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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

よそごとシリーズ

よそごと2 ガイツハルトの秘めごと

作者: 佐伯帆由

本作は、拙作「よそごと」の続編です。こちら単体でもお読みいただけますが、前作をご一読いただきますと、よりお楽しみいただけるかと存じます。

あらかじめ謝罪させてください、多方面に「ごめんなさい!」

※いきなり残酷な描写から始まります。苦手な方はご注意下さい。

どうぞよろしくお願いいたします。

 きっかけはなんだったか覚えていない。義兄上に対して、七、八歳頃の俺がなにか失礼なことを口走ったんだと思う。

 俺の発言は教育者の不手際とされたが、なぜか教育係ではなく当時俺が懐いていた下女の老婆が鞭打たれることになった。俺に悪い影響を与えたからだという。


「ごめんなさい、ごめんなさい!僕が悪い子だったから!もうしない!ばあやを打たないで!」


 その時、鞭を手にしていた男は誰だったか。はっきり覚えてはいない。だがそいつの言葉だけは終生、忘れない。


「そうですぞ。ばあやがこんな目にあうのは、殿下がいけないことをしたからです。とっても良くないことでした。だから、ばあやが罰を受けているのです」

「だったら僕が打たれないとおかしいじゃないか!」

「殿下の尊く美しい御身を打ち付けるなど、誰にもできはしません。よろしいですか、よく見ていてくださいますように」


 そういうと男は、ばあやを容赦なく打った。

 そして、その鞭が元となって、ばあやは亡くなった。


 ばあやの家族が、ばあやを引き取りに来た。鞭の痕も生々しいばあやの亡骸に縋り付いて、家族が泣いていた。「そこにいろ」と命じられていた俺は、足を動かすこともできず立ち尽くしていた。


「お前が!」


 俺と歳の頃合いが同じくらいの子供が、俺につかみかかった。


「なんでお前が悪いことをしたら、ばあちゃんが打たれないといけないんだよ!ばあちゃんは心の臓が悪かったんだぞ!お前のせいだ、ばあちゃんを返せ!」


 周りの大人が慌てて駆け寄るが、子供は俺を思い切り突き飛ばした。俺は転倒して頭を打った。





 目が醒めるとベッドの天蓋が見えた。


「あの子は……」


 横を向くと王妃陛下、俺の義母上が椅子に座っていた。


「まあ、気付きましたの?心配したのですよ。怖かったでしょう、でも、もう大丈夫。あんな乱暴な子は、もういませんからね」


 痛む頭を押さえながら、俺はゆっくりと起き上がった。


「いない……?」


 義母上は扇の向こうでにんまりと笑った。


「いくらお前の母親は身分が軽いとはいえ、お前はあのような下賎な者に傷つけられていい存在ではありません。あの一家は吊るしましたよ」



 ……つるした……吊るした!?

 吊るすとは、絞首刑のことだ。


「う、嘘でしょう!?」


 俺が思わずそう言うと、義母上は音もなく立ち上がって俺に向かって扇を突きつけた。


「控えなさい、ガイツハルト。優秀だとか持ち上げられて増長しましたか。妾腹生まれの第二王子ごときが私を嘘つき呼ばわりすることは許しません!」

「ちが、違うのです!信じられないくらい驚いたと言いたかったのです!」

「私の言葉が信じられないということですね、いいでしょう、私が真実を言っていることを証明してあげます」


 そう言うと義母上は俺をベッドから出させた。俺は頭が痛む中、身支度をさせられると、義母上と二人、馬車に乗った。



 広場まで連れてこられて、馬車の窓から見せられた光景は、その後ずっと俺の悪夢に出てきた。あの子を含めた一家全員、もう亡くなっていたばあやまでわざわざ吊るして晒したそうだ。

「目を逸らさずよく見ておきなさい」と義母上は言った。そして諭すように続けた。


「思い出しなさい、ガイツハルト、なぜこんなことになったのですか?始まりは、なにでした?」


 俺はガチガチと震える奥歯を噛んだ。


「僕が、義兄上に、失礼なことを言ったから……」


 義母上は満足そうに笑った。


「そうです。このこと、しっかり覚えておくように」


 そうして義母上は少しだけ眉を寄せて広場を見やると、「戻ってちょうだい」と御者に命じた。

 俺が自分の発言の重さを自覚し、王妃を敵認定した瞬間だった。



 その頃から、義兄上は俺に、ちっとも寄り付かなくなってしまった。たまに遠くから見かける時も、いつも辛そうに目を逸らす。

 なにがあったのかはわからない。だが、義兄上の目からどんどん光が失われていく。義兄上がどんどん空っぽになっていく。もはや、義兄上の中には、怯えと絶望と無気力しかないみたいだった。

 あの女が、何かしているに違いない。だがその頃の俺には、奥歯を噛むことしかできなかった。



 十二になると、俺に婚約者が決められた。どこかぼんやりしているが、物怖じしない子供だった。


「はじめまして王子様。フリーディアです」


 その子は明るい笑顔で挨拶した。

 拙い言葉。拙い挨拶。知識も足りていなければ、無礼ギリギリの態度だ。なのに、周囲の者たちもこの子の両親も、ニコニコと見守っているだけだ。

 俺はふと思った。この子は拙くても罰されないし、周りが代わりに罰せられることもないのだな。

 では、この子は、あの広場のような光景を、見たことも聞いたこともないんだろう。一度も命の危険を感じたこともなければ、生き残るために他人を蹴落とすこともしないんだろう。慈しんで育てられ、醜悪な物や、醜悪な悪意も、存在すら知らないのだろう。

 するとなぜか、この子に対する激しい怒りが湧いてきた。

 これまで、のほほんと親に守られ、これからは俺にのほほんと守られて生きていくのか。

 なぜ、この子にはそれが許されているのか。


 その怒りは理不尽で、自分の境遇への怒りをこの子にぶつけているだけとわかっていた。けれど、怒りで眩暈がしそうだった。


 だが、笑顔で受け入れないと。王妃の手下が見ている。不満を悟られたら終わりだ。俺はそっと深呼吸をした。

 そうだ、こいつは、愛玩動物(ペット)だ。ペットならば我慢もできる。守られ、可愛がられて、芸を仕込まれる存在だ。そう思えば、耐えられる。


「可愛らしい方ですね。まずは庭を案内しますよ」


 俺は微笑んで愛玩動物に手を差し伸べた。彼女はホッとしたようだった。周りもホッとした様子なのが伝わってきた。

 だが俺は、ペットを嫁にするつもりはない。いずれこの子には死んでもらわなければならないだろう。




 義兄上の婚約者が定まった。というか、元々決まっていたようなものだった。王妃の一族出身の娘で幼少期から厳しく教育された、王妃を複写したような女だ。その瞳には野心と権力への渇望がありありと見て取れる。

 こんな女を義兄上の婚約者にするとは、王妃も耄碌したのか。自分の一族の出であれば王妃に従うとでも思っているのか。

 この女にとって、王妃は邪魔でしかない。今は粛々と王妃に従っているように見えるが、いずれこの女は王妃の影響力を義兄上から取り払うだろう。せいぜい派手にぶつかり合ってほしいものだ。

 だが少なくとも、この女は愛玩動物ではない。我が婚約者を姿を思い出し、俺は苦笑した。




 いつの頃からか、義兄上は婚約者と疎遠だという噂が流れてきて、さもありなんと思った。俺だって婚約者は、相変わらず愛玩動物としか思えない。しかもさほど上等な部類じゃない。

 聞き流していたら、さらに義兄上が市井の少女を側に置いているという噂が流れてきた。さすがに、そんなことはあるまいと思っていたが、どうやら本当のようだった。

 それなら、その少女の一家の運命は決まったようなものだ。王妃や義兄上の婚約者がそのままにしておくはずはない。あの広場の光景が再現されてしまうだろう。


 だが、わからないのは義兄上の態度だ。昔、吊るされたあの一家は、俺に恐怖を植え付け、従順にさせるために利用された。義兄のそばにいる少女の一家は、義兄が婚約者に従順になるために利用されるだろう。それがわかっているだろうに、なぜ少女を近付ける?義兄上は、なにを考えているのか?俺は苛立ちを覚えた。


 義兄上。どうか俺に、つけ入る隙を見せないでください。俺に義兄上を憎ませないでください。

 義兄上があの女狐らをしっかり制御し、弱い者たちの命を理不尽から守ってくださるつもりがあるなら、俺は一生、あなたの治世を支えます。功績を取られてもいい。ずっとあなたの影の中でも構わないのです。ですから、どうか。


 そんな俺の願いも虚しく事件は起きた。

 義兄上が婚約者に婚約破棄を宣言したそうだ。


 王命の婚約を破棄し、市井の少女と結婚すると言い出した。義兄は廃嫡を狙い、平民となって国の片隅で暮らしていくことを望んでいるらしい。王位は俺が継げばいいと言っていると。


「私は母の専横ぶりを間近で見てきた。これ以上はもう、正気を保てそうになかったんだ。どうにでもなれという気持ちだった。長年婚約者として支えてくれたアローテには申し訳ないことをした。だがガイツハルトの方が才能もあるし、信頼されているから、二人なら王と王妃として、上手く国を支えていけるだろう。私はもう、静かに暮らした」


 義兄上はそう語ったという。


 そんなことは許さない。

 一人だけ逃げるのか。そして俺に尻拭いをさせるつもりか。

 俺は義兄上の婚約者の令嬢、アローテ・フェアエルガーに面会を申し込んだ。





「ガイツハルト殿下は、ご自分の婚約者がご不満と承知しておりましたのよ。ですから、てっきり私、婚約者がいなくなる私に、申し込みにおいでなのかと思っておりましたのに」


 そう言って女狐はコロコロと笑った。冗談ではない。狐よりは子犬の方がまだマシだ。


「そんなまさか。義兄上の婚約者に言い寄ったりなど、できようはずもない」

「婚約破棄を宣言されております」

「まだ認められたわけでも公表されたわけでもない。フェアエルガー嬢は未だ義兄上の婚約者だ」


 義兄上の婚約者は微笑みを崩さず俺を見た。


「ではなぜここにいらしたのでしょう」

「わかっているはずだ」


 彼女はしばらく俺を眺めていたが、肩をすくめるとため息をついた。


「いいでしょう。……ガイツハルト殿下が、なにやら画策されているのは承知しておりました。あの大国の女王からこんな小国へ、何度も王子の後宮入りの打診が来たのは、殿下が手を回したからですね?」

「そうだな、俺が根回しした」

「……なぜ?それほどまでに私が気に入りませんか?」

「そういう問題ではないが、お前じゃいつ寝首をかかれるか、知れたものではない。それにお前は決して俺を選ばないだろう。俺は、義兄上のように大人しく、お前の飼い犬にはならんだろうからな」


 彼女はコロコロと笑った。


「聡明でいらっしゃいますね、行動力もおありです。だからこそ私は、殿下を選ぶわけにはいかないのです。私も王妃陛下も、殿下が私共に敵対しないならば、コソコソと工作しようが黙って見過ごしていたのですよ?」

「先刻承知だ。利害が一致したようだな。俺は出ていってやる。義兄上を王位に就けて、お前が王妃になるといい。例の市井の女をどうするかは、義兄上の交渉の手腕如何だが、俺としては吊るすまではせず人質に取っておくことを勧める」


 彼女は扇を開き表情を隠した。


「ほほ。お優しいですこと。あなた方義兄弟は、そういう甘さがよく似通っておいでですわ」

「既に限界だと言っている義兄上を、これ以上追い詰めても碌なことにはならんのがわからんか」

「……それはどういう?」

「義兄上は元々は覇気のある優秀なお方だ。今は眠らされているその資質を、揺り起こすようなやり方は破滅をもたらすだろう」


 彼女は一瞬、目を泳がせたが、扇をたたむと微笑みを浮かべた。


「予言は受け取りました。殿下こそ、ご自分の婚約者を、どうされるおつもりなのです?」


 俺は眉を上げた。


「ああ、うちの愛玩動物(ペット)か。そうだな。あんなのと婚約していたことなんて汚点だし、大国の女王も不快だろう。白紙撤回を求めるつもりだ」


 この女どもはすぐに吊るしたがって困る。俺が死を授けるならともかく、この女らに好きにさせるのは不愉快だ。


「驚いた。殿下があの婚約者に情があるとは思いませんでしたわ」

「情かどうかは知らんが、俺は心の広い男だぞ。あの不出来な婚約者を愛玩動物として飼っておくくらいにはな。……お前に言うのもおかしな話だが、義兄上を頼んだ」


 彼女はこれまでで一番、驚いた顔をした。そしていつもの微笑みでない、本当の笑みを浮かべ、ゆっくりと頷いた。


「お任せください」


 そう言って、将来王妃となるであろう女は、コロコロと笑った。



 これで俺の役割は決まった。義兄上にも女狐たちにもしっかりと覚えておいてもらおう。あの大国での俺の立場が、この国の運命となるということを。

 まずは、やりすぎてもならず、舐められてもいけない、難しい舵取りとなるだろう。だが、俺は、あの広場での光景を見て以来初めて、血が滾るのを感じた。


「フィーに知らせなければならないな」


 愛玩動物(フィー)は、主人に捨てられたとしょげるだろうか。だが、もっといい主人が見つかるだろう。すぐにそいつに懐くようになるに違いない。俺といるより、ずっと安らぐ暮らしになるだろう。そうであれば、これまで躾けた甲斐もあるというものだ。


 さて、なんと言って婚約が無くなったことを告げるかな。

 俺はフィーの反応を想像しながら、呼び出しのための手紙を書き始めた。




本人は不遜とも思っていないところがまた、つける薬なしなところがまた。

王子が思っていた人物像と違う!と思われた方、すみません。作者の中にある「悪役像」らしからぬ、二面性のあるような人物にしたかったのですが、力不足を痛感している次第です。いかがでしたでしょうか。

いずれ、この人が後宮で違う価値観に気付くようなお話が書きたいですが、いかんせん文才が足りず。精進します。

最後までお読みくださり、ありがとうございました!

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ガイツハルト殿下、なかなか過酷な幼少期‥‥ 王妃、こえぇー ガクブル 王太子妃も一筋縄ではいかなさそうなお人ですし、こういう環境に身を置いて生き抜いてきた彼ならば、苛烈な大国の後宮でも巧く渡っていける…
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