神隠し
ひと眠りした後の夜、平和の森公園の広場に集まった彼らの多くは、今までと違った様子だった。
これまでと人数は変わらないけれど、知っている顔が減った気がする。入れ替わりになるように増えた初顔の多くは、常にスマートフォンを握り締めたまま、きょろきょろと周囲を観察していた。
煌々と照るドラム缶の周囲は、いつもより密度が薄い。たばこの灰を落としたカズハは、広場の端で座り込みながら口を開いた。
「あの人たちって、みんなあの子を探してるのかな」
「多分、そうじゃない?」
ぶっきらぼうに聞こえる彼女の口調。目の前を通り過ぎる人々が、私たちのことを意に介さないまま話す。
「あの女、本当に東京にいるんだよな?」
「そりゃお前、今どっかへ飛んだら気づくだろ」
「だよな……動画さえ撮れりゃ金貰えるんだから、さっさと出てきてくねぇかなぁ」
すぐ行われた答え合わせに、二人して黙り込む。人探しをしている中で「たくさんの人間が集まる場所」ということを聞きつけた人が集まったのだろうか。踊り疲れて休んでいる人に聞き込む人や、すれ違う顔をいちいち凝視する人。
今までのレイヴとは、明らかに雰囲気が異なっていた。
「……こういうの、嫌いだなぁ」
地面に仰向けになったカズハ。座ったままの私が顔を見ると、腕で目元を隠した彼女が言う。
「なんでだろうね。変わらないままでいてほしいものばっかり変わって、変わってほしいものはそのまま」
「……」
彼女の問いかけに、私は何も答えられない。真夜中の公園は、今までとは質の違う喧噪が夜を占めている。
スマートフォンを握り締めている人々の歩く先はまばらで、ここにはいないと見切りをつけて去っていく人もいた。
そんな中、遠目に見えた光景に声が漏れる。
「……カズハ、あれって」
「……ん?」
カズハが上体を立たせる。
炎の近く、熱狂している輪から出てきたばかりの女性が、スマートフォンを持った男に腕を掴まれていた。離してほしそうに腕を振り回す彼女だけど、強く握られた手は払いのけられない。
女性の姿にはなんとなく見覚えがあって、私が初めて来た夜にもいたような気がする。
「はぁ……本当に」
ズボンを払い、立ち上がるカズハ。彼女が向かおうとするより早く、私の足が前に出た。
「カレン?」
「わ、私、行くから――カズハも来て!」
背中に光を受けて、嫌がる女性。
私には、どうしても他人事に思えなかった。小走りで土を蹴り、どんどん近づく。
「離してよ! あんた何!?」
「うるせぇな、コンタクトかなんかしてんだろ!?」
カラフルなシャツを着た女性は、相手の男を睨みつけながら腕を振る。青みがかった髪は写真の彼女より濃く見えるし、私には別人にしか思えない。
けれど、彼らにとってはその程度の差異は問題ないのかもしれない。白い肌を掴んだ彼は抵抗をものともせず、顔を自身に向けるように顎を掴んだ。
――ダメ。
「ちょ、ちょっと……!」
「……あ?」
男の顔がこちらに向く。睨んでくる視線で顔を一瞥すると、空いている手で私の腕を掴んだ。
「なんだお前、お前もあの女を探してるクチ? なら悪ぃけど」
「そ、そういうんじゃなくて……乱暴は、やめてください……」
「あぁ? なんだお前――」
「その人、あなたが探してる人じゃないよ」
声の方向――私の後ろに目が行ったところで、一瞬腕が緩む。私と女性が腕を振ると、ほとんど同時に手が離れる。そのまま暗闇へ走り出した彼女を見て、男は焦るような声を上げた。
「あっ! テメェ……」
「ここの人たちだって、彼女のことは探してる。ちょっと髪の色が似ているからって、ここにいる人に乱暴しないでよ」
カズハの言葉に、苛立った男は声を荒げる。
「お前らが匿ってる可能性だってあるだろうが!」
「……ここは、そういう連帯は無い場所だよ。群れて乱暴するあなたたちと違って」
「テメェ――」
「まぁまぁまぁ!」
私たちと男の間にやってきたのは、サノさんだった。彼は私たちに背中を向けて、男と話し出す。
「俺も写真の女は探してるんだけど、あれは俺のツレだわ! だから、ここではちょっと勘弁してくんねぇ? 別に、人探しなら全然やっててくれていいからさ!」
「……本当だな?」
「おぉ、マジマジ!」
「チッ……」
サノさんの口調に毒気を抜かれた彼は、私たちをちらりと見た後すぐに立ち去る。力みを取るように肩の力を抜いたサノさんは、そのまま私たちに振り返った。
「あの手の輩はちょこちょこ見てたんだけど、今日は特に多くて……ありがと!」
「わ、私は何も……」
「何言ってんの! カレンちゃんが声掛けしてくれたから、サキやんも嫌な思いせず済んだんだから!」
サキやん――彼女のことだろうか。スマートフォンでチャットをするサノさんに、私の背後のカズハが近づいた。
「えっと、サキやんは……」
「あの女の人、そんなに探されてたんだね」
「カズ! カズもありがと! ……そうだなぁ、働かずに一年は食える金って言われてるから、結構必死で探されてるよ……俺も、仕事前には毎日探してるし」
チャットを済ませたスマートフォンを、ポケットにしまうサノさん。
「……サキさん、似てないのにね」
「だよなぁ!? あんなに小綺麗じゃねぇねぇし、金持ってそうな感じでもねぇし、そもそも若さが――」
「おい、なんか言ったか?」
「……あ」
戻ってきた彼女――サキさんが、彼の耳を指でつまむ。冷や汗を垂らすサノさんは、そのまま彼女に思い切り引っ張られた。
「いたいいたいいたい! 勘弁してくれよ――」
「カレンちゃん、だよね。カズのとこにいる」
「は、はい……」
耳に爪を立てながら、私に顔を向ける。すらりとした立ち姿の彼女は顔をじっと見ると、手を握ってぶんぶんと振った。
「ありがと! 助かった!」
「いや、全然……結局カズハ頼りでしたし」
「いや……あたしなら怖くて見なかったフリすると思うから、偉いよ――カズが見つけた子なだけある!」
「え? えへへ……そう、ですかね」
彼女をだしにして褒められると、少しこそばゆい。
「ちょっと、サキやん? そろそろ! 痛いから! マジで!」
「恥ずかしいからって、いつまで昔の呼び方なんだよ!」
「あーもう――サキ!」
「……ん!」
呼び方が変わったのを確認して、サキさんの指が耳から離れる。耳をさするサノさんに、カズハが笑いながら声をかけた。
「ふふっ……敵わないね、サキさんには」
「ほんとになぁ……昔っからそうだよサキは……」
痛がっていたけれど、文句を言う口は緩んでいる。そんな彼に鼻息荒く怒りながらも、まんざらでもない様子で腕を組むサキさん。
私でもわかるような、二人の関係。思わず笑ってしまうようなそれに、私も口元がにやけてしまう。
――羨ましいくらい、微笑ましい。
積み重ねを感じるやり取りや言葉遣い、私が知らない二人の話なんて、語りつくせないくらいあるのだろう。
「あいつの運営も手伝ってくれてるって聞いてて、挨拶したかったから……よかった! ほんとにありがとね!」
「いや、そんな……えへへ……」
手を握ったサキさんからの誉め言葉を受け止めつつ、私は微笑んでいるカズハの横顔を一瞥した。
私と彼女には、まだこんな積み重ねはない。――やっぱり、もっと知りたい。
私たちへの礼と、お互いの愚痴をしばらく聞いていたところで、彼女の手は離された。
「じゃあ私、ちょっと休むから――あんたも、カレンちゃんとかカズちゃんに頼らないでね! いい歳なんだから!」
「はいはい……」
「二人も、またね!」
私たちに手を振りながら、後ろ歩きで去っていくサキさん。カラフルなシャツが、炎の光が届かない暗闇に溶け込んでいく。
三人になったところで、最初に口を開いたのはカズハだった。
「サノさん、ちょっと」
「うん?」
「知らない人が増えたのとは別で――今まで来てた人が減ってない?」
「まぁ……気づくよな、そりゃあ……」
頭に手を置いて、ため息をつくサノさん。周囲を確認すると、私たちを口元へ手招きする。促されるがまま耳を近づけると、彼は囁いた。
「北東京のゲットーにいた連中が、みんな連絡取れなくなってんだ。今日いないのも、その辺の連中。他の連中からは『神隠しに遭った』なんて言われてるよ」
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