1話 プロローグ
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月の光も差し込まない館内、深い暗闇が廊下を覆っていた。
「……ハァ……ハァ……ハッ……」
逃げ続けてどのくらいが経つだろう。
呼吸を繰り返して喉奥が張り付きそう。途中で何度も咳き込みながらも、できる限り足音を立てずに廊下を走った。
「……ハァ……ハァ……アッ! ……ハァ、ハァ、ハァ!」
足が重い。息が切れる。肺が潰れそうに痛い。
視界の悪い状態ではまともに走ることすら難しい。
方向転換する度に手や膝を壁にぶつける。
先ほども勢い余って強かに鼻を打ち付けた。
鼻血が垂れる感覚を覚えたが、壁にぶつかった痛みより、今は大きな音を立ててしまったことに恐怖する。
————ペタ、ペタ、ペタ。
「ヒッ!」
情けない声が漏れる。
惨めな気分になって瞼が熱くなったが、今は走るしかない。
今夜は茹だるような熱帯夜。
いつもだったら自室でクーラーを利かせながらアイスでも頬張っているはずなのに、今の私ときたら深夜の図書館に一人閉じ込められている。
「なんで……こんな目に……!」
走りながら悪態をつく。
こんなことを言ってもまるで意味がない。だというのに腹の内から沸きだす言葉を止められなかった。
————ペタ、ペタ、ペタ。
背後から迫る、人のモノとも動物のモノとも違う足音。
それが執拗に追いかけてくる。
足がもつれる。息が喉でつかえて苦しい。もう限界が近い。
鼻血が止まらず呼吸もままならない。
もはや足を引きずるようにしか動かせなかった。
それでも壁に手を当てながら廊下を曲がったのだが――。
――そこは行き止まりだった。
「……うそ」
——頭が真っ白になる。膝が笑って、その場に崩れ落ちそうだった。
――ペタ! ペタペタペタッ!
足音が迫る。
相手もこちらの弱り具合を感じ取ったのか、音の間隔が明らかに速くなった――。
——そして、私はその正体を双眸に収めた。
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