4話 図書館の怪異
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「……うそ」
——頭が真っ白になる。膝が笑って、その場に崩れ落ちそうだった。
――ペタ! ペタペタペタッ!
足音が迫る。
相手もこちらの弱り具合を感じ取ったのか、音の間隔が明らかに速くなった――。
——そして、私はその正体を双眸に収めた。
「はうぅぅぅぅ。まってぇぇぇ」
「…………………………へっ?」
聞こえてきたのは、なんとも間の抜けた声だった。
どのくらい抜けているかと言えば、先ほどまでの恐怖が一瞬でどうでもよくなるほど。
声の主を探すが、どこにもいない。
すると視界の下に、ちんまりとした手のひらサイズの人型が見えた。
「おなかへったですぅ。くらいのいやなのですぅ。おいてかないでぇ」
『あぅ』と足元に転んで動かなくなった。
どうしよう。
さわってよいものかどうかと逡巡し、人型に触れてみた。
「ひぃ、いじめないでぇ」
人型は、両手で頭を抱えながらぶるぶると震え出した。
「いじめませんよ? えっと、あなたは?」
「はぅ! にんげんさんとこみゅにけーしょんとれたです。たすけてーおなかへってるですぅ」
「お腹が減ってるの?」
「そうですぅ、ちからでぬのですぅ」
人型はそういって両手をパタパタと振っている。
少し考えて、おやつ用に持ってきたカレーパンに手をつけてないことを思い出す。
カバンから取り出して封を開けて、どうぞ、と人型の前に差し出す。
「これはなにですか?」
「カレーパンです。おいしいですよ?」
「ざらざらしてますが?」
「表面はそうかもですけど、中はカレー入っていておいしいですよ?」
「これはざらざらしすぎです。こんなにざらざらしていてはたべられぬです」
なるほど、小さいから衣が口に合わないのかもしれない。
どうしよう、と考えたところ、スティックシュガーの存在を思い出し、試しに一袋開けて差し出してみる。
「おお! こういうざらざらしているものをきたいしてたです!」
さっき同じ理由で拒否していたと思ったけど、細かいことは気にしない。
スティックシュガーを逆さにし、ちんまい口にざらざら流し込んで食べだした。
「ふあぁ、まんぷくです~。ありがとさんです」
「あなたは誰?」
「さぁ?」
「さぁ、って」
話を聞いてみると、ずっと以前からこの図書館に住んでいるそうだ。
普段は人が来て賑やかだったが、ここ最近は誰も来なくなった――おそらくは一時閉鎖になったのが原因だろう――。
心細い思いをして過ごしていたところ、私がきたので追いかけてきたらしい。
「つまり、あなたは資料室にいたの?」
「しりょうしつってなんです?」
「司書さんは、あなたがいることを知っているの?」
「さぁ?」
「あなたはどこから来たの? お仲間は?」
「おなかまってなんです?」
「ごはんは? さっき砂糖食べてたじゃない?」
「ひとのあつまるへやにたくさんあったのでもらってたです」
会話の調子は終始こんな具合である。
『ひとのあつまるへや』は職員待機室のことだろう。
まとめると館内に以前から住んでいて、職員のおかしを食べながら暮らし、誰もこなくなったから私を追いかけた、と。
三角帽子にダッフルコートのような服を着ている。
童話の世界に出てくる小人に似ていたため、『小人さん』と呼ぶことにした。
状況を整理して安堵したとたん、疲労とケガが一気に押し寄せ、その場に座り込んでしまった。
先ほど鼻を強打して鼻血を出していたことを思い出す。
まだ血が止まっておらず、見てみたら制服も血まみれだった。
「けがしてるです?」
「うん、走っている時にぶつけたの。ッツ!」
軽く鼻を触ると激痛が走った。
鼻血の量からすると骨が折れているかもしれない。
とりあえずポケットティッシュを取り出して抑えているけど、血は止まらず流れ続ける。
「ツ~~~ッ!」
「けが、みていいです?」
小人さんはちょこちょこと私の肩口までよじ登ると、そっと鼻に手を添えた。
するとその小さな手から、俄かに光が溢れだし、じんわりと痛みがひいていく。気づけば、鼻血もすっかり止まっていた。
「すごい! あなたそんなことできるの?」
「さきほどのたべもののおれいです。いたくなぁい?」
「他にも何かできるの?」
「えーっと、こういうことできるです」
小人さんは唐突に背を向けると、空中に手を突き出した。
また手のひらが俄かに光りだし、現れたのは――でっかいトカゲ!?
それもただのトカゲじゃない。
全長3メートルはある、まるで怪獣映画から抜け出したようなやつだった。
「きゃあああああああああああああああ!」
無理、無理無理! 私は反射的に絶叫していた。
「はぅ、ごめんなさいー」
小人さんは謝ると、すぐにトカゲは消えて頭を抱えて震え出した。
「あ、ごめんなさい! 突然だから驚いて! 怖がらないで。ね?」
まだ頭を抱えて震えている。
思い悩んだところ、スティックシュガーがまだあることに気が付いて、もう一袋差し出してみる。
「ほら、小人さん。これでご機嫌をなおしてもらえる?」
「おお! にんげんさんはかみさまのようにおやさしいです!」
「あなた、現金ねぇ」
あまりの可愛らしさに笑ってしまう。
お口をいっぱいに開いて、ざらざらむしゃむしゃと砂糖を頬張る姿はしあわせそうで、心が和んだ。
「しあわせの~しろいこな~♪」
……うん、その言い方は非常にマズいやつだよ?
ややアウトな気がするが、苦笑いして見守ることにした。
小人さんを肩に乗せて、出入り口まで移動する。
途中、外に出ようと窓を調べたが、やはり金具が溶けたように変形しており、開けられなかった。
「小人さん、これも小人さんの仕業?」
「あぃ?」
尋ねてみるが、肯定とも否定ともとれない微妙な反応でよくわからなかった。
おそらく勘では小人さんの仕業だろう。こんなこと小人さんしかできない。
本人から聞き出せないのであれば、しょうがなかった。
再度扉の前にきて押してみるが、やはり外から南京錠をかけられたようでこちらも開かなかった。
「はぁ、これからどうしよう……」
「とびらあけたいですか?」
「え、開けられるの?」
小人さんは相槌を打つと、扉の前に手をかざす。
するとカチャリ、と錠が外れて落ちる音が聞こえた。
「すごい! なんでもできるのね!」
「えっへん。にんげんさんはおかえりです?」
そう聞かれて、脳裏にあることを閃く。
「ねぇ小人さん、ちょっとお願いがあるんだけど聞いてもらえる?」
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