って良いのか分からないが、その塊には六つの『手』があった。
その手が、昆虫のように地面に手を付き、その巨体を持ち上げ、ゆっくりと市街地へと向かって突き進んでいた。
まるで鈍重。しかしその手をついたアスファルトの地面が砕けているのを見る限り、その質量は凄まじい事が容易に伺える。
そしてその進行方向―――おそらく頭の位置に、妙な仮面が二つ、左右に取り付けられていた。
そんな鈍重な怪物に、視認出来る位置まで篝たちは追いつく。
「やはりブラックリンカーかっ!」
「ブラックリンカー!?なんだそれは!?」
「説明は後だ!今すぐあれを止めねえと」
篝は銀の少女の方を見る。
「行けるか!?」
「いつでも」
少女は無機質な表情を崩さない。しかしはっきりとそう答えた。
「よし、それなら―――」
その時、上空から何かが黒い塊の上に落ちた。
数は四つ、それぞれ違う色の光を迸らせて、黒い塊に何かを叩きこんだ。
そして最後、五つ目の光が、その黒い塊を前から真っ二つにした。
その衝撃が、篝たちに襲い掛かる。
「ぐぅっ!?」
「うおあ!?」
男はその場で転んでしまう。
「・・・もう来たのか」
篝は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべていた。
そこにいたのは、五人組の女たち―――。
「―――ブラックリンカーの沈黙を確認」
その戦闘に立つのは、槍を持った長髪の女。その腕には赤い腕章―――。
(アクトレス・・・・)
篝は横にいる男を見た。その男は、その五人組を見て、何故かがたがたと体を震わせていた。
「お、女・・・ぐえ!?」
篝はその男を蹴っ飛ばして路地裏に叩きこんだ。それに気付いた槍の女がこちらに気付く。
「なにすん―――」
「ここの住人か?」
「っ・・・!?」
槍を持った女が、篝に向かってそう尋ねた。
「・・・そうだ」
篝は静かにそう答えた。
「お前には聞いていない」
しかし女は篝たちに近付きながらそう答えた。それもその筈、その女の視線はずっと篝の背後に隠れる銀の少女に向けられていた。
しかし、銀の少女はその女の視線から逃れるように篝の影に隠れる。
「ふむ・・・」
それを見た槍の女は、槍を握り直すと、歩く速度を徐々に引き上げ始めた。
それを見た篝は思った。
(やっぱりか)
気付けば、女は走り出していた。しかもその速度は、常人のそれを超えていた。
数秒も立たぬ間に、女の槍の射程に、篝が入ってしまう。
「っ!」
そして、恐ろしい速度で振るわれた槍が、篝の胴体へ向かって薙ぎ払われる。
だが、その前に篝と銀の少女が同時に後ろに飛び、かろうじて射程から逃れることで回避に成功する。だが風圧によって吹っ飛んでしまう。
「うおあ!?」
吹っ飛んで、辛うじて着地する篝と銀の少女。
「一応聞くけど、なんで攻撃してきた」
「口を慎め、男」
女の篝に対する視線はどこまでも冷たかった。背後にいる女たちの視線も同様だ。
「このような事態、看過する事は出来ない。よってこれより、『男区』での捜索活動を実施する」
その言葉に、篝の目が細くなる。
「どういう意味だ?」
「そのままの意味だ。このようなものがいきなり発生するなど、尋常なことではない。犯人はおそらくここに潜んでいる・・・ならば、探すのが道理というものだろう?」
その時の女の表情は、事情を知っている者ならば、物語っている、と言うだろう。
それほどまでに、醜悪な笑みを浮かべていた。
「・・・」
その女たちに、銀の少女は険しい顔を向けていた。
「そんな顔をしないでくれ。たかだかゴミ溜めの中から目的のものを探すだけだ。何故そんな顔をする?」
女の物言いに、銀の少女はさらに篝に近寄る。その様子が面白くないのか、女は篝へと険しい表情を向ける。
「貴様、怪しいな・・・女であるその子が、何故そこまで貴様に懐く?」
その言葉に、路地裏に叩きこまれた男は、小さく縮こまる事しか出来ない。
(お、終わりだ・・・)
男が怯えて震える理由。それは、今の男と女の力関係にある。
百年前、リンカーがもたらした恩恵は、確かに災害を凌ぐに至った。しかし、その恩恵を誰もが得られるわけではなかった。
リンカーを扱えるのは、女性のみ。男性はリンカーを扱う事は出来なかった。
それ故に、災害によって有耶無耶になっていた男女の力関係が逆転。尚且つ、大災害において何も出来なかった男たちの立場はなく、力を得た女たちは男たちを支配するようになった。
そうして出来上がったのが『女尊男卑』『女性至上主義社会』の成立だった。
男は奴隷に、家畜に、虫けらとなり、女は上位に、君主に、支配者となった。
そうして、男に対する人権は無いに等しくなり、その存在は、もはや種馬以上の意味を持たなくなった。
(災害を退け、英雄となった筈の女たち。その時の名残から、リンカーを使った状態の女たちを、誰もが『戦姫』と呼ぶ。けど・・・)
篝は膝をついたまま、女をじっと見つめる。
(・・・醜姫に改名した方がいいだろ)
次の瞬間、女が槍を振るった。
「っ!?」
次の瞬間、篝の左腕が僅かに斬り裂かれる。
「ぐっ!?」
「篝さん・・・!?」
怪我を負った篝を見た銀の少女の表情が、初めて崩れる。目を見開き、篝の肩の切れた服に滲んでいく赤黒いシミを見て、銀の少女の雰囲気が変わる。
「―――っ!」
「おい」
そんな銀の少女の頭を、篝は怪我したほうの手で抑える。
「落ち着け」
そんな篝に、女の槍が突きつけられる。
「その子をこちらに渡せ。さすれば然るべき処置をもってもてなしてやろう」
高圧的な態度をもって、女は篝へ要求する。しかし、篝はしばらく女の顔を見上げていると、唐突に口を開いた。
「・・・なあ、お前ら素人か?」
「何?」
「ここで会ったのも何かの縁だ。良い事教えてやる」
「貴様に教えられることなど何も―――」
「仕留め切れてないぞ、あれ」
女の背後で何かが握りつぶされる音がした。
何かと思い振り返れば、そこには黒い手に掴まれ、胴体を握りつぶされた四人の部下たちがそこにいた。
「・・・・は?」
その光景に、女の思考が停止する。
「分かりやすく仮面がついてただろうが、それを何もせずにいるからこうなる」
女は既に篝の言葉を聞いていなかった。部下をやられた怒りからか、槍を構えて黒い怪物へと襲い掛かる。
黒い怪物は、握り潰した女部下たちを、槍の女に向かって投げる。
槍の女はそれらを躱し、槍を振るった。槍がアスファルトの地面を走った時、迸った斬撃が地面を砕き、黒い怪物の視界を潰す。
「死ねっ」
その潰した視界を縫って、女は、まず右の仮面をその槍で貫いた。だが、その瞬間、黒い塊の中から、何かが槍に纏わりついた。
「え・・・・」
―――男が女に勝てなくなった理由。
大災害時、世界各地で発生したリンカーは、女性のみ、絶大な恩恵を与えた。
リンカーとは、万物に宿り、特に生物に多く、血液のように巡る高次元エネルギー『エーテル』を現実へと表出させる物質だ。
リンカーを使うことで、それを所有する女は、その身を高次元身体『ヴァリアブルスキン』へと変換し、エーテルを自在に操る事の出来る存在へと昇華させる。
それが世間一般で言われる『戦姫』であり、かつて人類の希望と言われた存在であった。
戦姫が『希望』と謡われた理由は主に三つ。
一つ、ヴァリアブルスキンへと肉体を変換した戦姫は、エーテル以外での攻撃では一切の傷を負わない。
例え、どれだけの高度から落下しようとも、どれだけの力で殴られようとも、どれだけの深度の水の中に沈められようとも、その体が傷つく事は決してない。
二つ、ヴァリアブルスキンへと肉体を変換した戦姫は、その身体能力が強化される。
おおまかにして素の身体能力の三から四倍。その身体能力を以てすれば、どれだけ屈強な男であろうと捻り潰すことが出来るようになってしまう。
三つ、ヴァリアブルスキンへと肉体を変換した戦姫は、その身に宿る特殊能力を引き出す事が出来る。
それは『コードスキル』と呼ばれ、個人に一つ、超常現象を現実に引き起こすことの出来る力を得る事が出来る。
それ故に、戦姫になれない男は、女に勝つことは出来ない。
それ故に力関係が逆転し、女は男を支配するに至った―――筈なのだが。
「くそっ、抜けな―――」
槍の女が黒い怪物の拳に叩き潰される。
地面はエーテルで出来てはいないから、地面に叩き潰される事自体にダメージは無いが、拳によるダメージは明らかだ。
「か・・・は・・・」
そのまま、黒い怪物はその女を持ち上げる。その胴体を握り締める力に、徐々に強くなっていく。
「ぎ・・・ぁ・・・」
このままでは握りつぶされてしまうだろう。そんな女の様子を見て、今の今まで隠れていた男は、引き攣った顔で呟く。
「へへっ・・・ざまぁ」
そのまま女は、黒い怪物の拳に握りつぶされる―――。
「―――ゴライアス」
―――前に、黒い怪物が吹っ飛ばされる。
その光景に男は唖然とし、女は手から解放されて地面に落ちる。
「ったく、見ていられねえ」
何が起きたのか。それを理解する前に聞こえた声に、男の視線が移る。
そこに立っていたのは、篝だ。その傍にはあの銀の少女が立っている。だが、それだけではない。
巨大な怪物が、その背後に控えていた。
「ひぃ!?」
それを見た男は、腰を抜かしてその場に座り込む。そんな男の反応を気にせず、篝は倒れ伏す女の元へ向かう。
「おい、生きてるか?」
声をかけるが、返事はない。しかし、僅かだが呼吸をしており、視線はちゃんと篝の方を向いていた。
「一応、確認したがさっき投げられた奴らも辛うじて生きてる。だからあとで救援要請でもしておけ」
しゃがんでいた状態から立ち上がり、篝は吹っ飛んで建物に突っ込んでいた怪物がはい出てくるのを確認した。
「ラーズ、解析は?」
「はい。篝さんの見立て通り、あの仮面をはぎ取れば沈黙します」
「依り代になった奴は?」
「死んでいます」
「なら、遠慮する必要はねえな」
篝と銀の少女。そしてその背後に鎮座する怪物。
その怪物は、金属の身体をもっていた。上半身のさらに上半分とアンバランスなまでに巨大な剛腕。そして怪物のような頭部をもった、文字通りの機械の怪物であり、その機体はどういう原理か浮いていた。
そんな怪物を従えるかのように、篝と銀の少女は立ち上がる怪物を見る。
「早く仕留めましょう」
「嗚呼、今回も頼む、ラーズ」
篝が左手を差し出す。それに銀の少女―――ラーズと呼ばれた少女はそっち握り返した。
そして、二人の周囲に、淡い光が迸る。
「―――エーテルの流入を確認。規定値に到達、保持者の身体機能異常無し、以下、全数値問題皆無、対象の肉体の変換を開始します」
互いに握りしめた手。そこからラーズに向かって、淡い青色のエーテルが流れ込む。そのエーテルを受け、ラーズだけでなく、篝の身体すらも淡く光り出す。
「篝さん、言葉を」
ラーズが静かに篝に求める。その言葉を受け、篝は高らかにその言葉を放つ。
「エンゲージ―――ラーズグリーズ」
淡い光が迸り、二人の姿を包み隠す。
本来、戦姫になれるのは女だけ。男はリンカーに触れても、それを使う事はできない。
だが、例外が存在しないわけではない。
本来エーテルとは、全ての生物の中に巡る高次元エネルギー。本来は感知する事が出来ないそれを、リンカーを通す事で感じ取る事が出来るのが女だけなのであって、男にエーテルが存在しないわけではない。
ただし、エーテルを扱える男は、現在に至るまで確認されていない。その理由は分からない。
だが、それでもここにいる。
淡い光に包まれた篝の身体が、徐々に丸みを帯びていく。短い髪が伸び、輪郭が変化していく。
そうして、光が収まった後、そこにいるのは、先ほどの少年ではなかった。
灰色の制服姿から一転、黒のジャケットと短パン、黒のパンストで覆われた足など、あらゆる肌の露出を遮断した装束に身を包む、フードで頭を隠した少女がそこに立っていた。
その隣には、ラーズが衣装を軍服のような恰好に変えた以外に変化のない姿でそこに立っており、明確な変身をしたのは少女―――少年だった篝だけだった。
篝がそのフードを脱ぐ。そこにあったのは、変身前とは全く違う、少女の顔があるだけ。
しかし、その相貌の碧玉と翡翠の瞳だけは、彼女が彼であるという事の証左と言えよう。
戦姫となり、怪物の前に立つ篝。
「仮面を同時に破壊する。行けるか?」
「無論です」
篝が確認し、ラーズが応じる。直後、黒い怪物の真っ黒な楕円形の胴体から、無数の手が伸びる。
それを二人は左右に分かれて躱す。先に飛び出したのは篝であり、低姿勢で滑空するような走り方で、襲い来る無数の手を回避していく。しかし、その行く手を阻む様に手が先回りをする。だが、そうであっても篝を捉える事は出来ない。
篝は一回呼吸をした。その後、踊るような動きで襲い掛かる手の攻撃を躱す。
戦乙女流決闘術『フェアリィダンス』
まるで風のように掴み所の無い動きで攻撃を躱し、掻い潜る。そして、正面から近付いた所で篝は拳を握り締める。
そして、そのまま真っ直ぐにその巨体に拳を叩きこんだ。
戦乙女流決闘術『祓石火』
その巨体が宙に浮き、吹っ飛ぶ。しかし、先ほどの機甲の怪物―――ゴライアスに殴られた時とは違い、黒い怪物はなんとか地面に手をついて踏み止まる。
そして、再びその体から手を繰り出し、篝を捕まえようとする。だが、注意が篝へと向いた所へ、塀を伝って黒い怪物の上から襲い掛かるラーズとゴライアスの姿があった。
「換装」
ゴライアスの右手が変わる。巨大な拳から、巨大な槍へと変わったそれをもって、ゴライアスはその巨体にその槍を突き刺した。だが、突き刺した瞬間、その槍に体から生えた手が掴んで捉える。
しかし、それが狙いだった。
「延伸」
槍がその半ばから割れ、伸びる。そのままその巨体を貫き、その穂先は地面に突き刺さった。そして、地面の中でかえしが開き、黒い怪物をその場に固定してしまう。
「固定完了」
ラーズは伸びてくる手からゴライアスと共に逃れる。
そして、再びゴライアスの右手を拳に戻し、やや斜め上から、黒い怪物の左の仮面に狙いを定める。
同時に、篝が右の仮面を狙い、突撃してくる。
黒い怪物は、それをさせまいと手を全身から繰り出す。しかし、その手が二人と一機の攻撃を防ぐ事は出来なかった。
戦乙女流決闘術『蒼火撃』
「『ギガナックル』」
まるで火が走るが如き鉄拳と全てを粉砕するような剛腕の一撃が、それぞれの仮面を打ち据え、砕く。
そうなった黒い怪物は、まるで悶え苦しむように数秒暴れ、やがて力尽きるようにその場に倒れ込んだ。すると、その黒い体が無数の粒子となって、空中に霧散した。
その様子を見届け、篝はほっと息を吐いた。
「対象の沈黙、消滅を確認・・・ブラックリンカーの鎮圧を完了」
「手当を終えました」
戦闘終了の後、あの五人組の手当を済ませた後、怪物が消えた場所へと戻る篝たち。
その黒い怪物が消えた場所には、二つの死体があった。
一人は、首を大きく斬り裂かれた男、もう一人は―――
「・・・・」
「件の骨董品屋か」
変身を解除した篝は、少年の姿でもってその男の顔を覗き込んだ。
「近寄んな」
そんな篝に向かって、今まで隠れてた男が、出てきてはそう言ってくる。
「女が俺の友達に触ろうとしてんじゃねえ」
「・・・・」
男は篝を睨みつけるように見ていて、篝はその視線を逸らす事なく受け止めていた。
その男に、傍に立っていたラーズが口を挟む。
「何か勘違いしていませんか?」
そう言ったラーズに、男は鋭い視線を向けるが、ラーズは気にせず、淡々と言葉を続けた。
「篝さんは男ですよ」
「嘘吐くんじゃねえ!」
「何を根拠に男だと」
「そいつ戦姫になってたじゃねえか!?女以外が戦姫になれる訳ねえだろ!?」
「なれますよ」
叫び散らす男の剣幕なと知った事ではないかのように、ラーズは淡々と言葉を並べていた。
「篝さんはなれるんです。男でありながら戦姫になる事が」
「ふざけんじゃねえ・・・そんな奴いてたまるか・・・」
「自分が惨めになるからですか?」
ラーズの言葉に、男が凍り付く。
「何も出来なかった。みすみす死なせてしまった。無力な自分を誤魔化したい。だから篝さんを女と言って責め立てる。自分を攻撃しないと高をくくっているから・・・そんな自分が惨めにならないように、必死に言葉を並べ立てて、優位に立とうとしている」
男の身体が、強張った。しかしそれでもラーズは言葉を続ける。
「見下げ果てたものですね。自分が被害者だから何を言っても許されると思っているんでしょう?でも、どこかの段階で貴方はなんとか出来たのではないのですか?たとえば・・・」
「・・・・れ」
「これを買う事を、止める事が出来たんじゃ―――」
「だま―――」
男の感情が爆発する。前に、
ぽかっ
「あう!?」
篝がラーズに拳骨した。
「・・・何するんですか」
頭を抑えて抗議するラーズ。
「・・・言い過ぎ」
一方の篝は殴った拳を見せつけて咎めた。
「まあ、他人にどうこう言われる筋合いはねえが、お前の気持ちも分かる。この事に気付いたのは一年前だからな」
男は尚も疑いの目を篝に向けていた。それに構わず篝は死体となった骨董品屋の方を向く。
「だからどうって訳でもないんだが、俺の予想から伝えると、たぶん利用されたな、こいつら」
「り、利用・・・?」
篝は、骨董品屋のすぐ傍に落ちている砕けた仮面を拾い上げる。
「リンカーってのは、基本的に大きく二種類に分けられる。まず、一般の女が使っているリンカーを『パーソナルリンカー』。今じゃもう、身分証明なんかにも使えるな。リンカーは、最初は真っ白な結晶みたいなもので、そこに個人のエーテルを流すとそいつに見合った形に変化する。何しろ、エーテルってのは個人ごとに全く同じものなんてないからな。指紋と同じだ。・・・って知らなかったなそう言えば」
「結局どういう事なんだよ」
「まあ、そこらへんの草で全く同じものはないだろって話だ。まあそれは良い。んで、もう一つはこの仮面やこいつみたいな自分の意思を持ったリンカー『リコレクトリンカー』だ」
篝はラーズの頭に手を置いて撫でる。ラーズは気持ちよさそうに目を細めた。
「リコレクトリンカーは、古今東西、あらゆる場所の伝説や伝承、果ては噂レベルに至るまで、それらを呼び水としてエーテルが一つの伝承に類する既存物質、もしくはその土地そのものの一か所に収束し、リンカーとなったものを差す。こいつらの場合、高密度な固有エーテルを持っているために、それぞれに意思が宿っている。ただまあ、ここまで実体化して自分の意思で話すリンカー自体、かなり珍しいがな。でだ。ここからが本題なんだが」
ラーズを撫でるのとやめて、篝はその仮面を男の前に突き出す。
「こいつらは何かしらの理由でその素体を黒く変色させ、人類に対して危害を加えようとしてくる」
「黒く・・・?」
「そう、それが『ブラックリンカー』。そうなると、依り代を探して捕まえ、そいつを則って、その感情のままに暴れ出す。そうなるととれる手段は二つ、停止させるか、破壊するかだ」
そう説明しながら、篝はその仮面を以て、ゴライアスの方を向く。するとゴライアスの胴体がばかんっ!と開いて、そこに仮面を投げ入れた。
「今現在、中央部ではこういった現象が社会問題になってる。黒化したリンカーによる暴走で発生する被害が後を絶たねえんだ。だからこうして、回収と封印処置を施すんだ。提出すれば金も手に入るしな」
「金稼ぎって・・・そうか、そういう事になってんだな」
「けど油断するな。お前らにだって縁の無い話じゃない」
「は?なんでだよ?」
「エーテルってのは、全ての生物に内包されている高次元エネルギー。リンカーはただ単純に女だけが使えるだけで、男の中にないわけじゃないんだ。それにリコレクトリンカーが何かの間違いで、こんな辺鄙な所に現れる可能性だってある。もしくは外から持ち込まれたり、どこかの子供が拾ってきたりすることだってある。奴らは何を利用しても自分の目的を果たそうとする。だから、見つけたら絶対に誰も近付けるな」
篝は、男の方を向いて、その胸に拳を当てる。そして、顔を近付けて、念を押すようにもう一言告げる。
「いいか、絶対にだ」
その言葉の重さを、男は何も言えなかった。
そんな男の様子を、篝は少し見て見かねた後、安心させるように微笑んで肩に手を置いた。
「まあ、そうならない事が一番だがな」
そうして篝たちは踵を返す。
「何かあったらまた連絡してくれ。なるべく対応してやるから」
「篝さん、バイクは骨董品屋の所です」
「・・・・」
篝がその場で停止した。そのまましばらく、その事実を噛みしめるように数秒、その場に留まった。
そして、走り出した。
「急げ!盗まれてるかもしれない!」
「了解です」
「お、おい、一体なんだってんだ!?」
「バイクおいてきたんだよ!運転できねえお前らには分かんねえだろうがなァ!?」
「何言ってんだおめぇ・・・」
「って、お前はゴライアスで移動するな!?」
「篝さんは体力作りの為に走ってください」
「ざけんなお前も走れェ!」
慌ただしく去っていく篝たちを、男はぽかんと見送るしかなかった。
「・・・・なんなんだあいつら」
この世界は、リンカーのもたらした恩恵によってその在り方を変えた。
力を得て高慢となった女たち。虐げられて諦観する男たち。
そして、その間で藻掻こうとする者。
そのような人類の在り方の他所で、黒化し暴走するリンカーに対処し、破壊、もしくは回収を目的とする者たちがいる。
年々増加していくブラックリンカーの被害に対して、世界各地でブラックリンカーの対処に奔走。
結果、戦闘員による対ブラックリンカー戦闘を行う専門組織の『アクトレス』が発足した。
女全員がリンカーを保有する中で、戦闘員としてリンカーの使用を公的に許された者たちである。
しかし、そんな公的組織を他所に、闇でブラックリンカーと戦う者たちもいる。
アンダーグラウンドで戦い活動する者たちを、人々はこう呼んだ。
『エキストラ』と。




