Prologue(★)
赤い炎が絶え間なく揺れる、黒い空の下。
ぱちぱちと木が弾ける音と共に、小さな火花が不規則に揺れながら消えていく。
細長い枝でそれをつつきながら、キャンピングチェアの背もたれにゆっくりと体を預けた。
振り返れば思い返すこともないような、静かな夜。
私がしばらく枝で遊んでいると、隣からジッポライターの擦れる音が聞こえる。
「……ふぅ……」
吐息が小さく聞こえる。
出海和葉――カズハの茶色い瞳は、赤い色を映していた。口元に咥えたたばこ、先端は明暗を繰り返しながら、灰色の煙を浮かべていた。
慣れたけど、それでも、心臓が少しだけ跳ねる。
「もうすぐ、朝だね」
「……もうそんな?」
他愛のない話を切り出しながら、カズハの横顔を見つめる。
彼女と生活を共にするようになってから、夜更かしをする日が増えた。
仕事もやめてから、予定らしい予定も当面ない。彼女の生活習慣に染まっていくように、太陽と一緒に眠って、昼前に目を覚ます。
私を拾ってから少しの間は、これまでの私に合わせてくれていた――そう気づくのに、それほど時間はかからなかった。
すっかり元通りになった彼女の生活に、今度は私が合わせる。
こんな時間まで外の空気を浴びていたことなんて、ここに来るまではほとんどなかった。
夜の風の心地良さ。
暗がりに見える明るさ。
もっと早くそうしていればよかったと、今は思う。
「……ここに来てから、もうどれくらい?」
火中に吸殻を投げ捨てながら、彼女は訊く。
「えっと……もう、二カ月くらい?」
「……まだ二ヶ月か」
私の答えに、肘をつきながら小さくつぶやいた。視線は火に向けられたままで、金色の毛先が明かりで輝く。
まだ、二カ月。
その言葉の真意までは、理解できない。それでも、気分は悪くない。
――二カ月は……まだ、だよね。
崩壊した日本。
失われた未来。
私たちのいる場所。
ひどい現実と隔絶されたようなこの場所が、私は好きだ。
南東京、平和の森公園。小高い丘にぽつんと置かれた、キャンピングトレーラー。
カズハと私にとって、帰る場所。
ここは、寂しくなくて、人がいて、暖かい。
同じ空の下なのに、寂しくて、誰もいなくて、冷たかった――私のいる場所とは、何もかも違う。
こんな場所をもっと増やして――私がいたような場所をより少なくできるように、すべてを変えたい。
それが、私の夢だ。
「……口元」
「ふぇ?」
「にやけてるよ」
「……そ、そう?」
カズハの視線は、火からこちらに向けられていた。笑みを浮かべた口元から、透き通った声がよく響く。たばこを吸っているとは思えない声音は、もう二本目を咥えていた。
「ふふっ……」
笑いながら火を点けて、深く息を吸い込む。少し甘い匂いにもすっかり慣れて、何度目かの夜は穏やかなまま過ぎていく。
変えたいことばかりだけど、それでも――彼女とのこんな夜は、形を変えて続けたい。
炎とたばこの煙が空で入り混じって、黒い空は少しだけ灰色になった。
挿絵:ラムファイター
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