教室の隅で、交わらない想い
夕暮れの光が窓から差し込み、教室がオレンジ色に染まっていた。外の空は薄いピンク色に染まり、秋の柔らかな風が窓から少しだけ吹き込んでくる。涼介はその風を感じながら、机を並べ直していた。
視線の先には、クラス委員の小川優奈が立っている。彼女の髪はふわりと肩にかかり、軽やかに揺れる。あたたかい光の中で、優奈の姿が一層輝いて見える。秋の陽射しが彼女を包み込んでいるようだった。
「ありがとう、涼介くん。机の移動、一人じゃ大変だったよ」
優奈が微笑む。その笑顔は、涼介にとってどこか心地よい温かさがあった。
涼介は「いや、大丈夫」と小さく返事をするのが精いっぱいだった。
彼女と話すのはいつもこんな感じだった。会話が盛り上がることもなく、彼が一歩踏み込むこともない。だけど、彼女のそばにいる時間は、どこか温かかった。
教室の片隅に置かれた黒板消しの埃を払いながら、涼介はふと窓の外に目を向けた。
外の空はすっかり茜色に染まり、空気がひんやりとしてきている。秋の夕暮れが、少しずつ夜に変わろうとしていた。涼介はその冷たさが、どこか心に響くのを感じた。
昼休み、優奈は誰かと楽しそうに話していた。相手は隣のクラスの男子、坂口。涼介はその姿を遠くから見ていた。優奈の笑顔が、まるで秋の光のようにあたたかく、無邪気だった。
「ねえ、涼介くんって、部活は何かしてる?」
優奈がふと、会話を続けた。涼介は少し驚いて顔を上げると、優奈がちらっと自分を見たその瞬間、思わず目を合わせてしまった。優奈は照れくさい笑顔を浮かべて、少し目を伏せた。
「いや、何も。帰宅部だよ」
「そうなんだ。でも、涼介くん、なんだか地味に頼りになるよね」
涼介はその言葉に少し戸惑った。優奈は無意識に髪を耳にかける仕草をして、その髪がふわりと揺れる様子が涼介の視界に入る。それだけで、涼介の心が少し乱れた。
「頼りになるって…」
「うん。なんか、目立たないけど、いざって時にしっかりしてる感じ」
その言葉が、涼介の胸を締めつけた。彼は思わず深く息を吐き、秋の冷たい空気を感じる。窓から流れ込んでくる風が、少しだけ肌寒くて、心の中のもやもやとした感情をさらに引き立てた。
「でも、そんなの誰でもできるんじゃないかな」
涼介はつい謙遜してしまう。優奈は微笑んだ。
「それが涼介くんなら、特別に見えるよ」
優奈のその言葉が、涼介の心に深く響いた。優奈が少し嬉しそうに頬を赤らめながら言ったその表情が、涼介をさらに引き寄せた。優奈は、まるで秋の葉が落ちるように、自然で儚げな美しさを持っていると涼介は思った。
涼介は黒板の埃を払い終わると、少しだけ手を休めてから、再び机を動かしに戻った。その時、優奈が少し身をかがめて机を動かす際、涼介の腕にふと優奈の肩が触れた。ほんの一瞬のことだったが、その温かさに涼介は少し動揺した。優奈もそれに気づいたようで、軽く顔を赤らめながら、一歩引くようにして自分の作業を続けた。
一瞬の静寂が流れる。涼介は何も言えずに黙ったままだ。
優奈がそれに気づくと、少しだけ顔を赤くし、明るく言った。
「じゃあ、また明日ね」
その一言が、涼介の胸に何か重いものを残した。外では、秋の風が静かに吹いていて、涼介はその冷たさに胸を打たれるような気がした。優奈は軽やかに鞄を持ち上げ、教室を出て行った。涼介はその背中を見送りながら、気づいた。
優奈が話す相手は、坂口だけじゃない。今日だって、昼休みに楽しそうに笑っていた彼女は、周りの男子と話していた。涼介がその場にいても、ただの一人のクラスメイトにすぎなかった。
教室に残されたのは、静けさとオレンジ色に染まった空だけだった。涼介はぼんやりとその空を見上げながら、心の中で何度も呟いた。
「また明日」
けれど、何となくその言葉には、何か虚しさが混ざっている気がした。
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