硝煙とシンデレラ(★)
「カズハ! あれ!」
トレーラーでの生活が始まって、数週間した頃だった。朝ごはんの食器を片して、キャンピングチェアに座ってのんびりしていた私の視界に入った「それ」に――慌てて車内のカズハを呼びつける。
私の呼びかけに外を出たカズハは
「……本当だったんだ――」
風になびく髪を抑えながら、ぽつりとつぶやく。
その声は、私を通り越して、誰かに言っているようにも聞こえた。
その朝、轟音と共に空から現れたのは、黒くて大きなドローンの群れで――いくつもの知らないロゴがあしらわれたそれは、放り出すように黒い何かを落としていた。遠目では、虫の大群のようにも見える。
音の発生源はどんどん近づき、
「わっ……! こ、こっち……!」
「……」
風と共に、私たちがいる平和島の空を通過する。同時に、ドローンの中心がちかちかとこちらに向かって光った。
直後、無軌道に投げ出された黒い何かは、私たちからそれほど遠くない地面に落ちてくる。
近寄って拾いあげると、そこには――硬くて厚いカバーに覆われた、手のひらほどの液晶端末が二台あった。
新品ではない、画面の端には小さなひびや使われた感触がある。カズハが拾ったものと私が拾ったものでも、小さな違いがある。
「……え、これ……どうやって開ければいいの?」
「……さぁ」
黒いままの画面をいくら撫でても、何かが起きる様子はない。それは、つまんで端末をまじまじと眺めていたカズハも同様だった。私たちがしばらくそうしていると、突然画面が白く光り出す。
「……!」
息が漏れる。真っ白な画面は数十秒経つと、すぐに文字と画像を映し出す。日本語と英語、中国語で書かれている内容の下には、それを要約したピクトグラムが差し込まれている。
識字能力が無くても、内容を理解できるようにしているのかもしれない。
画面に映り始めた文字を、どちらからともなく読み上げる。
「……『この端末は』……」
この端末は、映像配信サービス「Pod026」へのアップロード用に配られたものです。
この端末から「Pod026」にアップされた映像は、世界中の人に見られます。
映像が人気になるか、高い評価を得ることができれば、
あなたの願い事を、世界の誰かが叶えてくれます。
あなたの素晴らしい映像で、世界中を楽しませましょう!
この端末の使い方は――
無機質な文字と画像が、スライドショーのように表示されていく。そんな映像が一通り投影され終わると、
「『Pod026 sponsored』……ね」
カズハは言う。
いくつもの知らないロゴが、順番に表示され始めた。
私たちを通して、別な誰かのためにあるような画面。しばらくの間映され続けたそれは、私に降りかかった機会の大きさを象徴しているようで――
「『願い事』を、叶える……」
どきどきするのは、怖いのか、楽しみなのか。目の前の現実を理解できていないだけなのか。
自分でも理由のわからない心臓の高鳴りに、少しだけ身震いした。
「言える範囲でいいけど――カレンの新しい『夢』って、どんなの?」
一週間後。
トレーラーを出て、少しの荷物と一緒に町を歩く。がれきの山に手を掛けながら、カズハは私に訊いてきた。
「……まだ、言えるほどちゃんと言葉にできない、っていうか……」
「――そっか」
はっきりとした夢はある。だけど、歌詞にも書けなかったそれをはっきり口に出すのは憚られるし、何よりまだ恥ずかしい。
カズハの背中に着いていきながら、足場の悪い道を進んでいくと、
「着いたよ。ここなら、ちょうどいいんじゃない?」
「……うん、綺麗」
トレーラーからしばらく北に歩いたところにある、倒壊した小さな家があった。骨組みと屋根だけがわずかに残ったそこからは――折れた赤い電波塔が見える。
動画を作るための写真撮影には、ちょうどいいスポットに思えた。
すっかり操作に慣れた様子のカズハが、スマートフォンの背面をこちらに向ける。
「じゃあ、マイク出して。座れそうなところ、ある?」
「えっと……ここでいいかな」
腰を下ろすのにちょうどいいがれきを軽く動かして、そこに座る。画角調整のために少しずつ移動していたカズハは、
「うん……ここでいいかな」
そう言うと、足を止める。数度シャッターを押して、撮影された画像を確認している間、私は、
――もし『夢』が叶うなら、私はなんて言おう。
ふと考えていた。
かつての私の『夢』は――アップマーケットに行き、私が一人で幸せになること。そのためなら頑張れたし、それが叶わないなら死んでしまいたかった。
だけど、今は違う。
今の私の『夢』は――私が大切な人、みんなで幸せになること。
……それが、大切な人と一緒にアップマーケットに行くことなのか、ゲットーを無くすことなのか。
そもそも、Pod026がどこまで願い事を叶えてくれるのかなんて、私が知る由もない。
でも、それがどんな方法であっても――大切な人たちみんなを幸せにしたい。
一緒に成長したみんな。私を姉のように慕ってくれた子どもたち。
私に名字をくれた、お父さんみたいな先生。
それに――。
「……カレン?」
「……『夢』の話だけど……カズハには、まだ内緒ね」
「ふふっ――なにそれ。そんなに言いにくいことなの?」
「……うん」
私にとって、大切な人だから――。
あなたの願い事だって、叶えたい。
そんな甘いことを口にするには、まだまだ恥ずかしくて。
どこかから吹くガソリンと硝煙の臭いに包まれながら、シャッターに向けて笑った。
「――ないしょ!」
Chapter.1
硝煙とシンデレラ Fin
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
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また、楽曲「硝煙とシンデレラ/明星華怜」は各サイトにて配信されている他、MVも公開中です。
是非ご視聴ください。
重ねてになりますが、ここまで読んでくださり、ありがとうございました。
Chapter.2については、近日公開予定です。
挿絵:適当緑
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