相思相愛を歪ます王子のやらかし
「セシルに一体何をしたの!?」
そう言って、王子である俺の寝室に土足で入り込んできたのはジュリアンであった。
栗色の髪を逆立て、我を忘れたように胸ぐらを掴み上げてくる。
セシルの安否を確認する為に怒鳴り込んでくるとは大した度胸だ。
随分と惚れ込んでいると見える。
「ハッ! やっと本性を現したな女狐。平民のくせに調子づいたことをするから、こうなる!」
「質問の答えになってない、セシルに何をしたかと聞いている!」
間髪容れず、腹に拳がめり込む。
「うっ!」なんて重い……!
あの細腕から繰り出される威力じゃない、これが聖女の力。
セシルは、こんな暴力的な奴に惹かれたのか……理解できん。
ジンジンと響く痛みは俺の覚悟を鈍らせた。
しかし、今更引くことはできない。
「……ふふ、知りたいなら教えてやる! セシルは俺と寝たんだよ!」
言葉の衝撃で胸ぐらを掴む力が緩んだ腕を引き離し、更に追い打ちをかける。
「拒みはしなかったよ。俺は王族だからな、逆らえばどうなるか想像がついたんだろう!」
彼女の怒りに満ちた顔は徐々に暗闇へ堕ちていった。
言い返す元気も無くなった様子を見て、最後に絶望を見せてやる。
ベッドのデュべに手を掛け、大袈裟に捲ってやると、そこにはセシルのあられもない姿があった。
「ここまでするほど鬼じゃなかったんだが、全てお前のせいだと理解しろ……」
目の前で真実を証明してやると、ジュリアンは膝から崩れ落ちると共に、強烈な殺気をこちらに向けて来た。
本当にお前は間が悪過ぎるんだよ……なんで好きになってしまったんだ。
それは禁断の恋、決して実らない果実。
百合は、この時代認められないんだよ!
***
「セシルよ、聖女ジュリアンを虐めるのも大概にしろ。彼女は国を守る要、仲良くするんだ」
学園、校舎裏で俺は説教気味に婚約者セシル・フォン・ラブリア公爵令嬢を説得した。
ジュリアンは平民でありながら王立学園に通うことが許された聖女である。
聖女が操る聖魔法は他の魔法属性とは一線を画す力だ。
聖魔法は自らに聖属性を付与すれば万力の力を、魔物に使えば骨まで溶かし、結界を張れば決して割れない鉄壁が一日で作り上げられる。
将来は魔物から国を守る守護者となる予定だ。
そんな彼女と犬猿の仲では、未来で確実に足元をすくわれる。
関係を修復するなら、まだ取り返しのつく今しかない。
「王子がそう言うならば。……仕方ありません」
我儘だった彼女もレオナルド王子に言われれば渋々頷く他ない。
去り際にぷくっと頬を膨らませ本意ではなさそうだが約束事を破る子でもないと知っている。
一日後……教室にて。
「ご、ご機嫌ようジュリアン。相変わらず憎たらしい……くらい可愛いんじゃない」
早速、仲良くなろうとセシルはジュリアンに挨拶をしていた。
傍から見ても明らかな様変わり、もう少し自然にできないものか……。
だが、俺の意見を聞き入れ、へりくだれるのは中々出来るものじゃない、えらいぞ!
「ご機嫌よう……セシル様?」
小首を傾げながら挨拶を返す。
よし! 始まりとしてはかなり良いぞ!
コミュニケーションは基本の挨拶から。
返事が返ってきたらあとはトントン拍子に仲を深めていくだけだ。
二日後……正門にて。
「ご機嫌ようジュリアン。昨日のお菓子作り、貴族では体験できない珍しい、みすぼらしい、おかしな…………と、とにかく楽しかったわよ」
正門で待ち構えていたセシルは、自ら進んで挨拶をした。
どうやら昨日の放課後、お菓子作りをジュリアンと一緒にやっていたようだ。
途中感情が渋滞していたが、最後には本当の気持ちを伝えられていた。成長だな。
それに確実に仲が深まっている。
あとは反応次第だが……
「ご機嫌ようセシル様! 私も楽しかったです! 今日も時間があるなら放課後、一緒に何かしましょう」
これは……かなりの好感触だ!
加速度的に仲が深まっている。
まるで、このまま恋人にでもなってしまいそうな雰囲気だな、ハハハ!
一ヶ月……教室、放課後。
「セシル、今日は俺の誕生日だ。例年通り誕生日パーティーを執り行う。もちろん来てくれるな?」
俺はいつも通り誕生日パーティーにセシルを招待した。
だが、いささか表情がこわばっていた。
「すみません、王子……。今日はジュリアンの誕生日でもありまして」
「?」
「ジュリアンの誕生日パーティーを優先させていただきます」
王子の婚約者にあるまじき発言。
不敬……なんだが……うーん。
俺が仲良くするよう頼んだ手前、ダメとは言えないよな……。
仕方がない、男を上げるか。
「分かった。来賓には体調不良で通しておく、どこでパーティーするのか知らんが……見つかるなよ」
「はい!」
今まで祝ってもらって来たんだ、一回くらいは譲っても構わない。
常に優雅に余裕を持て、王族としての矜持だ。
一ヶ月と一日後……女子寮
「ジュリアン! ジュリアンは居るか?」
ジュリアンが住む寮の扉を叩く。
理由は単純、セシルが今日学園に出席しなかったからだ。つまりは行方不明らしい。
昨日聞いた誕生日パーティーの情報を頼りにここまで来たが……どうだ。
「返事がない、確かジュリアンも学園に登校していなかったな。――二人の身に危険が迫っているのか? ……ん?」
扉の鍵が開いている。
嫌な予感が頭をよぎったからか、妙に神経質になっていた俺は一声掛けて中に入った。
玄関には二足分の靴が並べられている。
間違いない、二人は今も中にいる。
事件の可能性を警戒しながら忍び足で奥に進んでいくと、辿り着いた先は寝室だった。
紳士として止めておくべきか進むべきか、そんな決断はドアの隙間から漂う妖艶な香りに吹っ飛んだ。
ゆっくりと舐めるように覗くとそこには眠りに就く二人の姿があった。
「なんだ、寝てるだけか……。――しっかり肩までデュベを掛けておいてやるか、風邪を引いてもいけない」
そこで帰っていれば、未来であのようになることはなかった。
しかし、俺は見てしまった。
二人が裸で抱きしめ合っているところを。
さらに最悪な事に、それがとても美しいものだと思ってしまった。
二人には幸せになって欲しいと、願ってしまった。
だから俺は彼女達の愛が本物なのか試さなければならなかったんだ。
***
「よくもっ! よくもッ! セシルを穢したなッ、このクズ!」
ジュリアンが両手でがっしりと俺の首を絞める。
そうだ、それでこそだ!
最後まで完遂しろ、手を緩めるな、殺してお前自身の未来を作ってみせろ!
百合なんて場違いはその他大勢に淘汰される。
喜ばれず、ただ蔑みの象徴、それがお前達だ。
時代が違えば、自由な恋愛ができたかもしれない。
しかし、今この瞬間は変えられない、変わらない。
だから証明しろ、この不自由な世界を二人で生き抜く覚悟があれば俺を殺せるはずだ!
さあ、一思いにやれッ!
「セシルは貴方が好きだったのに……無理矢理なんて……。そんなクズここで殺してやる……!」
ん……?
俺が好き、ありえないだろ?
だって、セシルが好きなのはジュリアン――
「恋愛談義に花を咲かせた日々を貴方は否定した――死で償えッ!」
まさか俺はとんでもない決断……大間違いをしてしまったんじゃないか?
だ、ダメだ。
もう意識も薄れてきた。
腕に力も入らない。
は、歯がゆい人生だった――――――
王子の考え。
百合が尊く見えてしまったあまり現実が見えていなかった。一ヶ月と一日後、裸で抱き合っていたのは暑かったから服を脱いで寝ていたら、朝寒かったので自然と身体がくっついた図です。それを勘違いしてしまった王子は自らを犠牲にした大勝負に出ます。セシルを抱くことで自分を殺させ、物理的に婚約者を消す作戦です。ジュリアンは聖女で処刑したくても出来ない立場の人間だから大丈夫だろうと踏んだ。
百合だと思っていた二人。
だんだん仲良くなり、恋愛談義に花が咲く仲になった二人は、共通認識でセシルが王子を好きだと分かっている。誕生日を王子よりジュリアンを優先したのはセシルがシンプルに祝いたいと思ったからで、それ以上の感情は無い。ジュリアンの寝室で二人一緒に眠っていたのは誕生日パーティーで疲れていたから。セシルは王子の強行に心を病み喋らなくなってしまった。ジュリアンは人を殺したのに何の罪にも問われない環境に精神を壊してしまう。




