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二十五戦二十五勝

 四月も下旬に入った。

 クラス換えによる雰囲気もすっかり(こな)れてきた我が2-2の教室に、喧しい先輩は今日もズバーン! と配慮の足りない小学生みたいにドアを引き開け現れた。

 先週のバスケフリースロー対決以降、昼休みはほぼ丸々先輩の勝手な都合による勝負に費やされている。

 これまでで、この力強く胸張っていつも通りに宣戦布告してくる先輩について分かった事が二つある。

 一つは、勝負事に妙な拘りを持っている事。友達とのバツゲームとやらを未だに果たそうとしていたり、同じ人と同じ種目では勝負しようとしなかったり。

 もう一つは、勝負事に於いてはどんな種目だろうと圧倒的に弱い事。勝つという行為が遺伝子レベルで欠落しているのではなかろうかって程に。

 で、何度追っ払っても平気な顔で勝負を仕掛けてくる先輩に対し、俺はある結論に至った。

 勝負種目がネタ切れになるまで、昼休みをフルに使って徹底的に、なるべく即行で、勝ち捲ろうと。

 もう無視しようかとも思ったんだが、しょっちゅう戦わなければ不戦敗とかほざいているこの人の勝負を蹴った日には、勝手に勝利者気取りで彼女を名乗られる恐れがあると懸念され、確実に穏便にそしてなるべく迅速に黙らせる方法を考えたらそれしか浮かばなかったのだ。

 宣戦布告される前に逃げようにも、昼休み突入と同時に突撃してくるものだから、ドア前角席の俺には回避不可能だったし。ていうかこんな奴から逃げるなんて癪過ぎる。

 しかしまあこの世にはホントに勝負に使えるモノで溢れているんだなと、俺は一週間余りで自分の出した結論に早くも後悔し始めていた。

「今日は校庭でフリーキック対決とバドミントン、それから校舎の一階から屋上までの階段でグリコにするわ! さあまずはフリーキックよ! ハキハキ校庭に出なさい上園恭介!」

「へえへえ」

 さらりと最初っから少なくとも二連敗する前提のクセに得意気な声を受け、俺は溜息混じりに席を立ち廊下を行進するポニーテールに続く。フリースロー対決以降、多角的に最弱の先輩は屋外系の勝負も取り入れ始め、俺は早弁するようにならざるを得なかった。

 まったく何で俺がと愚痴りたくもなるが、目下打開策が見付からないのだから仕方がない。このお方は俺にとってもう避け得ぬ天災と同義である。

 付いてくる外野も今や二郎と直人だけだ。この二人についてだってただ俺に付き合って一緒に回ってくれているだけで、興味は完全に別の方へ向いている。今日は何かの週刊雑誌に掲載の話題の最新映画公開直前特集を二人で覗き込みながら後ろを付いて来ていた。

 校庭に出、相変わらず広い交友関係をお持ちな先輩の友人達によってキープされていたサッカーゴールを明け渡される。三年にもなると選択科目によっては三限までしかないから、その気になって場所をキープしようと思えば確実に取れるのだろう。

 絶対に時間の使い方を間違えている気がするが、受験生と言っても春はまだこんなんなのだろうか。

 受験生となる自分の一年後を想像していると、運動靴でサッカーボールを踏ん付けやたらと偉そうに腕を組んだ先輩が俺の前に対峙した。

「こないだのバスケと同じ、サドンデス有りの五回マッチよ。いいわね」

「また無駄に五回までやるんすか?」

「当たり前でしょ。勝負が決したからって途中で止めるなんて、このルールを作った偉大な先人に失礼だわ」

 その偉大な先人は途中で終わるのも込みで考案したルールだと思いますがね、と心の中でぼやきながら、「それと、無駄かどうかは勝ってから言いなさい」と自信満々に抜かされる戯言を聞き流す。

 相手の掛け声で先後決めジャンケン。俺に決定権が渡り、どうせ仕様上相手の五球目まで付き合わされるのなら最後に欝憤を込めたシュートをお見舞いしてやると後攻を選ぶ。

 準備のいい事に用意されていたキーパーグローブを手に嵌め、PKラインに立つ制服に運動靴姿のキッカーと向かい合った。

 県立瀬和高等学校の校庭は県のグッジョブな教育委員会の方針で試験的に人工芝が敷かれている。地面にダイビングしても土グラウンドに比べりゃ格段に汚れないので、制服のままでも気兼ねなくキーパーの本文を全うできるというものだ。

 敵が助走に入る。

 やはり運動はできる方なのか、所謂(いわゆる)女走りとは違う、運動慣れしたフォームで大振りのシュートが放たれた。

『!?』

 瞬間、主に先輩方で構成されたギャラリーが息を呑む。俺も、一瞬頭が空白になった。

 大振りに足を振り切った事により、思いっきり。キッカーの制服のスカートが捲れ上がったのだ。

 シンプルな白の薄布が、丸見え。

 グラ、と揺さ振られる意識を理性で繋ぎ止め、動き出しが遅れた中なんとか迫り来るモノクロカラーのボールに飛び付く。拳一個分間に合い、敵の先制点は阻止された。

「ああんもう! 惜しかったのに!」

 対戦相手は太ももを叩いて悔しがっている。どうやら何も気付いていないようだ。この人ならわざとああいう事もやり兼ねないような気もするが、気付いてないのなら一応女子だし、教えてやった方がいいのだろうか?

 外野の先輩方はドヨめいているが前に出て指摘しようって人はいないみたいだ。俺は勝負とは関係ない部分で変な緊張に捉われながら、何も告げずに攻守を交替した。

 PKラインに立ち、どこに蹴り込もうか思考する。恐らくこのキーパーなら身長的に、それなりの速度でサイドネットでも狙えば間に合わないだろう。

 俺はサイドネットに狙いを定めて助走の為の距離を空ける。どうしてもキーパーの腰よりやや下辺りに向かってしまう視線をスポーツマンシップの意志の力で必死に横に逸らし、軸足をしっかりボールの真横に踏み込んだ。

 ――その時、一陣の風がグラウンドを吹き抜けていった。

『!!!!??』

 腰を落として構えるキーパーのスカートが煽られ再び大きく捲れ上がった。

 今度は正面から。ちょこんとリボンの付いた白のデルタ形が視界に飛び込んでくる。

「え? や、きゃあっ!」

 流石に気付いたキーパーが意外に可愛い悲鳴を上げて暴れるスカートを抑える。

 しかし俺もそれ所では無い。二度に渡るまさかの不意打ちに足が完全に空回り、放たれたボールはあらぬ方へとすっ飛んでいってしまった。おまけに軸足が浮き、勢い余って転倒してしまう。

「あ、あはは! どこに蹴ってるのよ上園恭介! 超ド下手ね! しかもすっ転ぶなんて、思ってた以上のトロさだわ! 言っとくけど、ノーカンを求めても無駄よ! 戦いの最中にやり直しなんて権利は存在しないの! これはただのお遊びなんかじゃないって事を再認識しなさい!」

 一条先輩がスカートの裾を握り締めつつ平静を装って俺の間抜けを嘲笑してくるが、顔の熱は確実に高いと思われるくらいに赤い。

 斯く言う俺も耳に熱を感じている訳だが、そのまま攻守を交替しようとする迂闊過ぎる女子を俺は流石に引き止めた。

「待って下さい一条先輩。もう今のは別にノーカンでなくてもいいんで、取り敢えずスカートの下にジャージ穿くかスパッツ穿くかして下さい」

 言うと、あろう事か一条先輩はパチクリと比較的大きな目を(しばたた)かせた。いやいや。何ですかそのキョトン顔は。

 俺は外野の先輩方の内の何人かが鼻を抑えて蹲っていたり直人が強い刺激によって二郎に地球上に存在しない言語で何かを訴えている姿を示しながら何とか分かって貰おうと説得を開始する。すると、一条先輩はむんと胸を張り腰に手を当て俺を見返してきた。

「何よ。私は別に気にならないわ。男に不純な心があるのが悪いんでしょ。気が散るなら見なきゃいいじゃない」

「いや、そこは女子として気にして下さい。あとフリーキックはともかく、この後バドミントンやるなら絶対フェアな勝負にならないすから」

 結局、一条先輩をジャージ借りに保健室へ走らせるまで五分という時間が費やされた。

 その間、酷く無駄に精神を疲労した俺に対し、何故か一条先輩は妙に笑顔だった気がする。

 ちなみにフリーキックは4-0、バドミントンはストレートで、俺の勝利に収まった。



 本日の最終種目で、俺は校舎の最上階と屋上の間の踊り場から下階を見下ろしていた。瀬和高の校舎はデザインに余計な税金が使われているようで、階段は吹き抜けだ。

 階段の一番下から、黒のセミロングをポニーテールにしている一つ先輩の女子生徒がほとんど垂直にこちらを見上げていた。一条先輩は腕を突き上げ、臆面もなく叫ぶ。

「グーリーコ!」

 俺はチョキを出す。

 一条先輩は……

「さっさと進みなさい上園恭介!」

 負けの自己申告が飛んできた。横目で双眼鏡を覗く直人に確認を取ると、

「うん。パー」

 そうかと頷き、

「チ、ヨ、コ、レ、イ、ト」

 俺は階段を六段上った。そこで一番下にいる一条先輩を見下ろすと、すでに彼女は右手を振り上げていた。

 グリコだ。ジャンケンして、勝った方がグーなら「グリコ」、チョキなら「チョコレート」、パーなら「パイナップル」の文字数分、進んで先にゴールに辿り着いた方の勝ち。校舎の階段を使い、一番下から屋上までというコースだ。

「スゲ。あの先輩、今までの先後ジャンケンでも一度も勝ってなかったからもしやと思ってたけど、ここまで弱いとある意味スゲェ才能じゃねえか」

「ソコ、余計なお世話よ!」

 二郎が一階の地面を見下ろしながら呟くと、驚いた事に一条先輩が反応して怒鳴る。

 しかし俺もコレには少々戦慄していた。俺の目にはもう屋上への扉が見えているのに、先輩は遥か最下層だ。

 つまり俺はここまで全勝していた。

 相手が決定的に勝負運皆無とはいえ、まさかグリコでここまでの大差が付くとは思っていなかった。俺は一条先輩の手の形がぼやけて見えなくなった時点で一時中断を申し入れたのだが、とても優秀な目と耳が自慢らしい一条先輩は「なら私が自己申告してあげるわよ! 昼休みもう残り少ないんだからさっさと戻りなさい!」と追い返されてしまったのだ。

 念の為、いつ使うのか謎な小道具をたくさん学校に持ち込んで来ている同級生から双眼鏡を借りてきて直人に確認を取って貰っているのだが、一条先輩は目も耳も本当に優秀でおまけに正直さんなようだ。

 まあ、負けの自己申告しか飛んで来ないので確認の有用性はこれと言ってないのだが。

「グーリーコ!」

 一条先輩の合図で手を出し、最後の一段を登り切る。

「一条先輩、ゴールしましたけど」

 下に向かって呼び掛けると、

「そのようね! 今日はここまでよ! 明日こそ覚悟しときなさい、上園恭介!」

 ここ一週間で一番溌剌とした捨てゼリフを残し、一条先輩は一階廊下の向こうに消えていった。



浮湯木(うゆき)(つい)の〈よく見たらシリーズ〉?」

「そうそう、その映画化プロジェクト第一弾がゴールデンウィークに始まるから、どうかって話」

「俺はもうウチのきょうだいで行くって決まってんだけどな。全員原作ファンだから」

 階段を下りながら、友人二名が昼休みの初めから盛り上がっていた最新映画の特集を見せられ興味を示した俺に、直人と二郎が活き込む。

 直人は二郎の肩をオーバーに拗ねた表情でバシバシ叩き、

「でさあ、コイツはもう先約あるみたいだから、オイラに付き合ってくれよ恭介」

「……今、俺に『付き合って』は禁句と知れ」

 グリグリ小柄な友人の頭を万力して制裁すれば、直人は「ぎゃーごめんなさいー!」と謝ってきた。

 冗談をそこそこに、俺は真面目に答える。

「うーん、俺もその原作は好きだし、観に行くのは構わないけどよ。連休中は無理かな。そもそも超絶に混みそうだし。二週間くらい空けた方がよくねえ?」

「じゃあ五月の第三土日辺り? それくらいなら少しは落ち着いてる頃だよな」

「ああ、それならいいぜ。でも二郎が使えねえ奴ならもう一人欲しいな。いつもん二俣沢(ふたまたざわ)の映画館、確か高校生三人以上で割引になるだろ」

「あ、そっか。二郎が使えない奴だからな。まあ適当に当たれば誰かいるっしょ」

「おい、テメェら……」

 なんとなく二郎アウェーで普通の世間話をしていたら2-2の階に到着。そのまま三人で並んで廊下に進もうとすると、下の階から女子のグループが上がってきた。

 その女子達は、クラス替えによって別々のクラスになってしまったが、去年はクラスメートだった女子のグループだった。

「あ、やっほ。久し振りー」

「おう。懐かしいな、何年振りだ」

「あはは、何言ってんの川島~。つい一ヶ月前まで同じクラスだったじゃん」

 女子グループの先頭にいた女子生徒と二郎のそんな遣り取りを経て、でもホントにクラス違うと隣でも全然会わないよねー、等と言い合いながら自然に二つのグループが合流する。

 彼女らは皆手に弁当箱を持っていた。仲良しで集まりどっかで食べて、余った時間を駄弁ってきたようだ。しかし、毎度毎度思うんだがよくこんなチマい弁当で足りるよな、女子は。

 雑然とした会話が始まり、俺も流れで隣になった元クラスメートの(まる)さんと当たり障りない会話をする。現在軽く女性不審に陥っている俺も、去年一年で色々文化祭とか体育祭とか修学旅行なんかの思い出を共有できる相手なら安心して接する事ができた。無性に懐かしく感じる女子との普通の会話に内心で涙しつつ、ふと、俺は二郎と談笑している女子生徒を見遣る。

 (たから)智鶴(ちづる)

 学年男子の間では共通認識の痩身麗人だ。

 性格明朗、容姿端麗、成績優秀、女子陸部長距離エースの四拍子。昨年の新聞部主催のアンケートによる学年別憧れの彼女ランキング単独一位。俺的にスポーティでキメ細やかな短髪とか密かにストライクだったりする。

 そんな美少女と、同じく学年共通認識のイケメン野郎である二郎が並ぶと、悔しい事にメチャクチャ絵になった。

 こんな二人と、会えば話すくらいの仲になれたのはある意味で学年の誰もが羨むポジションなのかもしれないが、この二人が同時にいる場合は正直入って行き難い。

「ホント、お似合いだよねーチヅと川島君。もういっそ付き合ってくれちゃった方がこっちとしては楽だと思わない?」

 俺の様子に気付き、丸さんも苦笑して同意を求めてきた。全面的に賛成します、と答えていると、自分の呼び名に反応して宝さんが振り返る。

「なに? 呼んだ?」

「ん、別に別に。今日も川島君は素敵だなーって。きゃっ」

「わっ。どうするの川島、マルちゃんが可愛くアプローチしてきてるよ? ほれほれ何て答える?」

「なんだこれ。なんか俺今日はどこ行ってもアウェーか……」

 丸さんがアドリブで頬に両手を当てて恥じらい、宝さんに肘で脇腹を突かれる二郎。二郎はアイドル張りの顔を半目にして肩を落としていた。場に明るい笑いが起きる。

 そこで、不意に俺と目を合わせた宝さんが、「あ、そうそう上園そういえばさー」と話題を振ってきた。

 ドキンと心臓が跳ねるのを堪えて返事をする。ドキドキ内側から胸板を叩く緊張を感付かれまいと平静の顔を作る俺に、宝さんは魅力的な笑みを向けてきて、

「さっき下で上園のフルネームを叫んでる、先輩? を見掛けたんだけど、あの人上園の彼女?」

「酷い勘違いだ!」

 俺は悲鳴に近い否定を叫んだ。

「あれ、そうなの? あれが噂の上園の彼女かと思ったんだけど」

「あ、それは私も気になってたね。毎日白昼堂々逢い引きしてチチ繰り合っているという、上園君の彼女の先輩さん」

 期待外れに小首を傾げる宝さんに、丸さんがうんうん頷いている。

 なんて噂が流れているんだ。俺はただ元の平穏な昼休みを早く取り戻したいだけなのに、逃げたら勝手に不戦敗にされて彼女を名乗られ、勝負を受けてたら受けてたで勝手に噂が独り歩きしているなんて!

 俺は愕然とした。特に宝さんの口から出てきたのが気持ち的に物凄くショックだった。

 見ると周りも俺に注目している。二郎とか、アウェーの矛先が変わって愉快そうだ。

 冗談じゃないと俺は身振りを加えて不満を吐露した。

「あの人は本来なら俺とは何も関係ない、赤の! た・に・ん・です! ふざけた理由で毎日俺に付き纏ってくるけど、彼女だなんて堪ったもんじゃないよ。こっちは心底迷惑してるんだ」

 意識して口汚く言いながら、何故か。

 俺はここ一週間続いていた程強く憤っていない自分に、内心戸惑っていた。

 宝さんはふーん、と納得したのか聞き流したのかよく分からない相槌を漏らした。



現在の勝率:100%


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