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黒い女

「嵐がやってくる」

 ある朝、マクシミリアンが言った。


 そばに控えていた給仕の表情がサッと変わる。ダイアンにも執事のホッブズにも怯えた表情が浮かんだ。


 書物の中で読んだことを思い返す。嵐がくるのは〈黒い女〉の前触れ。〈黒い女〉は一度やってきたら、長い間顔を出さない。おそらく10年か20年か、長ければ100年ほど。


 今年がその年なのだ。


 広間に不気味な空気が流れていた。



 翌朝ベッドで寝ていると、煙臭い匂いがしてきたので、慌てて飛び起きた。トラウマでパニックになってしまう。前の前の世界くらいで寝てる間に寝室ごと焼き払われて殺されてしまったのだ。


 両開きの窓を開いてみると、火の元がわかった。ダイアンだ。地面に石を円形に並べ、その中央で香草を燃やしている。ツンとした刺激臭が高い寝室の窓にまで上がってきていた。髪を振り乱し、薄着うすぎに裸足で歌い踊っている。ほとんど裸のようなかっこうだ。


「儀式だ。〈黒い女〉の怒りをしずめようとしている」

 マクシミリアンが言った。


 いつのまに部屋に入ってきたのだろう。がらにもなく、さわやかな顔をしている。


「あら。不思議だこと」

「ダイアンが僕らを夜会に招待してくれた。今夜だ」


「そうなの」

 なんだか腑に落ちない。ダイアンが私たちを夜会に招待するなんて。何か裏があるのではないかと勘ぐってしまう。


「気晴らしに来てくれるかい?ダイアンも〈黒い女〉のことで不安なんだ。君が来てくれたら彼女も喜ぶ。和解を望んでいるんだ」


「もちろん行くわ。和解って、不仲になったことはないけれど……」


 マクシミリアンには、ダイアンが真夜中の塔の上、恐ろしい形相で私に言ったことを話していない。私が言ったところで信じないだろう。ダイアンは聖女で、彼の愛人なのだから。


 ダイアンの屋敷に入ると、二人は私の到着を、テーブルに座って待っていた。暗い部屋だ。二人の顔も見えないくらい。


 弦楽隊がきており、物悲しい音楽が流れている。


「遅くなってごめんなさい。何を着るべきか悩んでいたんです」

 私はなんだか恐ろしくなって謝った。


 これも昨日の儀式の延長ではないか。何か邪悪なことをたくらんでいるのではないか。


「気張らないで、エディス。ただの夜会ですもの」


 三人しかいない夜会。ヴァイオリンの演奏も部屋にたちこめるお香の匂いも不気味でしかない。隙間風がふいてきて、蝋燭のあかりは今にも消えそうだ。


「ワインよ。マクシミリアンの健康を祝して」

 ダイアンがワインをグラスに波波と注いで、差し出す。


 私は微笑んで礼を言い、グラスを手に持った。ワインに口をつけようとしたちょうどその時、部屋の空気が急激に冷え込んだ。


 蝋燭のあかりが消え、扉がひとりでに開く。


 ダイアンがハッと声を出し、身をこわばらせた。


 入り口のところに黒い衣服をきた、大柄な女が立っている。


 よろよろと部屋の中央まで歩いてきた。マクシミリアンの前に立って、顔をおおっていたフードをおろす。


 公爵はわずかに身をのけぞらせた。


「ごきげんよう、〈鴉の地〉の領主様。あなたの父上にもお会いしたよ。もう何年も前にね。私が〈黒い女〉だ」

 かすれた声で女はそう言うと、部屋をみまわす。

「死を望むにも慎重に。聖者をかたるにも慎重に」


 突然、私の手の中のワインが焼け焦げて、グラスが割れた。グラスはカランカランと乾いた音を立てて、床に転がってゆく。刺激臭が広がった。ワインには毒が盛られていたのだ。


「なんてことを」

 私は公爵とダイアンを見て、鋭い声を出した。


 公爵は何も言わない。


「私が邪魔だからって愛人を使って殺そうとするなんて」


 私は公爵の制止をふりきって部屋を出ていった。背後では、女の高笑いが響いている。

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