守る男
フロアの照明は半分が落とされ、窓の外では雨が降っていた。
橘修司は腕に抱えた資料の束をぎゅっと抱きしめ、社内を駆け抜けていた。
サーバーが止まった。
システムの不具合で復旧の見通しは不明。
重要書類のバックアップが失われる危険がある
――そう聞いた瞬間、彼は席を立っていた。
「セキュリティ室のカメラも死んでる。なんてタイミングだ……」
額の汗を拭いながら、橘は誰にともなく呟いた。
噂によると産業スパイが金庫室にあるUSBメモリを狙っているらしい。
「急がねぇと....」
橘は誠実な男として有名だ。自分より後輩を優先し、不正を許さない。
誰もが信頼していた。
「橘さん!」
声をかけたのは美咲だった。両手にファイルを抱え、息を切らして追ってくる。
「一人で動かないでって言いましたよね。危ないですよ!」
「産業スパイもいるって話だ。一人で動いた方が動きやすい」
「でも――」
美咲は震えている。
巻き込みたくはない。
「危険だから君は大人しくしておけ」
短く言い切ると、橘は困ったように笑った。
その笑顔に、彼女はそれ以上言葉を挟めなかった。
橘は金庫室の奥へ向かう。
監視カメラのランプが消えているのを確認して、ふと時計を見る。
午後十時半。
「あと三十分……間に合ってくれ」
低くつぶやく声は、まるで締め切りに追われる社員のように聞こえた。
ポケットから出したUSBメモリを金庫の奥に押し込む。
「橘さん」
不意に背後で声がした。
振り返ると、軽口で有名な同僚・小田が立っていた。
「お前、まだ帰ってなかったのか」
「いやぁ、外で警備員が不審者見たとかで。なんかピリピリしてんなーと思って」
橘は笑った。
「そうか。気をつけろよ」
その声には焦りがある。
こんなことをしている場合じゃないんだ。
橘の身体は震えていた。
やがて小田が去り、静寂が戻る。
橘はしばらく動けずにいたが、やがて息を吐き、金庫を開けた。
中から本物の黒いUSBメモリを取り出す。
金属のように冷たい感触が、掌に沈む。
「……ようやく、だ」
彼はスマホを取り出し、持ってきた書類にカメラを向ける。
残り3枚。
その時。
背後のドアが開く音がした。
「橘さん、何してるんですか?」
美咲の声だった。
振り返った彼は、咄嗟にスマホを隠し、作り笑いを浮かべる。
「USBメモリはちゃんと中にあるみたいだ」
美咲の心配そうな顔が安堵で緩む。
「こんなトラブルがあるようじゃ、この会社も危ないかもしれないな」
橘が呆れたような声で言うと、
「私はこの会社好きですけどね。みんな家族みたいで」と呑気な声色で答える。
「そっか、君は好きなのか」
そう呟くと、後ろ手で3枚の書類を折りたたみポケットに入れ金庫室を出る。
直後ビービーと警告音が流れ橘は慌てて振り向くが、監視カメラの赤いランプが点灯したのを見て安心する。
「お、復旧したみたいだな」
金庫室の扉が閉まるのを確認し2人ともホッと息をつく。
時計を見るとあと十分で午後十一時。
「これで守れたな」
橘は美咲にそう言って小走りでかけて行った。
約束の場所に走りながら橘は思う。
誰を、何を守っているのだろうと…
頭に浮かんだ内容を形にするのって難しいですね。
書き手の皆さんに対する尊敬が増していくのを感じます。




