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Ghetto Angel 少女が世界を変えるまで  作者: 天野椿/あおたか
2 君が想像する愛よりも
23/31

Prologue(★)

 赤い炎が絶え間なく揺れる、黒い空の下。

 ぱちぱちと木が弾ける音と共に、小さな火花が不規則に揺れながら消えていく。

 細長い枝でそれをつつきながら、キャンピングチェアの背もたれにゆっくりと体を預けた。

 振り返れば思い返すこともないような、静かな夜。

 私がしばらく枝で遊んでいると、隣からジッポライターの擦れる音が聞こえる。


「……ふぅ……」


 吐息が小さく聞こえる。

 出海和葉――カズハの茶色い瞳は、赤い色を映していた。口元に咥えたたばこ、先端は明暗を繰り返しながら、灰色の煙を浮かべていた。

 慣れたけど、それでも、心臓が少しだけ跳ねる。


「もうすぐ、朝だね」

「……もうそんな?」


 他愛のない話を切り出しながら、カズハの横顔を見つめる。

 彼女と生活を共にするようになってから、夜更かしをする日が増えた。


 仕事もやめてから、予定らしい予定も当面ない。彼女の生活習慣に染まっていくように、太陽と一緒に眠って、昼前に目を覚ます。

 私を拾ってから少しの間は、これまでの私に合わせてくれていた――そう気づくのに、それほど時間はかからなかった。

 すっかり元通りになった彼女の生活に、今度は私が合わせる。

 こんな時間まで外の空気を浴びていたことなんて、ここに来るまではほとんどなかった。


 夜の風の心地良さ。

 暗がりに見える明るさ。

 もっと早くそうしていればよかったと、今は思う。


「……ここに来てから、もうどれくらい?」


 火中に吸殻を投げ捨てながら、彼女は訊く。


「えっと……もう、二カ月くらい?」

「……まだ二ヶ月か」


 私の答えに、肘をつきながら小さくつぶやいた。視線は火に向けられたままで、金色の毛先が明かりで輝く。

 まだ、二カ月。

 その言葉の真意までは、理解できない。それでも、気分は悪くない。


 ――二カ月は……まだ、だよね。


 崩壊した日本。

 失われた未来。


 私たちのいる場所。


 ひどい現実と隔絶されたようなこの場所が、私は好きだ。

 南東京、平和の森公園。小高い丘にぽつんと置かれた、キャンピングトレーラー。

 カズハと私にとって、帰る場所。

 ここは、寂しくなくて、人がいて、暖かい。

 同じ空の下なのに、寂しくて、誰もいなくて、冷たかった――私のいる場所とは、何もかも違う。

 こんな場所をもっと増やして――私がいたような場所をより少なくできるように、すべてを変えたい。

 それが、私の夢だ。


「……口元」

「ふぇ?」

「にやけてるよ」

「……そ、そう?」


 カズハの視線は、火からこちらに向けられていた。笑みを浮かべた口元から、透き通った声がよく響く。たばこを吸っているとは思えない声音は、もう二本目を咥えていた。


「ふふっ……」


 笑いながら火を点けて、深く息を吸い込む。少し甘い匂いにもすっかり慣れて、何度目かの夜は穏やかなまま過ぎていく。


 変えたいことばかりだけど、それでも――彼女とのこんな夜は、形を変えて続けたい。

 炎とたばこの煙が空で入り混じって、黒い空は少しだけ灰色になった。


挿絵(By みてみん)

挿絵:ラムファイター

https://x.com/ramfighterr

本作のイラストについて、無断転載や生成AIへの学習等を禁止しております。


X:https://x.com/G_Angel_Project

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