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夏祭りの花火と村の池

作者: きだおさむ

僕の住む村では、お盆の時期になると夏祭りがあります。

この時ばかりは、都会に出ていった人たちも帰省してきて、村はいつもよりずっと賑やかになります。

祭りの夜には、色とりどりの花火も打ち上がります。


久しぶりに高校まで一緒だった同級生たちと顔を合わせることができます。

そして、都会の大学に通っている僕の彼女にも。


僕は高校を卒業した後、大学に進みたいという気持ちはありましたが、勉強が得意ではなく、結局村に残って父の農作業を手伝う道を選びました。

高校生の頃、彼女とは夏祭りの夜、近く森の池で二人きりで花火を見たことがあります。

夜空に咲く花火も、隣にいる彼女も、本当にきれいでした。


あの頃と同じように、その夏祭りに僕は、彼女を池へ誘いました。

でも、彼女の様子はどこかよそよそしい。

都会に出た友人から、彼女が大学で親しい男性といるという話を聞いていました。

問い詰めると、彼女は「もう別れたい」と静かに言いました。


僕は、未練がましいとは分かっていました。

それでも最後の思い出に、あの池で一緒に花火を見たいと頼みました。


浴衣姿の彼女が、祭りにやってきました。

お風呂上がりだったのでしょうか、シャンプーのやわらかな香りが漂っていました。


花火を見ながら、僕はどうしても別れたくないと必死に訴えました。

あの頃の楽しい時間を、ひとつひとつ語りながら。

でも、彼女は首を横に振り、僕を嫌いだと言いました。

「自分勝手だ」と。

そして、あの頃の思い出さえ「つまらなかった」と切り捨てました。

僕のすべてを、否定しました。


頭に血が上った僕は、彼女を押し倒しました。

背後には池があり、彼女はそのまま水の中へ。

浴衣を泥に汚された彼女は、僕を激しく罵りました。


――殺すつもりなんて、なかったんです。本当に。

でも、そのときの僕には、彼女を静かにさせるには池に沈めるしかない、そう思ったんです。


彼女が姿を消したあと、村では夏祭りの後片付けをしていました。

僕も作業を手伝いました。


でも心の中は、昨夜の池の記憶が焼きついて離れませんでした。


濁った水に沈んだ浴衣…

おびえた彼女の瞳…

耳にまだ、かすかな叫び声が響いている…


彼女の不在は、村人たちに知れ渡っていきました。


そんなある日、友人が僕に声をかけてきました。

「お前、彼女と歩いてただろ?」

心臓が止まる思いでした。

見間違いだろう、と笑ってごまかしました。


しかし、よくよく聞いてみると、日にちが違うのです。

それは彼女を池に沈めた後の日でした。


ところが、別の友人も「僕たちを見た」と言いました。


――ありえない。彼女がいたなんて。しかも僕と。


僕自身、その時間は自分の家にいました。


その夜、僕は人目を忍んで、森の池に行きました。

彼女が沈んでいるのを確かめるために。


夜の闇の中、僕は森の木の影に、浴衣の彼女の後姿を見つけました。


生きていた。

彼女は生きていたのです。


彼女の名を呼ぶと、振り返りました。

あの夜と同じ顔、同じ姿で、僕に微笑みました。


恐怖より先に、足が勝手に動き出しました。

僕は彼女の後を追いかけました。


彼女は、池へ向かいます。


水面は暗く、そこから気になる臭いが漂ってきていました。

それは、死体の匂いでした。


水面には、白い泡が浮かび、手が浮かあがって来ました。

女の、細い指。

彼女の手でした…


僕はハッとしました。


「隠さなくては!」


彼女は、やはり死んでいたのです。

僕の心が、彼女の幻影を見せたのかも。


僕は池の中に入りました。


背後から、彼女の声がしました。

「あなたを愛してなんていなかった…」

振り返ると、うなだれた彼女がいました。


濡れた髪が体に張り付き、泥に汚れた浴衣からは水が滴っていました…


そのとき、花火が上がりました。

祭りはとっくに終わっているのに…


花火の光に照らされた女の瞳は、底なしの暗さでした。


「一緒に、来てくれるよね…」


恐ろしさのあまり彼女を突き飛ばした僕を、池の中から伸びた手がつかみました。


僕は叫びましたが、花火の音にかき消されました。


体が池の中に沈められていきました。

冷たい水の中に…

肺は焼けるように苦しいのに、彼女は笑っています。


「なぜ殺したの?」


違う!

僕は君と一緒にいたかっただけなんだ…


池の水で息ができない。


最後に見えたのは、夜空に咲く大輪の花火。

水面にその光が美しく映るなか、僕を呑み込んで、池の波紋は消えました…

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