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Ghetto Angel 少女が世界を変えるまで  作者: 天野椿/あおたか
2 君が想像する愛よりも
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神隠し

 ひと眠りした後の夜、平和の森公園の広場に集まった彼らの多くは、今までと違った様子だった。

 これまでと人数は変わらないけれど、知っている顔が減った気がする。入れ替わりになるように増えた初顔の多くは、常にスマートフォンを握り締めたまま、きょろきょろと周囲を観察していた。

 煌々と照るドラム缶の周囲は、いつもより密度が薄い。たばこの灰を落としたカズハは、広場の端で座り込みながら口を開いた。


「あの人たちって、みんなあの子を探してるのかな」

「多分、そうじゃない?」


 ぶっきらぼうに聞こえる彼女の口調。目の前を通り過ぎる人々が、私たちのことを意に介さないまま話す。


「あの女、本当に東京にいるんだよな?」

「そりゃお前、今どっかへ飛んだら気づくだろ」

「だよな……動画さえ撮れりゃ金貰えるんだから、さっさと出てきてくねぇかなぁ」


 すぐ行われた答え合わせに、二人して黙り込む。人探しをしている中で「たくさんの人間が集まる場所」ということを聞きつけた人が集まったのだろうか。踊り疲れて休んでいる人に聞き込む人や、すれ違う顔をいちいち凝視する人。

 今までのレイヴとは、明らかに雰囲気が異なっていた。


「……こういうの、嫌いだなぁ」


 地面に仰向けになったカズハ。座ったままの私が顔を見ると、腕で目元を隠した彼女が言う。


「なんでだろうね。変わらないままでいてほしいものばっかり変わって、変わってほしいものはそのまま」

「……」


 彼女の問いかけに、私は何も答えられない。真夜中の公園は、今までとは質の違う喧噪が夜を占めている。

 スマートフォンを握り締めている人々の歩く先はまばらで、ここにはいないと見切りをつけて去っていく人もいた。

 そんな中、遠目に見えた光景に声が漏れる。


「……カズハ、あれって」

「……ん?」


 カズハが上体を立たせる。

 炎の近く、熱狂している輪から出てきたばかりの女性が、スマートフォンを持った男に腕を掴まれていた。離してほしそうに腕を振り回す彼女だけど、強く握られた手は払いのけられない。

 女性の姿にはなんとなく見覚えがあって、私が初めて来た夜にもいたような気がする。


「はぁ……本当に」


 ズボンを払い、立ち上がるカズハ。彼女が向かおうとするより早く、私の足が前に出た。


「カレン?」

「わ、私、行くから――カズハも来て!」


 背中に光を受けて、嫌がる女性。

 私には、どうしても他人事に思えなかった。小走りで土を蹴り、どんどん近づく。


「離してよ! あんた何!?」

「うるせぇな、コンタクトかなんかしてんだろ!?」


 カラフルなシャツを着た女性は、相手の男を睨みつけながら腕を振る。青みがかった髪は写真の彼女より濃く見えるし、私には別人にしか思えない。

 けれど、彼らにとってはその程度の差異は問題ないのかもしれない。白い肌を掴んだ彼は抵抗をものともせず、顔を自身に向けるように顎を掴んだ。

 ――ダメ。


「ちょ、ちょっと……!」

「……あ?」


 男の顔がこちらに向く。睨んでくる視線で顔を一瞥すると、空いている手で私の腕を掴んだ。


「なんだお前、お前もあの女を探してるクチ? なら悪ぃけど」

「そ、そういうんじゃなくて……乱暴は、やめてください……」

「あぁ? なんだお前――」


「その人、あなたが探してる人じゃないよ」


 声の方向――私の後ろに目が行ったところで、一瞬腕が緩む。私と女性が腕を振ると、ほとんど同時に手が離れる。そのまま暗闇へ走り出した彼女を見て、男は焦るような声を上げた。


「あっ! テメェ……」

「ここの人たちだって、彼女のことは探してる。ちょっと髪の色が似ているからって、ここにいる人に乱暴しないでよ」


 カズハの言葉に、苛立った男は声を荒げる。


「お前らが匿ってる可能性だってあるだろうが!」

「……ここは、そういう連帯は無い場所だよ。群れて乱暴するあなたたちと違って」

「テメェ――」

「まぁまぁまぁ!」


 私たちと男の間にやってきたのは、サノさんだった。彼は私たちに背中を向けて、男と話し出す。


「俺も写真の女は探してるんだけど、あれは俺のツレだわ! だから、ここではちょっと勘弁してくんねぇ? 別に、人探しなら全然やっててくれていいからさ!」

「……本当だな?」

「おぉ、マジマジ!」

「チッ……」


 サノさんの口調に毒気を抜かれた彼は、私たちをちらりと見た後すぐに立ち去る。力みを取るように肩の力を抜いたサノさんは、そのまま私たちに振り返った。


「あの手の輩はちょこちょこ見てたんだけど、今日は特に多くて……ありがと!」

「わ、私は何も……」

「何言ってんの! カレンちゃんが声掛けしてくれたから、サキやんも嫌な思いせず済んだんだから!」


 サキやん――彼女のことだろうか。スマートフォンでチャットをするサノさんに、私の背後のカズハが近づいた。


「えっと、サキやんは……」

「あの女の人、そんなに探されてたんだね」

「カズ! カズもありがと! ……そうだなぁ、働かずに一年は食える金って言われてるから、結構必死で探されてるよ……俺も、仕事前には毎日探してるし」


 チャットを済ませたスマートフォンを、ポケットにしまうサノさん。


「……サキさん、似てないのにね」

「だよなぁ!? あんなに小綺麗じゃねぇねぇし、金持ってそうな感じでもねぇし、そもそも若さが――」

「おい、なんか言ったか?」

「……あ」


 戻ってきた彼女――サキさんが、彼の耳を指でつまむ。冷や汗を垂らすサノさんは、そのまま彼女に思い切り引っ張られた。


「いたいいたいいたい! 勘弁してくれよ――」

「カレンちゃん、だよね。カズのとこにいる」

「は、はい……」


 耳に爪を立てながら、私に顔を向ける。すらりとした立ち姿の彼女は顔をじっと見ると、手を握ってぶんぶんと振った。


「ありがと! 助かった!」

「いや、全然……結局カズハ頼りでしたし」

「いや……あたしなら怖くて見なかったフリすると思うから、偉いよ――カズが見つけた子なだけある!」

「え? えへへ……そう、ですかね」


 彼女をだしにして褒められると、少しこそばゆい。


「ちょっと、サキやん? そろそろ! 痛いから! マジで!」

「恥ずかしいからって、いつまで昔の呼び方なんだよ!」

「あーもう――サキ!」

「……ん!」


 呼び方が変わったのを確認して、サキさんの指が耳から離れる。耳をさするサノさんに、カズハが笑いながら声をかけた。


「ふふっ……敵わないね、サキさんには」

「ほんとになぁ……昔っからそうだよサキは……」


 痛がっていたけれど、文句を言う口は緩んでいる。そんな彼に鼻息荒く怒りながらも、まんざらでもない様子で腕を組むサキさん。

 私でもわかるような、二人の関係。思わず笑ってしまうようなそれに、私も口元がにやけてしまう。

 ――羨ましいくらい、微笑ましい。

 積み重ねを感じるやり取りや言葉遣い、私が知らない二人の話なんて、語りつくせないくらいあるのだろう。


「あいつの運営も手伝ってくれてるって聞いてて、挨拶したかったから……よかった! ほんとにありがとね!」

「いや、そんな……えへへ……」


 手を握ったサキさんからの誉め言葉を受け止めつつ、私は微笑んでいるカズハの横顔を一瞥した。

 私と彼女には、まだこんな積み重ねはない。――やっぱり、もっと知りたい。


 私たちへの礼と、お互いの愚痴をしばらく聞いていたところで、彼女の手は離された。


「じゃあ私、ちょっと休むから――あんたも、カレンちゃんとかカズちゃんに頼らないでね! いい歳なんだから!」

「はいはい……」

「二人も、またね!」


 私たちに手を振りながら、後ろ歩きで去っていくサキさん。カラフルなシャツが、炎の光が届かない暗闇に溶け込んでいく。

 三人になったところで、最初に口を開いたのはカズハだった。


「サノさん、ちょっと」

「うん?」

「知らない人が増えたのとは別で――今まで来てた人が減ってない?」

「まぁ……気づくよな、そりゃあ……」


 頭に手を置いて、ため息をつくサノさん。周囲を確認すると、私たちを口元へ手招きする。促されるがまま耳を近づけると、彼は囁いた。


「北東京のゲットーにいた連中が、みんな連絡取れなくなってんだ。今日いないのも、その辺の連中。他の連中からは『神隠しに遭った』なんて言われてるよ」


X:https://x.com/G_Angel_Project

次回更新:6/23 7:05前後

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